絶好球を待つエース
「なぁアル、最近どこでサボってんの?」
何の脈絡もなく発せられたシュリオの言葉にアルフレッドは一瞬うろたえる。もちろん、それを悟らせはしないのだが。
「なんだ、急に」
「だってよ、仕事中たまにいなくなるし、非番の日もどこにもいないし」
けっこういいセンいってる場所を探してると思うんだけどなー、と続けるシュリオ。
シュリオ・ベルシュタイン、それが彼の名前である。
ベルシュタイン家は代々国の防衛にかかわる人材を多く輩出してきた家柄で、シュリオは長子であるがゆえに幼いころから城へ、当時の騎士団長の父と共によく出入りしていた。年の近い二人が仲良くなるのに時間はかからず、今でもその友好は続いている。誰も近くにいないとき、シュリオはアルフレッドのことを幼少期のままアルと呼ぶ。
本日の稽古も無事終わり、その帰り道二人で夕日が照らす真っ赤な開放廊下を歩いているところだった。赤い夕日が二人分の長い影を作っている。
アルフレッドはつとめて冷静に答えた。
「…サボってなどいない」
「うそつけ」
「………サボってない」
「どこで」という話題に触れないよう、なおもサボってはいないと主張を続けるアルフレッドにまだ納得はしていないようだが、シュリオもそれ以上さして問いかけてこなかった。
「アルのことだからどうせ城の秘密の書庫かなんかだろ。それにしても、今度の場所はよっぽど居心地がいいんだな」
「……居心地がいいのは否定しない」
「何だそよれ?ま、何でもいいか。さーてと、今日はどこの店にしよっかなー」
シュリオの話題はすでにこれから行く飲み屋に移っている。
アルフレッドは今日、この前の城下見回り当番の借りを返しに飲みに行く約束をしていた。酒豪のシュリオである。気持ちを引き締めていかねば簡単につぶされるだろう。
どうやら先ほどの発言は証拠があるのではなく本当に疑問に思っただけらしい。しかし…
(今のは…けっこう焦ったな)
シエラのことはばれないようにうまく隠していたが、その些細な違和感を感じとるあたりさすが旧知の仲である。頭の後ろで手を組みながら前を歩くシュリオから、アルフレッドの表情が見えなかったことがせめてもの救いだと思った。
紅く染まった中庭を見ながら考える。
アルフレッド自身、なんでこんなにもシエラを隠し通したいのかといわれれば明確な回答に困るのだが、その感情が何に起因しているかはうすうす気が付いている。
否、気が付いていないふりをしているのかもしれない。
(どうしろ、というんだ……)
この感情の行き先がよくわからない。そして、そう簡単な身分でもない。
アルフレッドの脳裏にシエラの顔が浮かぶ。笑う顔、怒る顔、困る顔、寂しそうな顔…そういえば泣いた顔は見たことがないかもしれない。
欲しいか、と言われれば欲しい。
しかし
このままでいいのか、と言われればそれでもいい気がする。
この距離が心地良い。
だけどあの買い物の時、アルフレッドの知らない何かがシエラの全てを支配しているという事実がたまらなく嫌だったことは今でも鮮明に思い出せる。
(オレは意外と何も知らないな…)
今度、何か聞いてみようか。アルフレッドはそんなことを思う。
その反面、寂しそうな顔は見たくないと思う気持ちもある。要は、怖いのだ。拒絶が。
(シエラとオレのような関係には何か…、もっと決定的な何かが必要なのかもしれない)
「何してんだー、おいてくぞー」
シュリオの声にはっとして顔を上げれば、いつのまにかだいぶ遅れをとっていた。
「…ああ」
短く返事をして早足でシュリオを追う。
辺りはすっかり暗くなっていた。