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その頃の神崎

 天城が安藤に出くわし呆れていた頃、神崎は少女を背中に抱え避難所に向けて歩いていた。気絶した少女は体を預けてくるだけで、バランスが悪く、走ることができなかった。足元も悪く、万が一にも転んでしまえば怪我をさせてしまうので、もどかしい気持ちはあるが、歩くしかない。


「あのバカ・・・。何で笑えるのよ・・・。」


 そして天城に対しての疑問が生まれてくる。天城は絶望的な状況で前を向き、軽口を叩き、笑っていた。そのことがどうしても神崎には理解できなかった。

 それを天城にどうしても聞きたかった。あまり話している時間が無かった為、それを聞き出すことは叶わなかったが、もし理由を聞けるなら聞きたい。それが今の神崎の思いだった。


「それに、一体なに口走っちゃったのよ私・・・。」


 神崎は羞恥に悶えそうになる


 ―――生きててね。必ず迎えに行くから。―――


 今思い出しても自分を殴りたくなる。天城のことは正直好きじゃない。むしろ嫌っているといっても過言ではない。天城も神崎には嫌われていると思っているし、神崎も天城を嫌っている、筈。

 なのになぜ自分があんな言葉を口走ったのか、神崎は自分が分からなくなる。

 嫌いな人間と言っても死を願うほどではない。といえばそれまでかも知れない。だが、神崎はそれだけが理由と断言できずにいた。

 自らの負い目がそうさせる、と神崎の気持ちが少し沈みかける。


「お客さん。それは恋ってやつですぜ。」


 口から思考が漏れていたのか、高杉の声が聞こえてきた。

 天城と通信は行えなくなったが、高杉との通信は繋がったままだった。それに気付かなかった事と、自分の思考を聞かれたことに少し恥ずかしさを覚えるが、それはおくびにも出さず、そんな浮ついたことを考える余裕のない神崎は、それをバッサリと切り捨てる。


「それは、ない。」

「・・・わーお。もうちょっと狼狽えたりしないの?」

「狼狽える理由が、ないからな。」

「・・・?」

「そんなことより天城君の心配はしないのか?」

「心配してないわけじゃないさ。でももう俺に出来る事はない。黙って待つつもりもないけどな。」


 高杉は神崎の話し方と、答えに少しばかり疑問を覚えたがそれを口に出すより早く神崎が問いかける。

 高杉は随分と冷静さを取り戻していた。その上高杉は自分が次にやる事を既に考えていたようだ。

 神崎は悔しがる。自分は気絶した少女を狂鬼(オーガ)に怯えることなく避難所に送るだけという、特例を除けば誰にでも出来ることしか出来ないからだ。

 自分にほんの少しでも勇気があれば、天城が絶望的な戦いに望まなくとも、自分が戦えた。もしくは天城と共闘することも視野に入ったかもしれない。

 だが現状はそうなってない。天城はたった一人で立ち向かい、自分は安全な場所へ逃げている。神崎じゃなくても、戦闘科(アサルト)に所属していたなら誰もが恥だと思うことだろう。


「そっちはどうなんだ?女の子の様子は?」

「今は気絶している。そっちに向かってる最中だ。」


 神崎が自分を不甲斐なく思っていると、高杉が神崎の様子を聞いてくる。

 自分はそんなに頼りないかなと、思ったが、実際頼りないだろう。優秀と言っておきながら足がすくんで動けない。自分を助けてくれた天城に当り散らす。挙句の果てには一緒に戦うことすらできなかった臆病者。冷静に自分を見れば頼りになる証拠など一つもなかった。

 どこまでも自己嫌悪に陥りそうな中、神崎は気を紛らわすため高杉と会話を試みる。


「そっちはどうだ?あまり話し声が聞こえないが・・・。」

「別の場所に向かってるからな。それに皆気が立ってるのに大声出すわけにもいかないだろ?」

「そうか・・・。そうだな。」


 そして会話が終わる。天城と会話したときは無かった気まずさがそこにはあった。

 そもそも神崎は会話が多い生活をあまり送っていない。喋り方、喋る内容その動作。普段は常に気をつけていたからだ。神崎が憧れた人のような厳格で強い人間になりたいと普段から心がけているのだ。

