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こんな彼と彼女の日常  作者: まる
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ちょっとまって、今取り込み中

「イリーヤさんってほんと良い匂いだよなー」

「あー、わかるっ。フローラルな花の香りっていうか」

「癒されるよなー、あのやわらかい手とか」

「不謹慎だけど手当てされてーよな。何か幸せになれる」

「やっぱ、女はそうじゃないとな」

「「「だよなー」」」


ははは…と笑い声だけを残して去る兵士たち。そんな会話を廊下で小耳にはさみつつシエラはぼんやりと開いた窓から空を見つめた。今日は雲ひとつ無い快晴だ。



「…はぁ」


シエラはとぼとぼ研究室に戻り一人ため息をつく。先ほどの兵士たちの会話が頭の中で延々とリピートされている。


(とりあえず風にあたってすっきりしよう)


窓を開けて、その縁に浅く腰掛ける。暖かい風が頬をなで気持ちがいい。目を閉じて風だけを感じる。が、突き抜ける青空に反するように、シエラの心はどんどん曇っていく。


(このもやもやした感情もどこかへ流してくれたらいいのに。……今日はアルフレッド殿下がいなくてよかった)


ちらっ、とシエラは誰もいないベッドを見る。こんな感情を抱いている姿なんて絶対見られたくない。


「…はぁ…」


もう一度盛大にため息を一つ。考えたってしょうがない。別に、彼らに悪気はないのだ。むしろ健全な男の発想である。シエラが落ち込む必要なんか無い。そう頭ではわかっているが…わかっていてもやはり落ち込む。


雲泥の差


まさにその言葉がぴったりだとシエラは思っている。イリーヤという女性は、訓練で傷ついた兵士の手当てを専属に行う部隊の一番人気だった。そもそも、兵士の士気を高めるという意味でそこは美人ぞろいの部隊なのだがその中でも特に可愛い。はちみつ色の腰まである長い髪に同じ色の大きな瞳。物腰も柔らかくシエラも素直に可愛いと思う。しかも、良い家柄の出身らしく教養もある。

裏の性格にやや難があるらしいが…、そんなものはご愛嬌だろう。


(やっぱり…男の人はああいうほうがいいよね)


可愛くて、安心できて、良い匂いがして、やわらかそうで…



(薬くさいな…)

(シエラは、…ほんとうに仕事が好きだな)



ふとシエラの脳裏に過去のアルフレッドの言葉がよみがえる。つん…と鼻の奥が痛くなり目の前がゆらぐ。ぐるぐるじわじわと嫌な感情がシエラの心を占領する。


(…だって、しょうがないじゃない)


薬の調合でまめの出来た手をシエラはきつく握り締める。

悪気があって言われた言葉ではないことも十分承知しているが、胸に渦巻くやりきれない感情に困る。


生きるためだったんだ。約束したんだ。

日向を歩く彼女達と自分とでは見てきた世界が違うのだ。

彼女たちは純粋に知らないだけ。

綺麗なだけではどうしようもない、わがままなんてまかり通らない紅黒い世界を。


毎日毎日薬の研究や仕分けを行っているのだ。薬の匂いだってとっくの昔に染み付いてしまった。

それでも、こうしている間にも失われていく命があるのだ。

助けられなくて、自分が無力で、でも助けたい、そんな世界で必死だったんだ。


仕方がないじゃないか。

ここまでしてきたから、助けられた命だってある。

否定したら自分が可哀想だ。

そんなことシエラが一番よく理解している。



それでもいつだって一番欲しいものは手に入らない



「……ッ」


そう思って脳裏にアルフレッドの顔を思い浮かべた瞬間、シエラはもう我慢できないと思った。

自分自身を抱きしめるように窓際にしゃがみこむ。両腕の間に顔をうずめて声を押し殺す。なんとなく、自分への否定のような気がして流れている涙を意地でも見たくないと感じた。


前まで、アルフレッドに会うまではこんなことすら考えなかったはずだ。

もっと仕事にだけ打ち込んでいたはずだ。生きていることに感謝して日々生活していた。はずなのに…


最近女々しくて欲張りな感情に支配されることが多く、シエラ自身戸惑っていた。


「…っふ…」


とまれとまれとまれ、そう思うシエラの心に反して涙は勢いを増して流れていく。

いっそ声に出したら楽だろうか…、それでも意地で嗚咽をひたすら押し殺していると…


「シエラ…?」


一番会いたい人

一番会いたくない人


暖かい風と共に、窓からアルフレッドの声が聞こえた。


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