渾身の弾丸
天城の思考は止まっていた。左腕は動かない。骨が折れているかもしれない。
蹲ったままの状態から立ち上がることはできず、体中の至る箇所から血が少しずつ流れていく。致命傷、と言えるほどではないが、もはやまともに戦うことはできないだろう。
天城が放った弾丸は安藤に躱された。天城は失念していたのだ、安藤が『身体能力強化』を使えるかどうかを確認することを。
天城がその事にも気付かなかったのは、狂鬼の攻撃が激しさを増したからだ。もとよりまともに戦えていた訳でもないのに、そこから動きが鋭くなり、少しづつ迫り来るその攻撃に焦りを覚え始めたのだ。
その為、危険な賭けまで行って、天城が有利な状況を作り出して、決める予定だった。
これ以上ない状況を創り出したはずなのに、その目論見は露と消えた。
天城の放った弾丸を躱した安藤は、直ぐ様狂鬼に指示を出した。それを天城は回避しようと、足音から遠ざかろうとする。だが、未だ視界が完全に開けたわけではない上に、どこが崩落するかもわからない。
少しの躊躇いが狂鬼の攻撃を天城の左腕に掠らせる。
掠っただけで天城の体は大きく弾かれ、足は地面から離れ勢いをつけて転がる羽目になる。
そして天城が止まり、動けないことを知ってか知らずか安藤が話しかけてくる。
「残念だったなぁ!魔法が使えないとおもったか!?俺様がそんな凡人なわけないだろうが!!」
安藤の大声も天城の耳にはあまり入ってこない。意識を切らさないようにするだけで精一杯。余裕があるはずもない。
「(しくじった・・・?焦っちまったんだ。何やってんだ・・・!)」
千載一遇のチャンスだった。安藤の足を撃ち抜けば、狂鬼は安藤を守るために、天城に不用意に近づいてくることはできない。
もしかすれば痛みに支配が解け狂鬼の命令権がなくなるかもしれないとは考えていたが、そうなれば、逃げの一手を打つだけだった。人に操られたという事実さえ見つからないのなら、天城が1人で狂鬼と戦う理由はない。
天城はうつ伏せの体制をなんとか変えようと試みるが、それが意味をなしてはくれなかった。自分の体は自分で無いみたいに動いてくれない。
「おいおい。芋虫みたいだなぁ。どうした?いつもみたいに減らず口を叩いてみろよ。」
安藤がゆっくり近づいて来る。その間も天城は自分の体を動かそうとする。
それが気に食わなかったのか、安藤は蹲る天城の目の前に立ち。
「おい!俺様がわざわざ声をかけてやってんだぞ!?答えやがれっ!!」
そう言って蹲る天城の横っ腹に蹴りを入れる。それを天城に防ぐ手立てはない。サッカーボールのように蹴られ、天城はまた少し地面を転がる。
「どうだ!俺様は強いだろ!これで誰も俺を馬鹿にしない・・・!」
安藤は自分に酔いしれていた。今まで何をしても減らず口を止める事のなかった天城が、その口を閉ざし息も絶え絶えにこちらを見上げてくる。それに気分が上がりそうになるが、その目を見て安藤の顔ははより一層険しさを増す。
その目は安藤の見たかったものではない。馬鹿にしてきた天城が絶望に歪む姿が見たかったのだ。だからこそ直ぐに殺さず、心を折るように、ゆっくりと首を絞めていくつもりだった。
だが、天城の心が折れることはなかった。一度自分にとって地獄を見た天城にとって死ぬことに恐怖はあっても、安藤に怯える必要などないのだ。
「んだよ・・・!その目はっ!俺様に!文句でもあるのか!?」
言葉の区切りと一緒に天城を踏みつけ、最後に再び蹴りつける安藤。だが、天城は痛みに意識を切り離されることはなく、蹴られた表紙に横向けになった状態で、手放すことのなかった銃を安藤の足に向けて引き金を引いた。
「・・・!危ねぇな。まさかこれを狙ってやがったのか?」
それを安藤はギリギリではあれど回避する。それに答えることはない、天城の思考はそれどころの話ではなかった。
「(考えろ。考えろ!考えろ!!まだ生きてる!まだ死んでねえ!ならまだ手はあるはずだ!死ぬまで生きることを諦めるな!!)」
