戦いの終わり
天城はギリギリで意識を保っていた。何かの拍子ですぐに切れてしまうくらいには、限界が近いことを自分でも理解する。
それでも意識を手放さない理由は目の前の男にある。天城と比べれば遥かに軽傷。脛のにギリギリ霧散する前の逆襲の一撃を食らっただけ。骨まで到達すこともなかった傷に、足を抱えて悲鳴をあげている。
そんな男でも、今の天城にとっては脅威になりうる。魔力は枯渇寸前で、両腕は向くはずの無い方向へ向いており、流れ出る血も止めることができない。そんな状態で、蹴られるか殴られるかすれば、それだけで気を失うだろう。故に天城は目を閉じない。
「痛えっ!?痛えよっ!?なんでだクソッ!!」
やっと言葉を発したと思えばその言葉に意味はなかった。安藤は絶対的有利な立場にいたはずなのにそれが覆されてことに頭がうまく回らずにいた。
「何でだ!何で凡人ごときが狂鬼を倒せる!?英雄は俺様だ!俺様の筈だ!!凡人なんかじゃない!!」
天城は仰向けに倒れたまま顔だけを横にし、視線を安藤に向けたが、視界がぼやけその姿や顔を視認できない。声も上がらず、思考もうまく働かない。目を閉ざさないこと、その理由がなんなのかは天城本人にももはやわからない。
それでもじっと安藤がいると思われる方角を見ていると、不意に安藤の叫びが止まる。
そして、腰に吊り下げた剣を杖がわりにし、片足を引き摺りながら天城に向けて歩いてくる。
「そうだ・・・!凡人ごときが狂鬼を倒せるわけがない・・・!俺様に、勝てるわけがない!!」
天城のすぐ近くまで来るとさっきまでの焦燥はどこへ消えたのか、安藤は何事かをブツブツとつぶやき天城にその剣を向ける。
「お前さえ・・・!お前さえいなくなりゃいいんだ・・・!そうすりゃ誰も俺様が負けたと思わない・・・!!」
口角を釣り上げ荒い息も整えず、天城に対して話しかける。それに対して天城は何も答えられない。ただ目を見開き、現実を見つめるのみ。
「そうだ・・・!狂鬼も俺が倒したことにすりゃあ良い・・・!そうすれば俺を馬鹿にした奴らも見返すことが出来る・・・!雑魚が一人消えたところで誰も疑問になんて思わない・・・!」
天城の頭上で剣を垂直に立て、狙いを首に定め、天城の上に掲げる。
「死ね!天城!!俺様の役に立てるんだ!光栄に思えっ!!」
天城の首を掻っ切るためにその剣を下に突き刺そうとする。だが、その時、首に剣を突き立てたとは思えない音が響き、安藤は後ろに転がっていく。
「あんたなんかのために死ぬなんて、恥以外の何物でもないじゃない。とうとう本物の馬鹿になっちゃったの?」
倒れ込んだ安藤に声を掛け、横たわる天城の目の前に立った人物は、薄い青色の髪を後頭部でまとめ、凛々しい顔つきの女性だった。
その姿を確認した時、安藤の顔が憎しみに歪む。
「神崎ぃぃっ!!」
「気安く呼ばないでくれない?知り合いと思われたく無いんだけど?」
安藤の怨嗟の声も、神崎は軽く聞き流す。全力で走ってきたためか肩で息をしているが、その姿にもう怯えは一見では見えない。
実際には恐怖はあるが、それを越える驚きがここにたどり着いた時にあったからだ。一つは同じクラスの安藤がここにいたこと。一つはその安藤が天城に向けて剣を突き立てようとしていたこと。そして、もう一つが―――。
「(本当に、倒したのね。誰よ臆病者だとか凡人なんて言ったのは。同い年で狂鬼を倒した人なんて歴史上いないわよ?)」
少し離れた場所に動く様子もなく仰向けに倒れる狂鬼を見つけたことだ。
天城は相当に運が良かっただけなのだが、倒したという事実は変わらない。後ろに横たわる天城を視界の端で見て、神崎は気合を入れ直す。
