大変です王様、口が言うことをききません
最近会ってない。
まぁ、急ぎの仕事もなさそうだし…。
そう思ったらなんとなく彼女の部屋に足が向いていた。
見事「殿下」と呼んだ彼を起こすことに成功したシエラだが、彼は依然ベッドに座ったまま動く気はなさそうである。簡易ベッドであるため、彼が横になると少し狭くてかわいそうな気がする。彼も、ベッドも。
彼はまだ眠そうだ。しきりに瞬きをしたり、目をこする姿が幼さを醸し出していてちょっと可愛い。
「殿下、本日のお仕事は?」
「今日は急ぎのものはない」
「…そう…なの…か?( いやいやいや、ノエル様はいつだって忙しそうだぞ?あれ?)」
わかっていたが、お休みではないらしい。そもそも、王子様には休みなんてないのかもしれないけれど。
そう、このベッドを占領していた人物はその名をアルフレッド・ロールウェイスといい、この国の第三王子に他ならない。王位継承権は低いといえど、そこは王子。王宮には政治や外交を含めた様々な仕事が日々舞いこみ、猫の手も借りたいくらいだと、休みが欲しいと日に日にやつれていく宰相ノエルをシエラは見ている。
(…まぁ、いいか)
アルフレッドからもたらされるのはいつも曖昧な回答だが、シエラはそれに言及はしないし、強く追い返さない。否、追い返せないのだ。
それがどんな感情によるものか、シエラだってそのことは十分承知している。
(ほんと馬鹿げてるな。彼はこの国の第三王子よ)
しかしこの時間は、この時間だけはシエラのものである。
シエラは醜い感情に今日も蓋をして、アルフレッドとの時間を楽しむことにする。
「お仕事はきちんとしないと駄目ですよ?」
「なんだ、シエラもノエルみたいなことを言うのか」
「ノエル様と私なんかを一緒にしたら怒られますよ」
ノエル様とか部下の方とかファンとかに。
そうシエラが続けると、アルフレッドはにやっと笑った。
「…そうかもしれないな。そしたら俺が守ってやるよ」
「…それは、お気持ちだけ受け取らせていただきます。余計に怖いので」
(殿下のファンとか、国で一番たちが悪そうだもの)
「そんなことを言うのはシエラくらいだぞ」
「…そんなことは…そうかもしれませんね」
「………」
「………」
アルフレッドとの会話はよく途切れる。シエラが城で見るアルフレッドはいつだって明るく雄弁であった。しかしそれがおそらく気を張っている姿だということを、アルフレッドがシエラの部屋に入り浸るようになり知った。意外としゃべらない。シエラの部屋でアルフレッドは寝たり、本を読んだり、実験室を観察したり、シエラをじっと見つめたりしている。
最初はそのあまりの違いに戸惑ったが、最近ではすっかり慣れた。
ベッド脇にある机に向かいシエラは仕事の続きをしながらアルフレッドと会話を行う。
最初こそ失礼かと思ったものの、アルフレッドの訪問回数も増えてきた。シエラにだって仕事がある。
いつも完璧にお嬢様のように対応するわけにもいかない。そして定着したのが机にシエラ、ベッドにアルフレッドというスタンスだ。最近は移住者関係でちょっと忙しかったので、アルフレッドに合うのは久しぶりだった。
「…久しぶりですね」
今回先に口を開いたのはシエラだった。
真剣に仕事をしているシエラから声が掛けられることは珍しい。資料に顔を向けたままなのでその表情はうまくわからない。
アルフレッドはらしくもなく、一瞬反応が遅れた。
「………、そうか?」
ぶっきらぼうなその回答はアルフレッドがしたかったものとはまったく別のもので。
最近、会ってないから足を向けたのは自分だったはずだ。
言った後のこちらを向いたシエラの、寂びしそうな笑顔をみて後悔した。
「あー…、そうか。そうですよねぇ」
若くないから、時の流れが速く感じるんですよ
そう言って笑うシエラは何を考えているのだろうか。
再び資料に目を向けたシエラをアルフレッドはぼんやりみつめた。