 なので高杉との会話が続くことはなかった。気を紛らわすつもりがなぜ気まずい空気が流れているのか、だが神崎にそれを打破する事はできない。


「・・・喋り方。」

「えっ?」


 神崎が次の言葉を探しているとき、高杉の方から声を掛けてきた。


「喋り方、変でしょ。ナオトの時は普通に喋ってたよね?」

「・・・それは、あいつが余りにも失礼だから・・・。」


 言われて神崎は初めて気づく。いや、気づいていたことを改めて直視する。

 確かに言われてみれば、あいつと会話していた時はその内容はともかく、何も考えていなかった。普段なら使わない言葉、内容、態度で接していた。


「失礼な相手に失礼な態度で返すなら、神崎さんとナオトは結構似た者同士かもな。」

「そんなわけ無いでしょ!?あんなのと一緒にしないで!」

「あんなのって・・・。不憫だなー、ナオトも。」


 高杉の笑い声が聞こえてくる。神崎は少し不快な気持ちになった。

 あんな態度も口も頭も悪そうな人と一緒にするなと神崎はなおも言い募ろうとするが、そこで自分がそれを言う資格はないと口を紡ぐ。


「あれこれ考えなくていいと思うけどねー、俺は。多分ナオトも同じこと言うだろうぜ?」

「・・・そう・・・だろうけど・・・。」

「それともやっぱり、ナオトがいなきゃ素直になれないかな?」


 高杉が揶揄う様に言ってくる。その言葉に神崎は顔を真っ赤にする。それは怒りか羞恥か本人にも分からない。


「なっ・・・!!そんな訳ないじゃない!!いい加減なこと言わないで!」

「大丈夫だって。ナオトには秘密にしておいてあげるから。」

「何言ってるのよ!?話を聞きなさい!」

「さっきまでの対応が嘘みたいだな。ナオトが絡むと冷静でいられない感じ?」

「だから!違うって・・・!」

「何も言わなくていいんよ?おじさんは恋する女性の味方さ~?」

「こっここっこ恋!!?何言ってるのよ!?」


 先ほどあれだけバッサリと言い捨てたはずなのになぜ今回はこれほど狼狽するのか。意識せずにいられるなら言い切れるものが、一度意識してしまうと、感情が洪水のように流れ出す。

 そして、どれだけ否定しようと高杉は揶揄う事を止めない。天城の影に隠れて神崎には今まで見えていなかったが、やはり高杉は天城の友人だった。


「(誰が恋してるですって!?そんなわけ無いでしょ!?あんな!あんな・・・!)」


 思い出すのは天城に頭を撫でられたこと。今までにないくらい優しく声をかけられた時の顔。

 それが脳裏によぎったとき自分の体が雨に濡れているにも関わらず暑くなって来る。それを自覚すまいと意識を切り替え始める。

 そこに浮かぶは、天城の人を馬鹿にした顔、馬鹿にした声、言葉遣い、今日あってから警報が鳴るまでの間のことを思い出すとどんどん腹が立っていき、自分の体が覚めていくのを感じる。声は少し上ずったままだが。


「や、やっぱりないわね。う、うん。」

「・・・なぜ?」

「あ、あいつの今までの言動を思い出したら、それが間違いなことくらいわかるわよ!」

「なるほど。素直になるのもなれないのも天城の所為ってか!愛の成せる技だねぇ~。」

「ああああああああいっっ!!??」


 何を言っても言い返され、神崎は少女を背負っていることも忘れ叫びだす。

 高杉はその声を聞きながら、やはり先程までは随分と気が沈んでいてようだと確信する。高杉が神崎を執拗に揶揄ったのは、少しでも気が晴れればいいと案じたからだ。少しやりすぎたかとも思ってしまうが、それでも少しでも気が晴れるなら、嫌われることも覚悟はしていた。

 最初にかけた言葉も、勢いよく訂正すると思っていたのに冷静に返してきた事が少し気掛りだったのだ。自分のせいでこんな事態になっていると自分を責めているかもしれない。そう思ったからこその行動だ。

 誤算があるなら、思った以上に恋とか愛とかに耐性がなく、狼狽していることと、高杉にとって本当に意外なことに神崎に少しだけその気が見えたことだ。

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、予想外の反応に少しだけ高杉の気分が上がってしまったのだ。


「あんなのにここっ!恋するくらいなら!豚に恋したほうがずっとマシよ!!」

「あ~、まぁちょっと揶揄い過ぎたのは謝るよ。だからそこまで言わなくてもいいんじゃない?ナオトと比べられるなんて豚が可哀想だろ?」

「言うべきことよ!!って、ひどいわね!?」


 天城が聞いていたなら間違いなく怒り出すだろうが、聞こえてないことを言い事に、高杉も天城を馬鹿にする。もっとも2人の間ではこんなこと日常茶飯事なのでお互いにそれを悪いと思うことはあまりない。