「(天城君は、やるべきことをやった。後は、私の番だ!)」
神崎が前を見たとき、そこにはまだ立ち上がっていない安藤がいる。先ほどの言葉から、今回の黒幕が安藤であることは理解できる。だが、正直神崎はそれだけではないと思っている。
安藤は成績が優秀ではない。幼い頃はそれなりに優秀だったらしいが、努力を怠りその力はみるみる落ちぶれていった。そんな人間が、人を甚振り満足する様な小物が、こんな自体を引き起こせるとは考えていなかった。
「んだよ神崎・・・!随分口が悪いじゃねえか?」
「当たり前よ。クズにかける言葉を考えてあげるほど優しくないわよ。」
「そう言うなって。お前は性格は硬いけど、見た目は良いからな。俺様の女にしてやってもいいぜ?」
「死ねば?あんたごときに惚れるほど、私は切羽詰ってないわよ。」
ニヤニヤ笑いながらそう口走る安藤を神崎はバッサリ切り捨てる。
すると、途端に安藤はにやけ面をやめ、大声で叫び始める。
「だったら死ね!俺様に従わない奴は死ねばいいんだ!この世界は俺様のものだ!!」
「(・・・なに、こいつ。本当の阿呆なの?)」
急に声を大きくして訳の分からないことを叫び始めた安藤に、神崎は少し警戒する。
頼みの綱である狂鬼は倒された。にも関わらず、安藤は強気に出てくる。何か奥の手を隠し持っているかもしれないと警戒するのは当然だ。
しかし、神崎の警戒はまるで意味がなかった。
「殺せ!狂鬼!この女も殺しちまえ!!」
安藤は天城と違い現実を見つめきれなかった。その結果自分の都合の良いように現実を夢想し始めた。
それを見て神崎は嘆息を漏らす。こんな相手に警戒するのが馬鹿らしくなった。
「・・・現実を見なさいよ。狂鬼は天城君が倒した。あなたは負けたのよ。」
「嘘だ!俺様が凡人に負ける筈がない!俺様は強い!お前だって俺様に認めてもらうためにここまで来たんだろうが!?」
「言ってる意味がわからないわね。あんたに認めてもらっても何一つ嬉しくないわよ。」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!そんなわけねえっ!!!」
「事実よ。あんたなんかよりか天城君の方が百倍は格好良い・・・。ってあんたと比べるなんて流石に天城君に失礼ね。」
神崎は両手の剣を下ろしそうになるが、そこまで油断するわけにもいかない。安藤は思ったよりも頭が悪い。それを認めると、今度は別の疑問が生まれたからだ。
「・・・そいつが黒幕とは思えないよ。流石に頭が悪すぎる。油断するなよ?」
「分かってるわ、大丈夫。油断する気は無いわよ。」
不意に高杉が言葉を挟む。天城が外してしまった通信機を2人はまだつけているので会話は筒抜けだった。
情報を正しく共有するためにも、予想外の事態が起きたときすぐ連絡が取れるよう、ここに来るまでの間で話し合いは終えていた。
「ピーピー鳴いてたじゃねえか・・・!喚いてたじゃねぇか!!何で今更邪魔するんだよ!!」
「見てたの?本気で気持ち悪いわね。悪趣味過ぎて吐き気がするわ。」
安藤の挑発も涼しいカオで聞き流す。天城や高杉にそれを揶揄われるのは恥ずかしいが、安藤にそれを言われても湧いてくるのは嫌悪感だけで、怒りも恥ずかしさも感じない。
仲のいい人にかけられる言葉とそうでない人の言葉はたとえ同じ言葉でも対応が変わる。神崎は人知れず、天城と高杉に少しだけ心を開いていた。
「そんなことよりこのバカ騒ぎももう終わりよ。大人しくしてなさい。」
「ふざけるなっ!まだ何も終わっちゃいない。」
「終わってるのよ、あんたは。狂鬼を街に引き入れた時点であんたはただの犯罪者。それも重罪。なんの目論見があったかは知らないけれど、馬鹿な事をしでかしたのに簡単に許されるとはおまわないことよ?」