天城は録に体を動かすこともできないのに、諦めた様子は微塵もない。生き残るためなら、自分を殺さないためなら、どんな醜態を晒そうが諦める理由にはならない。
だが、いくら心が死なずとも、体が動いてくれることはない。そして再びもがこうとした時天城は自分の持ってる手段を見る。
「(体は動かない。動くのは?・・・右手が動くな。魔力はある。だがあまり意味は・・・。)」
そこまで思考したとき天城はふと思い出す。それは高杉と話していた『とっておき』。
今の今まで使うつもりは無かった。というより使えなかった。だが、もし起死回生の一撃にかけるならそれ以外に天城に方法はない。
「(運が良く、相手が油断し、敵に近づく・・・。)」
その為の条件を天城は脳裏に描いていく。そして、天城はその状況を作るべく行動を起こさなければならない。
狙うべきは、安藤。失敗すれば、死。成功する確率は、安藤の気分次第。
最悪な状況も脳裏に浮かぶが、それは全て唾棄していく。ここに及んで成功以外の可能性を考える必要はない。必要なのは時間と気合。そんな曖昧なものを見方に付けるべく動き出す。
「・・・狙ってたんだがな、まさか避けられると、思ってなかった・・・。」
息も絶え絶えに天城はそう答える。その様子に満足したのか、安藤が今までの険しい顔をやめ気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「はっ!お前は不意打ちしかできないもんなぁ?」
「ああ、そうだよ・・・。俺にまともに、戦う力は、ない・・・。」
その答えに安藤の笑が深くなる。だが、それを見ずに天城は安藤のいる方へ銃を撃とうとするが、その銃口から弾丸が出てくることはなく、カチリと音が鳴るだけだった。
「くくっ!遂に弾も切れたなぁ!どうするんだ天城ぃ!?」
「・・・どうしようも、ない。・・・打つ手、ねーよ・・・。」
そしてこらえきれずに安藤は笑い出す。安藤は今までの人生で最高の気分かも知れない。
あれだけ楯突いてきた天城の、あれだけ自分を馬鹿にしてきた天城の、あれだけ自分に屈服することのなかった凡人の心を折ることが出来たのが、安藤を得意にさせる。
「俺様の力があれば、クソ生意気な天城を殺せる!なら次だ・・・!次は誰にしようか・・・!」
恍惚とした表情で口走る安藤に、天城は侮蔑の眼差しを向けるが、安藤がそれを見向きもしない。
安藤にとって今この瞬間確かに世界が変わったのだ。クソみたいな世界をぶっ壊せる。その力があることを確信したのだ。だからか、得意になる自分に冷水を掛ける男が目の前にいることを忘れていた。
「それで?お前は誰からも嫌われるクソガキになるわけだ。そりゃ祝福してやらないとな。ママに報告しなくてもいいのか?わかめちゃん。」
安藤が悦に浸っている間に呼吸を整えた天城だ。体はまだ動かないみたいだが、その顔にはいつものような不敵な笑みを浮かべている。
その言葉を聞いた安藤は横向けになっていた天城の胸ぐらを掴み顔を近づける。その額には青筋がくっきりと浮かんでいた。
「んだと?もう一回言って見やがれ!?」
そう泡を飛ばしながら喚く安藤だが、天城はそれを気にすることなく顔に笑みを浮かべ続ける。そして天城を放り投げ、後ろに控えていた狂鬼を呼びつける。
「狂鬼!もういい!こいつを殺せ!存分に痛めつけてなぁ!!」
狂鬼は安藤の目の前に来ると、天城の折れた左腕を掴み頭上高く持ち上げる。天城は痛みから苦悶の声を上げるが、それでも銃を手放さなさず、意識も保ったままだった。
「お前は俺様を殺さないようにしてたみたいだがなぁ!俺様はお前を殺せるんだよ!才能が!違うからなぁ!!」
「ぎっ・・あ・・・!それがわかるくらいには、賢いんだな・・・。褒めてやろうか?」
「・・・!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね!!!俺様に楯突く奴らは皆死ね!!」
狂鬼の握る力が強くなる。耐え切れずに叫びを上げるが、それでも天城は狂鬼の額に向けて銃を撃とうとするが、虚しい音が聞こえるだけだった。それを見た安藤はもはや天城が『気弾』を打ち出すこともできないと確信する。
