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■ エレナ視点

 王族や貴族は嫌いだ。

 自分のことしか考えていないから。

 下々の人間の生活なんて知りもせず、まるでその恵まれた生活が当たり前だと思っているの。


 ニーグレン国の第一王女──キャリーナ姫と出会ったとき、こんな人がいるなんてと驚きが隠せなかった。


 艶やかな髪は燃えるような赤、こちらを見つめる大きな瞳はエメラルドグリーン、そして、真っ白な肌。ピンク色のドレスにはフリルがたくさんついていて、私が見たこともないような豪華なものだった。 

 びっくりするような愛らしいお姫様は、私を見た途端、ぱっと目を輝かせた。

 全く毒気のない笑顔を浮かべ、にこにこしながらこちらに歩み寄ってくる。


「はじめまして、こんにちは。わたくしは、キャリーナ=ニークヴィストよ。あなたのお名前は?」

「…………」


 答えずにいると、キャリーナの従者と思しき人がこそこそと彼女に耳打ちをする。「彼女は心を閉ざしていて、名前を名乗らないのです」と言っているように聞こえた。


「そうなの?」


 キャリーナは不思議そうに首を傾げる。


「そうね。じゃあ、あなたのお名前、『エレナ』なんてどうかしら?」


 キャリーナはこちらを向くと、にっこりと笑ってそう言った。


 ◇ ◇ ◇


 キャリーナはいわゆる〝人々の理想のお姫様〟だった。

 困っている人がいると声をかけ、誰にでも屈託のない笑顔を向け、それでいてしっかりとしなければならない場面では凜とした態度を貫く。おまけに、見た目もとびきり美しい。

 まさに、優しく聡明な、美しいお姫様だ。


 無理矢理王宮に連れてこられて陰鬱とした気分だった私に、何度も何度もめげずに声をかけてきたのは、彼女だけだった。


「どうして私に構うの?」


 一度、飽きもせずに私の元を訪れたキャリーナに聞いたことがある。キャリーナはきょとんとした顔をして、私の顔を見るとにこりと笑う。


「だって、エレナとお友達になりたいもの。ねえ、これ一緒に食べない? 美味しいのよ」


 キャリーナが差し出したのは、籠に入れられたお菓子だった。私が生まれ育った村では見たことがないような可愛らしい焼き菓子は、いい匂いがここまで漂ってくる。


「わたくし、小さい頃からこれが大好きなの。エレナはどんなお菓子が好き? 教えてくれたら、今度持ってくるわ。ホームシックも少しは癒えると思うの」


 そう言って笑う彼女を目の前にして、ひとつの感情が沸き起こる。


 私は、彼女のことが嫌いだと。


 誰にでも優しいお姫様は、私の身に起きたことなど想像もつかないのでしょうね。

 皆から大切にされて愛されるのが当たり前だから、自分や自分の家族を誰かから害されるなんて、起こるわけがないと思っているんでしょうね。


 目の前にいる人に情けをかけて優しさをみせた気になっているなんて、なんておめでたい人なんだろう。

 その優しさがあるなら、なぜ国内の貧しい村に救いの手を差し伸べなかったの? 

 あなたの着ているドレスひとつで、私達は一カ月、食べるものに困らずに生きていくことができるのに。

 あなたがこうしてお菓子を食べている間に、私達は水だけで飢えを凌いでいたわ。


    ◇ ◇ ◇


 私が生まれ育った村は、貧しい片田舎にあった。

 土地は痩せ細っており、作物はあまり育たなかった。毎日食べるものにも困るほどで、ひどいときは何日も水だけで飢えをしのがなければならなかった。


 そんな田舎の村で、私は『ヒリイ』と呼ばれていた。人ならざる者、という意味だ。

 物心ついたときから、私の周りでは不思議なことが起きた。感情が高ぶると大きな風が吹いたり、誰かに怒りを感じるとその人に悪いことが起きたり。後になって思えばあれは無意識に魔法を使っていたのだろうけれど、そんなことを知らない村の人達は、私を化け物だと言った。


 それでも、家族は私を捨てることはせずに家の片隅に置いてくれた。

 目立たなければ生きていける。私はいつしか自分の感情を表に出さず、言われたことだけを淡々とこなす人間になっていた。


 転機はある日突然にやって来た。

 国のえらい人が、村に視察に来たのだ。


 そのとき私は、夕食のための準備をしていた。いつものように私が手をかざすと、何もなかったかまどに突如煌々と火が灯る。それを偶然見た役人達は、驚愕の表情を浮かべた。


「彼女を国のために──」


 しばらくすると、そんなことを言う役人が定期的に現れるようになった。それとときを同じくして、これまで倉庫のような場所だった私の部屋は日当たりのよい個室に変わり、村の人達が急に優しくなった。