神崎は無情にも安藤に現実を叩きつける。
それを認められないのか安藤は剣を構え、神崎に向けて片足で突撃する。神崎はそれを躱すことなく正面から剣を交差させ受け止め、『身体能力強化』を用いて押し返す。
「クソがっ!何で俺より強いんだよ!?俺より強い奴がいる世界なんざあっていいわけねえだろ!!俺は英雄になる男だ!!」
押し返され体勢を大きく崩しながら喚く。神崎はその言葉を聞き、初めて安藤に激昂する。
「英雄・・・?馬鹿言わないで!あんたみたいな奴が英雄になれると思うな!!」
「なれるさ!!俺は狂鬼を操れる!そんな俺が弱いわけがねぇ!強い俺が英雄になれないわけがねぇだろ!!」
「弱いか強いかは関係ない!弱くても英雄と呼べる人はいる!あんたは心構えが足りないのよ!!」
神崎は右手の剣を横薙ぎに振るう。それは安藤の剣で防がれるが、そのまま剣を流し下から左手の剣を振り上げる。神崎に安藤を殺すつもりはない、狙っているのは安藤の持つ剣だ。その攻撃は外すことなく、安藤の剣に当たり、甲高い音を立てて上空へ打ち上げられる。
安藤と神崎では実力に差が開きすぎている。魔法による恩恵で力の上がった神崎の攻撃に安藤の力では対抗できなかった。
そして安藤は後ろに数歩下がり尻餅を着く。神崎は勇んできた割にはあまりにもあっけない幕切れに少しため息を漏らしかける。
安藤は尻餅をついたまま顔を地面に伏せ、何かをブツブツと呟いている。それを気にせず、神崎は安藤に話しかける。
「何を企んでたかは知らないけれど、これであんたは終わりね。」
「まぁだ終わらせないぃよぉ?その子を連れて行かれちゃあ困るぅんだぁ。」
神崎が安藤を連行するため近づこうとする。だが、そこに似つかわしくない陽気な声が響いた。
「誰!?」
神崎は辺りを見回すが、人の姿はは見当たらない。そこにいるのは神崎と天城と安藤の3人だけだった。
「僕はぁそこにはぁいないよぉ?探してもむださぁ。」
その声はひどくゆっくりと喋り、どこか不気味さを覚えさせる。神崎は最大限警戒し始める。
「そぉんなに警戒しなくても良いよぉ?私は君たちぃを害するつもりぃはないさぁ。」
「・・・害するつもりは、無いですって?一体どの口が言ってるのかしら?今回の黒幕はあなたでしょ?」
神崎は冷や汗を流しながら言葉を返す。その事の何が面白いのかその声の主は笑い出す。
「黒幕といえばぁそうかもしれないけぇど、今回はぁそこの彼の独断専行さぁ。俺がぁやるなぁらもう少し準備を整えるよぉ?」
心外とばかりに答えてくる。だが、その答えが出てくるなら今回の一件、事を起こしたのは安藤でも、糸を引いていたのはこの声の主で間違いなさそうだ。
「それで?害をなすつもりがないなら、何で今になって声をかけたのかしら?」
「君はぁ賢いねぇ。本当だったらぁ彼を見捨てるぅつもりだったんだぁけどぉ・・・。」
「・・・けど?何かしら?」
「もしかしたらぁ彼に生きていてもらったほうがぁ僕の目的に近づきやすぅいと思ってねぇ。使い道が見つかったからぁ、まだこの道具をつかおうかなー。っとねぇ?」
神崎は背筋が少し冷たくなる。この声をそのまま受け取れば、安藤を人として見ておらず、ただの道具として使い捨てにすることを気にもしていない。
同じ人の筈なのにどこか自分とは違う部分が見えることが恐怖を抱かせる。純粋な力による恐怖ではなく、人の奥底に眠る冷めた恐怖だ。
それに少し後ずさるが、すぐに頭をふって、気持ちを落ち着かせる。目に見えていたらどうなっていたかは分からないが、目に見え無い分その恐怖心は大きくない。
