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こんな彼と彼女の日常  作者: まる
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落日に隠れた素顔

「今日はどうもありがとうございました」


帰り道、シエラはアルフレッドに対して改めて感謝の気持ちを口にした。

想定よりだいぶ時間がかかってしまい、買い物が全て終了したのは、日差しがオレンジ色に変わる頃。王宮までの帰り道、砂の地面には長い影がうつし出されている。


どっさりずっしり、と形容するのが相応しいくらいにシエラの籠は色々な材料で溢れている。しかし、持ち手がアルフレッドであるためあまり重さが感じられない。隣を歩くその姿をシエラは複雑な表情で見つめる。人通りの少ない道に差し掛かったところでまた謝罪をする。一応変装しているので、堂々と呼ぶわけにもいかず、自然とその声は小さくなる。


「殿下に荷物を持たせるなんて…なんとお詫びをすればいいか…」

「軽いから問題ない」

「…そうですか…、なら…お言葉に甘えます」


その細身の姿からは信じにくいが、それは紛れもなく事実だった。この国には現在3人の王子がいる。すべて同じ王妃から生まれており、また困った反面嬉しいことに甲乙つけがたいくらいに優秀であった。したがって、その王位継承権は必然的に生まれた順となった。そして三人の王子にはそれぞれにそれぞれの立場に見合った仕事が与えられた。第一王子は国の政治関係、第二王子は他国との外交関係、第三王子は国の防衛と整備関係である。個人では成り立たぬ仕事も多いため、互いに協力し日々自分の仕事にいそしんでいる。

今でこそ王都は比較的安定しているが、やはり国境付近ではいまだその領土拡大をもくろんだ様々な駆け引きが行われている。各地でおこるその状況を見極め、人員を配置し、必要であれば第二王子の外交の護衛を選別し、時には士気を上げるため自身が先頭に立つこともあるのが第三王子であるアルフレッドの仕事である。見た目ではわかりにくいが、その体は過酷な任務をこなすため日々の鍛錬で鍛え上げられている。軽いというのは本当であろう。


それでも自分の荷物をアルフレッドに持たせてしまっているシエラは申し訳なさでいっぱいだった。本人は言葉の通りあまり気にしてはいないようだが、アルフレッドは第三といえども王子だ。シエラが軽い気持ちで手伝わせて良い相手ではない。


(私、情けないなぁ…)


一緒に来てもらったのは荷物もち(そういうつもり)のためではない、と言うことを明確に伝えたいがうまく伝わっているか不安になる。


事の発端は数時間前


買い物の波にのってきたシエラの籠がやや一杯になってきた時だった。

女性の腕には重そうに見えるそれを見かねたアルフレッドは「シエラ」と一言呼んだ後、ずいっと手を差し出した。


オレが持つ


意味を汲み取ったシエラはそれを即座に否定した。そんなことはさせられない。


「大丈夫です、持てます」


しかしアルフレッドとてシエラの性格を考えれはそのくらいの否定は想定の範囲内。よって即座にもう一度申し出てみるものの、シエラも頑固なところがあるため結局一回目は持たせてもらえなかった。


しかし、シエラの籠は時間の経過と共にどんどん重くなっていく。



「シエラ、籠」

「自分の籠くらい自分で持ちます。私の買い物だし、まだ大丈夫です」



「…シエラ」

「まだ大丈夫です、私けっこう力持ちなんです」



「……シエラ」

「…まだ、大丈夫…」



「………シエラ」

「……まだ、だいじょ「いいかげんにしろ」

「すみません、お願いします」



数回にわたる攻防の末、最後は半ば強制的にアルフレッドが籠を取り上げ、シエラが折れてそして今に至る。そもそも、騎士が一人の人間に付きっ切りで買い物をしていること自体がおかしいことなのだが、どうやら薬草マニアが多いこの通りはそういったことには頓着しない性質なのと、シエラが王宮に勤めていることを皆が知っているため深く考えていないようだ。シエラの買い求める薬草が絶妙すぎて、ただものではないと気が付いているものもいる。だが誰も、そのことを口にしない。シエラの腕は確かである、彼らにとってはその事実だけで十分なのだ。


隣を申し訳なさそうな顔をして歩くシエラを見ながらアルフレッドも複雑な気分だった。


(ほんとうに、何でも自分でやろうとする…)


シエラのこのスタンスがアルフレッドは好きだった。

他の女のように王子である自分に変に媚びないし、自分でできることはすべて自分で行う。しかし、勝手な思いだがそれがたまに寂しい時もある。


もっと頼ればいいのに、と隣を歩くシエラを見ながら思う。


しかし彼女はたいていのことなら何でもこなせる。それがさらに頼ることへの妨げになっているのだろうが…。

その表情は未だ申し訳なさそうだ。


(最初にオレを助けたのは…)


「殿下」


唐突に呼ばれ、少し驚く。どうやらぼうっとしていたらしい。


「そんなに私のこと睨んで…やっぱり重いんじゃ」

「……重くないし、睨んでない」

「そう…ですか」


重くなったらいつでも言ってください、と微笑むシエラ。相変わらずその声は周囲を警戒して小さい。

行きとは真逆のやりとり。

心地良い距離。

ふと、アルフレッドは日ごろから疑問に思っていることを口にしてみた。


「シエラは、…ほんとうに仕事が好きだな」

「…え、あー、まぁ否定しない、というかできませんけれど…」

「楽しいか?」


それはアルフレッドにとって何気ない疑問だった。

けれど明らかにシエラの表情が曇ったのをアルフレッドは見逃さなかった。


「……そう改めて言われるとよくわからないですが…人のためになり頼られるのはうれしいです。でも、もう癖みたいになってるところもあるのかもしれません。………私には…これしかなかったので」


まるで一言を噛み締めるようにシエラはゆっくり話す。前を向いたままの顔は誇らしそうである反面、少し寂しさが滲んでいた。夕日の色をまとう姿は神秘的で、いつもの知っているシエラではないみたいだった。


「こうするしか、なかったんですよ」


最後の言葉はシエラ自身に向けられているような感じだった。

まるで、言い聞かせるような。


おそらく無意識だろう、拳を強く握り締め、前を向くその視線は王都ロールウェイスを捕らえてはいなかった。得体のしれない焦燥を感じ、アルフレッドはシエラの名前を口にしていた。


「…っ、シエラ…」

「あー、やっと王宮が近づいてきましたね。ほんとにありがとうございました」


しかし、次の瞬間こちらを見た彼女はなにごともなかったように笑顔だった。


「…………満足したなら、なによりだ」


胸の内に渦巻く焦燥をなんとか抑えつけ、アルフレッドにはそれ以上の質問を口の中に留めた。


意外と何も知らない。

それでもいいと思っていたはずなのに…。


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