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こんな彼と彼女の日常  作者: まる
9/13

やさしい出会い

暖かい体温を全身で感じる。

これを知ってしまえばもう、手放したいとは思えない。


あれからシエラはアルフレッドに抱きついたまま泣き疲れて眠ってしまった。

ベッドに寝かせようと思い、アルフレッドはその身体を抱き上げてベッドまで近づいたものの、なんとなくそのぬくもりを手放すのが惜しい気がした。


(まぁ、急ぐわけでもないしな)


自分自身を納得させるように心で呟き、予定変更。

とりあえずアルフレッドはベッドの端に腰掛け、その膝の上にシエラをのせるように横抱きにする。

するとシエラが衣服を掴んでその胸に擦り寄ってきた。



(…………これは、いろいろもたないかもしれない)



頑張れ、アルフレッド

不謹慎な思いを打ち消すようにシエラの前髪を掻き分けてやり、頬に残る涙のあとを指の背でなぞる。白い頬にそれは痛々しい。

それなりの時間を共有していたつもりだったが、まだまだ知らないことわからないことが多いと今日も痛感した。



そもそもシエラとアルフレッドが初めて会ったのは数年前である。アルフレッドが国の北部の境界線をめぐり、地域一帯を巻き込んだとある争いの最中に大怪我を負った時だった。


傷口に刺さった金属片が残ったままなのでそのまま治癒魔法をかけるわけにもいかず、急遽取り出すための手術が必要になった。

しかし、争いの規模に比例してけが人も多かったため派遣された医師も手が一杯の状態。

最悪なことに緊急かつ重度の手術を得意とする医療班のメンバーが全て出払ってしまっていた。


「誰かこの場に手術の可能なものはいないか!!」


アルフレッドを連れ帰ったシュリオの苛立った声が響く。しかし治療の対象は第三王子である。一般の医師では尻込みしてしまう。皆互いに目を合わせつつも名乗り出るものはいない。

その間もアルフレッドの血は止まらず、どんどん冷たくなっていく。これはほんとうにまずいやつである、そうこれまでの経験と勘がシュリオをさらに苛立たせる。そしてシュリオの苛立ちがまさに頂点に達しようというその時、


「何やってんですかっ」


シュリオの後ろから凛とした声が聞こえた。辺りがざわつき振り返ったシュリオが目を見張った。そこにはシュリオ以上に驚いた顔の女性が立っていた。どこからか戻ってきたばかりなのか、その衣服や手は血で真っ赤に染まり息は乱れていた。


「ぼさっとしないで手術の準備を。時間との勝負なんですから」


驚く医師たちなどお構い無しに、女性はテキパキと周りに指示を出す。

あらかた指示を出し終えた後、くるり、とシュリオのほうを向いて一言。



「私が責任を持ってやります」



アルフレッドの朦朧とした頭にもその燐とした声は響いていた。

数回にわたるシュリオとのやり取りが聞こえた後、


「………任せた、頼む」


といういまだ半信半疑なシュリオの声が聞こえた。

そこからはあまり良く覚えていないが、作業に入る前に手を握られ声を掛けられたのは覚えている。


「大丈夫、誰がなんと言おうと必ず助けてみせます」


心地よい声だった。その声を皮切りにアルフレッドは徐々に意識を失っていった。



目覚めた時、すでに治療は終わっていた。

後から聞いた話だが治療の後、5日間まるまる眠っていたらしい。

争いも、事態を聞きつけ駆け付けた王都の援軍と合流したことによりひと段落していた。


その間にアルフレッドは国で数人しか使えないという、あの転移魔法で医療設備の整った王都へと移動されていた。転移魔法は魔力の消耗が激しいため、使用の許可を王族と魔導士団長しか下せない。一度は体験してみたいと思っていた転移魔法であるが、まさか意識のないうちに施されるとは何て惜しいことをしたのか…とアルフレッドが悔しがったのはまた別の話である。


見慣れない部屋と匂い。

身体がうまく動かないためアルフレッドは視線だけ動かして辺りを見回す。


(ここ…どこだ)


