【コミカライズ開始御礼SS】大切な姫様
アナベル1度目の人生、サンルータ国に行く直前のエド視点です。
「ねえ、エド。わたくしは幸せになれるかしら?」
姫様が俺にそんなことを尋ねたのは、姫様がサンルータ国へ旅経つ一週間ほど前のことだった。
国と国が決めた結婚。アナベル殿下はそれに従うのを王女の役目として受け入れている一方で、見知らぬ地に嫁ぐことへの不安も大きいのだろう。
「大丈夫です。必ずなれますよ」
にこりと微笑むと、姫様はホッとしたように微笑んだ。
その笑顔を見て、胸がズキッと痛む。
前世の妻である姫様を追いかけてこの世界に転生してきた俺は、この世界でも姫様のとなりに立つのは自分なのだと信じて疑っていなかった。この世で自分より姫様を大切に思っている男など、絶対にいないと自負していたから。
けれど、現実は無情だった。
姫様に俺と過ごした甘い日々の記憶は一切なく、近づいても近づいても一歩距離を置いて一線を引いた態度をとられることに内心焦っていた。
魔法騎士になったのも、姫様の近くにいればいつか彼女が俺の気持ちに応えてくれると思ったというのは理由のひとつだ。
それなのに──。
表向きは笑顔を浮かべながらも、悔しさからぎゅっとこぶしを握り締める。
姫様は来週、未来の夫の元へと旅立つ。
俺ではなく別の男──サンルータ国の国王であるダニエルの元に。
(ダニエル殿下なら大丈夫だ。きっと姫様を大切にしてくれる)
前世で何度かあったことのあるダニエルのことを思い起こし、必死に自分を納得させる。
姫様が選んだのは俺じゃない。
想いを告げても姫様を困らせるだけ。
頭ではわかっているのに、心が砕け散りそうだ。
「ねえ、エド。もうすぐ旅立つから、庭を散歩したいの。来週になったら、もう見られなくなるから」
「では、お供しましょう。姫様、お手をどうぞ」
手を差し出すと、姫様はにこりと微笑んで俺の手に自分の手を重ねる。
柔らかく、労働を知らない手だ。
ぎゅっと握ると、愛しい人の体温を感じた。
庭園に向かうと、ちょうど桃が見ごろを迎えていた。
全体がピンク色に染まった桃の木からは、風が吹くとひらひらと花びらが舞う。
「綺麗ね」
姫様は桃の木を見上げ、目を細めた。
「……ええ、本当に」
俺は暫し、姫様の横顔に見惚れる。
姫様は綺麗だ。
この世の誰よりもずっと。
だからこそ、幸せにするのは自分の手でありたかった。
「サンルータには桃の木はあるかしら?」
「なかったら、取り寄せるよう手配しましょう」
「ふふっ。ありがとう、エド」
姫様は嬉しそうに笑う。
「あなたが一緒に来てくれて、心強いわ」
屈託なく告げる姫様の笑顔を見て、何度も開きそうになる自分の気持ちにもう一度蓋をする。
厳重にかけた鍵が、もう二度と開かないように。
「ご安心ください。姫様のことをずっとお守りしますよ」
「ええ、そうね。ありがとう、エド」
ふわっと笑うその笑顔は、前世で妻だった頃の姫様そのままだ。
(あなたのことを、誰よりも愛しています)
決して口に出すことは許されない言葉を、心の中で囁いた。
<了>
本日より「囚われた王女は二度、幸せな夢を見る」のコミカライズが開始です。
央川みはら先生の超絶美麗作画でお届けするコミカライズ、是非ご堪能下さい!
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