「・・・死ぬわけにゃ、いかねえんだよ。夢が・・・あるからな・・・!」
そして、天城の言葉を聞いて笑う。状況は絶対的。この状況から脱する方法など天城という凡人にあるはずもない。
「夢だァ?何言ってやがるんだ!?クハハッ!!そんなもん才能のないお前が叶えられるわけ無いだろ!!」
「ああ、そうさ・・・。俺に才能は無かった。でもな、それは俺が夢を諦める理由になっちゃくれなかったんだよ・・・。」
安藤は気づかない。天城の銃口は未だ狂鬼の額に向けられ、その射線上に自分がいることを。もはや弾も切れて『気弾』も打ち出すことのない銃など恐れる必要がない上に。狂鬼の巨体で見えるのは天城の苦しそうな顔だけだった。
「お前はここで死ぬ!現実を見る前に死ねるなんて嬉しいだろ!」
「現実ならとっくの昔に見たさ・・・!俺が無力なことも全部承知の上だ!」
安藤は気づかない。油断することなく天城を見ていたなら、天城の魔力がどんどん体から離れて行っていることに気づけたかも知れない。天城が『気弾』を打ち出せないと勘違いしているため、もはや後は、狂鬼に一声かければ簡単に殺せると油断し、天城の言葉を聞いてしまう。
安藤は力を得たと言っているが、安藤自身が成長したわけではない。天城は痛みに耐え抜き、魔力をひたすらに銃に込める。
「自分を失うのは!心が死ぬのは!一度きりで十分だ!最後まで足掻いて!俺はこの世界で夢を見る!」
安藤は気づかない。天城の眼が終ぞ死ぬ事が無かったことに。安藤の言葉などもはや聞こえず、天城は自分に向けて叫びだす。痛みを誤魔化すために、声に出すことで覚悟を固めるために。
「(負けるな!体の痛みなんざ屁でもねぇだろ!?ここが最後のチャンスだ!自分で掴んだチャンスだろうが!!)」
苦痛により魔力が拡散しそうになるのを無理やり押し留める。天城にとって意味は無いかも知れないと思いつつも、毎日欠かさず行ったその作業が、今この瞬間芽を出そうとしていた。
この時の為だけに天城は銃を撃ち尽くして、弾が切れた事を態と見せ、安藤を油断させ、言葉により時間を作った。
そして時は来る。天城の全魔力が銃に込められる。全ての準備が整い、天城は広角を釣り上げる。
天城の変化に安藤は気づかない。天城にとってクソッたれな世界をぶち抜くためにその引き金を引く。
「喰らえ!世界!!愚鈍な凡夫が!てめぇらの度肝をぶち抜いてやる!!」
放たれる一発の弾丸。それは狂鬼の頭蓋を貫通し、安藤の足へと着弾する。
天城が放った弾丸はただの『気弾』。ただし、天城の全魔力を吸い上げそれは『逆襲の一撃』と名前を変えた一撃だ。
魔力操作を身に着けようしてから暫く後、力が銃に移っていくことを感じ取れた。だが、その状況で実弾を撃っても魔力を纏わすことなく普通の弾丸が放たれただけだった。ならばと『気弾』を撃ちだしてみようとするがこれは不発。そんなことを繰り返していくうちに、自棄になって全魔力を乗せて打ち出そうとした結果、高威力の『気弾』を打ち出すことに成功する。
最初は喜んだ。撃ちだした後動けなくなることを除けば威力の高い攻撃は天城の欲していたものだ。だが、その弾丸は天城の手を離れれば恐ろしい速さで魔力が拡散する。その有効射程距離はわずか3メートル。
それを越えると、綺麗に霧散し鉄板どころか木の板も抜けないというポンコツ仕様だった。
それでも、距離を伸ばすため、もしくは実弾に魔力を乗せる為という理由から毎日続けていた成果が、今やっと花開く。
そして、天城はその反動で意識の切れた狂鬼の手を離れ、空中へ身を投げ出す。安藤が悲鳴をあげているが、それが天城の耳に届くことはない。威力に耐えられなかったのか銃身は砕け、天城の腕もまともに動かない。
もはや痛みを感じることも無く、受身もまともに取ることは出来無い。
そして地面に衝突するが、天城は薄れていきそうな意識をギリギリで堪える。狂鬼は倒せたが、まだ戦いは終わっていない。
続きは明日。
誤字脱字は気をつけていますが、
あれば報告お願いします。




