再び一度目の人生へ(3)
◇ ◇ ◇
どこからか、ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえた。
薄らと目を開けると、古びた木製の天井が目に入った。その質素な天井から、ランプがひとつぶら下がっている。
「えっ!」
驚いて飛び起きた私は、周囲を見回す。
私がいるのは、ベッドが三台置かれた広めの部屋だった。
天井と同じく古びた木板に覆われた壁には幅一メートルほどの窓が付いている。その窓からは、明るい日差しが差し込んでいる。部屋の隅には小さな作業机と本棚が置かれ、本棚にはたくさんのノートが並んでいる。反対側の壁に目を向けると、木製のドアが付いていた。
(どういうこと?)
状況がわからないけれど、森は抜けることができたようだ。
(誰かが助けてくれたの?)
いつもの癖で、無意識に胸元に手をやる。コロンとした丸い珠に触れ、ほっとした。
チェーンに付いた魔法珠を服から引っ張り出して見る。それは昨日と同じく、真っ赤
に染まっていた。一方、指輪の石は淡いピンク色をしていた。
「え?」
私は驚いた。やっぱりピンク色だ。
「どうして?」
意識を失う前は白かった魔法珠が、ピンク色になった。色が濃くなったということは、この魔法珠を作った人から魔力が補充されていることを示す。
「エドが生きている……?」
心臓がどくんどくんと脈打つ。
(エドが生きている! すぐに探しに行かないと!)
少し回復していた魔力の全てを集中させ、呪文を唱える。
『広域探索』
意識を集中させながら周囲を探り、絶望した。
「いないわ」
残念ながら、今回もエドの気配を見いだすことはできなかった。
がっかりした私はベッドから床へと足を下ろす。誰かが手当てしてくれたのか、両足共に包帯が巻かれていた。足を踏み出してみるとズキンと痛みが走る。
(治せるかしら?)
試しに自分に治癒魔法をかけるが、先ほどの探索魔法で魔力を使い果たしたせいで足の痛みはほとんど消えなかった。
「とにかく、ここがどこなのかを確認しないと」
痛みを抱えながら、おずおずと部屋のドアノブに手をかける。カチャッと音がしてドアが開いた。
ドアの向こうには廊下が続いていた。いくつかのあるうちのひとつが開いていたので中を覗くと、素朴な雰囲気のダイニングキッチンがあった。そのキッチンに向かって、年老いた女性が立っていた。
薄黄色のシャツにくすんだピンク色のスカートをはいており、ひとつに纏めた髪には白い毛が目立つ。そして、使い古してシミだらけになったエプロンを着けていた。
「あの……、すみません」
おずおずと声をかけると、キッチンに向かって作業していた老婆がこちらを振り返る。
老婆は目が合うと驚いたような顔をしたが、すぐに表情を和らげた。
「おや、お嬢さん。目を覚ましたのかい。気分はどうだい?」
「……とてもよいです。助けていただきありがとうございます。ここはどこでしょうか?」
「ここかい? 名前なんてないよ。森の村さ」
「森の村?」
私は聞き返す。つまり、名前もないような小さな村ということだ。
(困ったわ)
これでは、帰り道はおろか自分がどこにいるかもわからない。
女性は、困惑する私ににかっと笑いかけてきた。
「気分がいいなら、ちょうどスープができるから食べるといい」
「スープ?」
「ああ、私の特製さ。あんたは痩せすぎだよ」
「……はい」
本当ならすぐに出発したいけれど、正直言ってお腹はぺこぺこだったのでとてもありがたい。これ以上食事を取らないと、倒れてしまう。
私が頷くと女性はにこりと微笑み、木の器にスープをよそう。それと、小さなパンのかけらの載った小皿を渡された。
「あの、ありがとうございます」
私はおずおずとお礼を言う。
「気にしなくていいよ。森で困ったときは、お互い様だ。昔からみんな、そうやって生きてきた」
「はい」
部屋にある四人がけのダイニングテーブルにスープ皿と小皿を置いた。
椅子に座った私は一口、スープを飲む。口の中に温かさが広がり、こくりと飲み込めば五臓六腑にしみわたる。薄味だが、今の私にはこれくらいがちょうどいい。
「美味しい……」
根菜と僅かな肉が入ったスープは、とても質素なものだ。けれど、温かい食事を久しぶりに食べる私にとって、それは王宮の専属シェフが作るご馳走と同じ位美味に感じた。
「あんた、森で倒れていたんだよ。狩りに出ていたうちの若いのが見つけて、連れて帰ってきた」
「そうですか。……ありがとうございます」
私は痩せているほうだけれど、それでも人ひとりを連れて帰ってくるのは大変なことだっただろう。
もしその人が私を見つけてくれなかったら、今も私はあの森の中をさまよい、最悪の場合は猛獣に襲われていた可能性もある。
私は見知らぬ恩人に、心から感謝した。