 嬉しかった。嬉しかったわ。


 きっと、あの役人達が原因なのだろうとはなんとなく感じていたけれど、別にそんなことはどうでもいい。

 ただ私は、村の皆が自分を普通に受け入れてくれて、大切に扱ってくれることがとにかく嬉しかったのだ。


 でも、そんな日も長くは続かなかった。

 ある日、いつものようにやって来た役人に村長や両親達が捕らえられたのだ。


「国の命令に背くのは重罪だ」


 彼らはそう言って、私の家族達を連れ去った。そして、私は半ば強引に王宮に連れてこられた。そこで出会ったのが、キャリーナだった。


    ◇ ◇ ◇


 私の魔法の才能は、周囲が想像していたよりもずっと優れていた。

 私は誰かが魔法を使うところを一度でも目にすれば、それを再現することができた。誰でもそうなのかと思っていたけれど、これがとても特殊な能力だと知ったのは随分と後になってからだ。


 この能力のお陰で私はあっという間にニーグレン国で一番の魔女と呼ばれるようになった。

 すると周囲が急に私に気を遣うようになった。


 偉そうにしていた連中を見下すのは、いい気味ね。


 ナジール国に連れて行くとキャリーナに言われたときは正直面倒に思っていたけれど、蓋を開けば行ってみてよかったと思う。


 理由はふたつ。


 ひとつは、新しい魔法をたくさん覚えられたから。特に、魔術研究所というところで見せられた魔法は見たことも聞いたこともないものだったからとても勉強になった。

 憶えたての魔法を使って禁書を抜き取ったらすぐにバレて大捜査がされていたのは、予想外だったけれどね。


 もうひとつは、サンルータ王国のダニエル王子に出会えたこと。

 ダニエル王子は、とても素敵な人だった。彼と初めて会ったとき、私はひとりで庭園にいた。庭園にマーガレットの花が咲いていたので、もう一度見たいと思ったのだ。


「大丈夫か?」


 庭園の端に座り込む私をたまたま見かけたのだろう。ダニエル王子は、歩み寄ってくるとそう言って声をかけてきた。

 何が「大丈夫か?」なのかと怪訝に思って無言で見返すと、彼は「気分が悪いのでは?」とさらに問いかけてきた。


「花を見ていただけ」


 ぶっきらぼうに答えた私に無礼だと怒ることもなく、ダニエル王子は「ああ、なるほど。綺麗だね」と微笑んだ。


「もう夕方だ。暗くなると危ないから、戻ったほうがいいと思う」


 目の前に差し出された手を見たとき、意味がわからなかった。けれど、すぐに彼が私の手を取るために差し出しているのだと気が付いた。


 格好よくて、優しくて、なんて素敵な人なのだろうと思った。


「ダニエル殿下はキャリーナ殿下の有力な婚約者候補なのですよ」


 偶然、一緒にナジール国に訪問した侍女からそんな言葉を聞いたとき、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


 そして、どす黒い感情が湧き上がった。


(簡単な魔法ひとつ使えないような能なしなのに、なんでキャリーナは何もかも手に入れられるの?)


 富も、地位も、美貌も、あらゆる人からの愛情も、彼女は全てを持っていた。それに加えて、あんな風に素敵な人と結婚する?


 妬みという感情が、憎しみに変わった瞬間だった。

 そして、気付いたのだ。


(キャリーナは何もかも持っているのだから、私がそれを代わりにもらえばいいのだわ)


 なんて名案なのだろう。

 私にはそれをできるだけの、能力がある。




 それなのに、それなのに──。


 あと少しのところで失敗した。

 あの女──ナジール国のアナベル王女とその魔術師さえ来なければ、全てが上手くいったのに。


 アナベル王女はキャリーナ王女にそっくりね。

 愛されることが当然で、いつでも誰かが助けてくれると思っている。

 その鼻っ柱をへし折ったら、どんなにすっきりするかしら?


 ()()()は失敗しないわ。

 次こそは、必ず全てを手に入れて見せる。


 そんな思いを込めて、私はいつか使うことがあるかもしれないと密かに仕掛けておいた魔法陣に全ての魔力を注ぎ込んだ。


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