「あ、気が付きましたか」


起きた気配を感じたのか、机に向かい作業を行っていたらしい一人の女性が立ち上がりベッドに近づいてきた。アルフレッドを上から覗き込むように様子を伺う。

格好からするに医師であろう、その声はどこかで聞いたことがあった。目線だけを動かし、女性に焦点をあわせる。

綺麗な顔だな、とアルフレッドは素直に思った。


「あなたの治療を担当したものです。治療そのものは一応成功だと思うのですが…どこか違和感のあるところはありますか」


アルフレッドは納得した。言われてみれば確かに意識を失う間際に聞いた声だった。まさかこんなに若い女性だったとは思わなかったが。


「…っ…」


声を出そうとして、アルフレッドはひどく喉が渇いていることに気が付いた。痛くて声が出ない。


「無理しないでください」


女性が慌てて、ベッドサイドの水を差し出す。寝たままでも飲めるように細い管のような不思議なものがささっていた。


しかしそんなことよりアルフレッドはもっと気になることがあった。

部屋に充満する独特な薬品のにおい。


「薬くさいな…」

「はは…一応医者のはしくれなもので」


起きてすぐ、嗅ぎ慣れない薬品のにおい。戸惑いを感じて顔をしかめる。あまりに的をはずした回答だったためか、苦笑しつつ女性の敬語も思わずくだける。

もう大丈夫そうですね、そう言って女性はベッドの端に腰掛ける。アルフレッドの額にはりついた前髪を掻き分けてやりそっと額に手をあてる。


心地よい体温にアルフレッドが目を細める。

その姿をみて女性も穏やかに微笑む。

アルフレッドはされるがままに女性を見つめていた。よく見ると目の下にくまができており、憔悴しているような気がする。


アルフレッドの額に手を当てたまま女性が言葉を紡ぐ。


「事後処理は沢山あるけど…争いは一応落ち着いたかので、とりあえずゆっくり休んでください。…国のために頑張るのも大切だけど、とっても心配しています。軍の方々も、シュリオ様も」

「………」


アルフレッドは返す言葉がないので黙って聞いていた。

女性はそのまま言葉を続ける。その視線は窓の外、遠い空を見つめていた。


「大切なものを何としても守りたい気持ちはわかります。でも、自分の犠牲の上に成り立つ幸せで良い、なんていうのは自己満足です。そんなの…残された人は嬉しくない。私はそんな犠牲も、残された人達も沢山見てきました」


そういって女性は視線を再びアルフレッドに戻し、ふわっと笑った。


「第三王子でもあるあなたに、一般医師がえらそうなこと言ってごめんなさい。でもほんとうに皆様心配していたんです。だから自分も大切にしてあげてください」


するりとアルフレッドの頬をひとなでし、穏やかな笑顔を残して女性は机に向かった。魔法を使って誰かと連絡を取っているらしい。

離れていく体温にふと寂しさが芽生えた。

相変わらず、嗅ぎ慣れない薬くささはあるもののアルフレッドはその空間に本能的な居心地の良さを感じた。


しかしその感情に反するように、目が覚めたその日のうちに部屋を変えられてしまった。

何でもその部屋は手術を担当した女性のもので、重傷患者であるアルフレッドを


「目が覚めるまでは何があるかわからないから、他の作業の合間も集中して傍で見ていたい」


という申し出により無理やり閉じ込めていたらしい、と後に移動した豪華な部屋で争いの復興の合間に見舞いに来ていたシュリオから聞いた。

どうやら、アルフレッドが戦線を離脱してからの王都軍がすごかったみたいで、その勇姿を見られなかったことが悔しかった。

黙り込んだアルフレッドに何を勘違いしたのか、お世話係として宛がわれた女達がやたら



――狭い部屋で大変でしたね、災難でしたね

――王子であるアルフレッド様をあんな狭くて薬くさい部屋で寝かせるなんて

――ずうずうしいですよね、ほんと



と訳のわからない声を掛けてくる。

おまえも災難だったなぁ、という脳天気なシュリオの声を聞きながらアルフレッドは


(あっちのほうがずっとよかった)


と、一人豪華な部屋の窓から外を見つめていた。



懐かしい、シエラとの出会い。

名前も聞かず別れてしまった彼女と再び出会ったのはそれからさらに数ヵ月後。

今ではその薬の匂いにもすっかり慣れ、目覚めてすぐ去った部屋に頻繁に出入りしているのだから不思議なものだ。


(…オレは…シエラが好きだ)


抱きかかえる腕に少し力がこもる。認めてしまえば逆にすがすがしささえ感じる。


権力者に媚びない態度、相手が誰でも一生懸命仕事をする姿、人には自分を大切にしろと言うくせにシエラ本人のことは後回しにするところ、たまに子供っぽいところ、自分の信念を持っていて意外と頑固……こうして改めて考えてみると自分の敬愛する人と少し似ているのかも知れない。

シエラという国に入れてもらえたらきっと心地よいだろう。



思えば出会ってからけっこうな時間が過ぎてしまった。

ずっとごまかして甘えていたことも理解している。

それでも今、アルフレッドはシエラが欲しいと確信した。


決意を新たにしたものの、弱っている彼女に追い討ちをかけるのはおそらく逆効果。シエラのことだから、慰めとしか取ってくれない可能性のほうが高い。


アルフレッドは今度こそシエラをベッドに寝かせてやった。服を掴む指がなんとも愛らしいが、今は我慢。眠る彼女の頬に触れるだけの口付けを残し、アルフレッドは部屋を後にした。


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