再び一度目の人生へ(2)
「あなたって魔法が全く使えないからいいかと思って魔力抑制の魔導具付けなかったのだけれど、失敗だったわ」
キャリーナは手に持っていた羽根付きの扇を優雅に揺らし、悩ましげに周囲を見回す。
「どうするの、これ。今日はお祝いだったのよ?」
落ち着き払った声に、これは夢なのではないかとすら思えてくる。答えられない私へとキャリーナの視線が向く。
「……っつ」
その眼差しは、かつて一度も見たことがないような憎しみを込めたもので──。
「ここでは何もできないお姫様かと思っていたのに、あなたって本当に余計なことばかりする」
「何を……」
「その顔を見ているだけで、虫唾が走るのよね」
キャリーナがこちらに近づいてくる。
本能的に、脳内に警鐘が鳴り響くのを感じた。
(逃げないとっ!)
でも、どこに?
ここに私の味方なんていない。
祖国のナジール国はもうない。
……そして、エドももういない。
(それでも、逃げないと!)
どこでもいい。できるだけ遠く、この人から隠れられる場所に。
体中の全ての魔力を集中させる。キャリーナの手がこちらに伸びてきたとき、私は呪文を唱えた。
『開通空門』
転移の魔法陣を使わない転移魔法など、移動できる距離は高が知れている。けれど、とにかく逃げないと。
(エド、力を貸して)
私は胸にぶら下がる、一度目の人生──即ちこの世界のエドからもらった魔法珠をぎゅっと握りしめる。
目映い光が体から発せられ、キャリーナが眩しさから手で目元を隠す。
ウイーンと転移魔法を使うとき独特の空気の揺らぎを感じた。
その直後、私は途方に暮れていた。
「ここはどこなの?」
辺りは見渡す限り、森ばかり。鬱蒼と茂った木々が、360度広がっている。どこからか鳥の鳴き声と、この森を住処にする小動物が揺らす木々のぶつかり合う音。
「人を探さないと」
こんな場所にいては、生きていけない。とにかく、誰か人を探しさなければ。
すぐに探査魔法を使って周囲を探ろうとして、自分の魔力を先ほどの転移で全て使い果たしてしまったことに気付く。
「歩くしかないのね」
独房では、靴がなかった。一歩踏み出すと足の裏にひどい不快感を感じる。地面を覆う落ち葉に混じった小枝や小石が足の裏に容赦なく食い込む。
(痛い。でも、歩かなきゃ探せない)
せめて少しでも魔力が残っていれば。けれど、探査魔法が使えるほど十分に魔力が回復するには最低半日はかかるはずだ。一刻も早くエドを探さなければならないのに、待つ時間が惜しい。
しかし、歩き始めて暫くすると私は膝に手を付いてうずくまる。
何日、いや、何カ月にもわたって牢屋に閉じ込められていたせいで、筋力がなくなっていた。さらに、十分な食事を与えられていなかったので体力もない。足の裏を見ると、尖ったものを踏みしめたときにできた沢山の小さな傷から血が滲んでいた。
(エド、助けて……)
私はその場に座り込むと、膝を折って足を抱え、その上に頭を乗せる。
(私はどうすればいいの? どっちに歩けばいいの?)
この世界にたったひとり、取り残されたような気がした。
喉が渇いてきたのに、水すらない。
魔法で水を出そうにも、魔力も枯渇している。
(ああ、疲れた)
青かった空はいつの間にか薄暗くなっている。もう、日の入りが近い。すぐに夜が来るだろう。
「少しだけ……」
もう、足が棒のようだ。
色々なことが起きすぎて、本当に疲れた。ほんの少し、ほんの少しだけ休もう。それで体力が回復したら、また歩こう。
座ったまま、目を閉じる。私の意識はすぐに闇に呑まれた。