「いいねぇ君はぁ。君みたいなのがぁ仲間だったぁらもっとやりやすぅかったろうにぃ。」
「・・・生憎だけど、その誘いには乗らないわよ。」
「そぉうでなくっちゃあ。それに今回は引かせて貰うさぁ。」
すると、安藤の体を黒い靄が覆い始める。それを神崎は止めようとするが、神崎の剣は影に弾かれる。
「っ!硬いわね!」
「無理だよぉ?今の君じゃあねぇ。強くなるのをぉ待ってるよぉ?」
そして安藤の体は黒い靄に包まれそれが少しずつ小さくなっていき、やがてこの場からいなくなる。
張り詰めていた気持ちを少し解くと同時に、高杉の声が聞こえてくる。
「神崎さん!おい!」
「高杉君?どうしたの?」
「どうしたじゃないって!なんかずっと変な音が聞こえてたから、何かあったんじゃないかって・・・。」
「そうなの?じゃああの声は聞こえなかったのね・・・。」
「声?誰かそこに来たのか!?」
「いや、そうじゃないんだけど・・・。」
「・・・ああ、分かった後で聞く。ナオトは?」
そう言われ自分が安堵している場合じゃないと思い出す。神崎はすぐに振り返り、横たわる天城の直ぐそばに片膝を付きしゃがみ込む。
「天城君!聞こえる!?生きてるよね!大丈夫だよね!?」
神崎はしゃがみ込むと天城に声を掛ける。その声は徐々に涙声になってくる。
先程までは気付かなかったが、改めて天城の体を見るとあまりにも無残な状態だった。もう死んでる、と言われても信じてしまいそうなくらいには。
だから、神崎は必死で声を掛ける、天城は視線を動かさず口だけを動かし、
「聞こえ、てる・・・。まだ、死んで、ねぇ・・・。」
口の端から血を流しながらも天城は神崎に言葉を返す。
その様子を見て神崎は止めようとしていた涙が流れ出す。生きていることに、自分が間に合ったことにやっと気付けて、完全に気持ちが切れてしまった。
「大丈夫、じゃ無いわよね・・・。私に、何かできること・・・。」
「神崎・・・。聞いてくれ・・・。」
息も絶え絶えになりながら、天城は神崎に言葉を掛ける。
それを無視して神崎はできることを模索する。
「話さなくていいから!痛いよね?ごめん・・・。私がなんとか、」
「良いから、聞け・・・!神崎っ・・・!」
その迫力に、神崎は言葉を止め、天城の言葉を聞こうとする。
こんな状況で言う事だ。きっとなにか大事なことに違いない。そう思い一字一句聞き逃さないよう耳を立てる。
「お前は・・・、今、スカートだ・・・。」
だが繰り出された天城の言葉で神崎の目が点になる。ギリギリで意識は保っていても、少しずつその視界がクリアになってきた時に、天城は目の前のそれを直視するしかない。顔を背けようにも、力が入らない。
ならば言わなければ良いのに、天城は余計な一言を言わずにはいられない。
「スパッツか何かくらい・・・、履いとけ・・・よ。」
神崎は慌てて地面に座り込み、両手でスカートを押さえる。それだけ言い残し天城の意識はぷっつり途切れるが、それに気づかず神崎は怒りの声を上げる。
「馬鹿最低クズ変態死ね阿呆痴漢!!!!!」
今までに聞いたこともない大声で、一息に罵倒の言葉を天城にぶつける。その涙は意味を変え、肩で大きく息をしながら、天城を睨みつけるが、天城からの返事がない。
「・・・え?ってちょっと!?嘘でしょ!?そんな言葉を最後に死ぬつもり!?ねぇちょっと天城君!!?」
神崎の言葉は天城には届かない。唯一高杉だけが通信機越しにその会話を聞いて、笑っていた。
天城による狂鬼討伐戦はこうして幕を閉じる。
最後までシリアスで行くか迷いましたが、この方がっぽいかなと。
続きはあす。
語義脱字には気をつけていますが、
あれば報告お願いします。