「それで、今どのあたりにいるの?」

「・・・急に話し変えないでよ。もう直ぐ付くわよ。」


 高杉と言い合いをしている間に、神崎はいつの間にか、廃棄区画を抜けていることに気づく。

 そこまで着くと、神崎はやっと一息吐く。高杉との会話で気は紛れていたが、少しの緊張感があったのだ。

 それから解放される嬉しさと、これから先を考えたところで、神崎は迷う。

 代行者(オルタナ)が天城の近くに現れたと聞いたときは命令を無視してでも動くことができた。だが、今はそれができるとは思えなかった。狂鬼(オーガ)の姿に怯え、現実を知った今、同じような行動には移れるとは思えなかった。


「そっか。なら、ナオト迎えに行くのか?」

「ええ。迎えに行くわ。」


 神崎は虚勢を張るわけでもなくその言葉がするりと出てくる。

 その事に自分ですらも戸惑っていた。恐怖はある。無力さも知った。それでも一度決めてしまえば、それが神崎を止めてくれる理由にならなかった。天城に対する意識が少し変わったことがその原因なのだが、それに神崎が気づくことはない。


「怖く、ないのか?」


 そう聞かれ、神崎は思いの丈を全て吐く。声を荒げることは無く、淡々と自分を見つめ直すように。


「怖いわよ。動けなくなって泣くほどにはね。私の魔法が狂鬼(オーガ)に通用するかもわからないし、行っても邪魔になるだけかもしれない。狂鬼(オーガ)を天城君が倒していても、それを操る人が現れて、その人に殺されちゃうかも知れないわね。」

「無理してないか?」

「無理してるんでしょうね。だって考えただけで止まっていた足がまた震えだしてきちゃったもの。」


 そう言って神崎は天城が1人で神崎と少女を助けるために狂鬼(オーガ)に立ち向かったことを思い出す。

 言葉は落ち着いていた。態度もあの瞬間だけは柔らかくなっていた。しかし、神崎が見た天城は少しだけ震えていた。


「(当然よね。怖くないわけないわよね。それでもあいつは立ち向かった。この子を助けるために、危険な場所に乗り込んだ。私たちを逃がすために、自分の命を危険に晒した・・・。)」


 それは、まさしく自分の思い描いた英雄の姿だった。どんな状況でも諦めず、困難に立ち向かう姿は見直すものがあった。

 実際、天城がどんな気持ちでそれを実行に移したかは神崎にはわからない。それでも神崎と背中で眠る少女が生きているのは天城がいたからだ。


「(誰かに認めてもらいたくて戦ったことはない。戦っていたら多くの人が認めてくれた、その結果が英雄と呼ばれた理由だ、か。)」


 神崎の目指す英雄の言葉だ。幼い頃に自分も英雄になりたいと話した時にそう答えてくれた。

 当時はわからなかった。強いから英雄と呼ばれていたと思っていた。だが、少女と神崎を守った英雄(あまぎ)は強さとは遠く離れた場所にいた。

 最初は逃げることを優先していた。戦うつもりなどなかった筈。それでも、震えながらも立ち上がった天城。恐らく天城が今回どれだけ頑張ったところで世間がそれを認めることは無いだろう。天城がどれだけ主張したところで魔法が使えないのにという理由だけで嘘つき呼ばわりされるかも知れない。


「(それは、嫌ね。自分を命懸けで守ってくれた人を認めることも出来ないなんて、どこまで小さい人に成るつもりよ。)」


 もし、天城が狂鬼(オーガ)に勝てず死んでしまえば、巻き込まれた一般人として、世間にはすぐ忘れ去られてしまうだろう。だが、神崎は知っている。見捨てても文句を言われないかもしれない女の子を助けるために動いたことを。自分を守るために精一杯足掻き続けたことを。2人の命を守るために、絶望的な戦いに赴いたことを。

 それを忘れるわけにはいかない。天城の戦いを忘れてしまうのは、命の恩人に対する裏切りだ。


 神崎は歩き避難所へたどり着く。そこへ少女を預けると、神崎は直ぐ様踵を返して走り出す。

 覚悟を決める。約束もした。恐怖は未だ少しはあるが動けないほどではない。

 ならばやることは一つだけだ。




続きは明日。

誤字脱字には気をつけていますが、

あれば報告お願いします。

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