再び一度目の人生へ
遠くに舞い上がる噴煙、崩れた城壁、そして体を包むすり切れた汚らしいボロ布。
私は一瞬、何が起こったのかが理解できずに呆然と空を見上げる。雲ひとつない大空は、かつてニーグレン国で見た海を思わせるような青色をしている。
周囲の足下を見れば床には崩れた瓦礫が散らばり、壁も壊れている。遠くのほうでは、パーティーをしていた人々が逃げ惑う姿が蟻のように小さく見えた。
「どういうこと?」
状況が理解できない。
私は屋敷のリクライニングソファーに座り、うたた寝をしていたはずなのに。
日光の温かさに微睡みながら、最愛の人──エドワールのことを考えていた。
なのに、ここはまるで──。
「……戻ってきたの?」
呆然として周囲を見渡す。ここはどう見ても、私の屋敷ではない。
(戻ってきた? 私は最初の世界に戻ってきたってこと?)
頭が混乱して、理解が追いつかない。
(こんなことってあり得るの?)
それとも、私はずっと夢を見ていたのだろうか? こうだったらよかったのにという、理想郷の夢物語を。
「エド……」
こんなときに呼ぶ人の名はひとつしかない。
「エド。どこ?」
必死に記憶を呼び起こす。
一度目の人生で、私は最後どうなった?
「エド! エド! 返事をして!」
私は力の限り、エドの名前を叫ぶ。
薄暗い牢獄で、祖国が滅びたと知らされてただ死を待つ日々を送っていた。唯一の心の支えだった護衛騎士のエドは最後、私に魔法珠を託して『夢を二度、叶えてくれる』と言った。
私ははっとして自分の首元に触れる。細いチェーンとコロンとした丸い魔法珠の感触。
「夢じゃない……」
夢なんかじゃない。だってこの魔法珠のネックレスは、この世界のエドにもらった魔法珠に二度目の世界のエドがチェーンを付けてくれたものなのだから。
私はボロボロの服の下から慌ててそれを引き出して見る。魔法珠は赤いままだった。
その拍子に自分の手が目に入る。年齢を重ねて皺だらけだった手は、若々しさに溢れていた。かわりに、いつも綺麗に整えられている爪には汚れが目立つ。そして薄汚れた指には指輪が嵌まっていた。二度目の世界でエドが私にくれた、魔法珠のはまった指輪だ。
(こっちの指輪は白い……)
薬指に嵌められていたエドからもらった指輪の魔法珠は、中の魔力がなくなって真っ白な石へと変わっていた。
「どこなの、エド!」
私は周囲を見回し、声を上げて呼びかける。
隣合う牢獄にいて、手を繋いでいたのだ。そんなに遠くにいるとは思えない。
それとも、私が魔力を爆発させたときに爆風で遠くに吹き飛んでしまったのだろうか?
「探さないと」
必死に周囲の瓦礫をかき分けるけれど、エドは見つからない。
(そうだわ!)
魔力開放したのならば、もしかすると二回目の人生で覚えた魔法は使うことができるかもしれない。私は意識を集中させ、全身の魔力を探る。
──いける。
そう思った私は呪文を唱える。
『広域探索』
エドの魔力を探るように、自分の周囲に魔法の探索網を広げてゆく。けれど、その後に残ったのは絶望感だけだった。
「いないの……?」
エドの魔力の気配は、どこにもなかった。私の魔法で探れる範囲は半径一キロが限界だ。けれど、一キロ以上爆風で飛ばされるなんて考えにくいはずなのに、どこにもその気配がないのだ。
探索魔法を使って検知できないということは、ふたつの可能性が考えられる。
ひとつはその範囲にそもそもエドがいないこと、もうひとつはエドの魔力がなくなっている──即ち死んでいることだ。
最悪の事態が脳裏を過り、咄嗟に首を振る。
(そんなはずない。エドがこんな危機的状況に私だけを置いてきぼりにして死ぬわけないわ)
そのとき、ガサッと瓦礫を踏みしめる音がした。
「エド?」
私はぱっと表情を明るくして背後を振り返る。しかし、その表情はすぐに絶望に変わった。
「何が起こったかと思ったら……。とんでもないことをしてくれたものね」
「キャリーナ……」
紫色の豪華なドレスを身に纏いこちらを睨み付けているのは、かつての世界では親友だったキャリーナだった。
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