彼と彼女の日常
「薬くさいな…」
「それは、まぁ…一応医者のはしくれなものでして」
あなたとの出会いはそんなたわいない会話から。
シエラが王都ロールウェイスに医者として仕えるようになってからずいぶん経った。
暑くて慣れなかった気候にもすっかり慣れた。
地位こそ高くないが、一通りの仕事を与えられ、こなせるようにもなった。
仕事をするなら王都ロールウェイスだ
そういって聞かなかったのは今は無きシエラの両親である。
まさか王宮で働くまでになるとはシエラ自身思わなかったが、今思えばなんて先見性のある意見だったんだろうと思う。
(何から何まで…ほんと感謝…しないとな)
長い廊下の窓から突き抜けるような青空を見てシエラはふとそんなことを思い出した。
シエラの地位は高くない。ゆえに与えられた研究室から仕事場や会議室に行くまではかなりの距離がある。家も城下にあるがかなり距離がある。いい運動だ。
したがって扶養する家族もいないシエラは自然と研究室で仮眠を取ることが多くなった。見かねた第一医療班のリーダー、シエラの上司にもあたるロレンタが簡易ベッドを買い与えたほどである。
しかし、そのベッドは今や別の人間に占領されている確立が高くなっている。
考え事をしながら歩いていると見慣れたドアが見えてきた。
シエラの研究室である。
(はたして…今日はいるのかしら…。)
ドアの前で一つため息を落としたのち、ゆっくり扉を開けると暖かい風に流れが生じた。これは窓が開いている証拠である。
(私、閉めていったよね。まさか…)
疑問を抱きつつ決して広くは無い部屋を奥へと進んでいく。
入口から死角になっていたベッドが見える。そしてその奥の窓が全開になっていることも。
その全貌が見えたとき思わずシエラは額に手をあて天を仰いだ。
(またか…。)
シエラはその物体に近づいて声をかける。
「…皆さんまだ勤務中ですよー」
「………」
(…無視か…起きているくせに)
こうなったら、
「あっ、ノエル様」
ガバッッッ
勢いよく、ベッドから起き上がるその物体と目が合いしばし見つめあう。
「………」
「………」
先に口を開いたのはシエラ。
「おはようございます、殿下」
「騙したな…シエラ」
だまし討ちが見事成功したシエラは最高級の笑顔をうかべていた。
王都ロールウェイスは本日も良い天気だ。