天城の戦いかた
オーガ後ろから現れたのは金髪を短く刈り込み、厭らしく笑う安藤だった。
安藤が今この場に現れたことに驚くが、それをあっさりばらした事に、天城は内心で溜め息を吐く。
その事に気づく様子はなく、安藤は天城に話しかける。
「気づいてたのかよ。凡人のくせに知恵だけは回るようだなぁ?」
下卑た笑みを顔に浮かべ、早速天城を罵倒するような言葉を口にする。
それに対して天城も薄く笑いながら、
「そりゃお前よりかは賢くないと、人として認識され無いだろ?知らなかったのか?」
と言い返す。言い返された安藤は怒りで顔を真っ赤にする。歯ぎしりをしながら、天城を睨み殺さんとばかりに睨みつけるが、天城はそれを平然と受け流す。天城にとって安藤は畏怖の象徴にはならなかった。
そこで、普段なら怒りで声を荒げるあんどうなのだが、今回は声を荒げる事はなかった。
「いいのかよ?俺様に対してそんな態度で?お前の命は俺の声ひとつで無くなるんだぜ?」
代わりにまた下卑た笑みを浮かべながら、天城に問いかけてくる。
安藤の言葉は天城の推測を確信に変えた。どうやったかは知らないが、今の安藤は狂鬼を自在に操れるらしい。狂鬼が今も動かないことがいい証拠だった。そのことにほんの少し戸惑いを隠せないが、天城は意志の力でそれを表に出さず、薄い笑みを顔に張り付け続ける。
「そうか?俺はお前のおかげで今もこうして生きてるわけだから、その言葉に説得力はあまりないな。」
ほんの少しの嫌味を織り交ぜ、安藤の問いにそう答える。
天城が今もこうして生きているのは、狂鬼がその力と知能を自分の意思で扱えないから。それに気づかないほど天城も馬鹿ではない。
もし、狂鬼が天城の知っている情報通りの行動をしていたのなら、最初に出くわした時に為すすべもなく死んでいた。人の意思が介入していたからこそ、天城は生きているのだ。
「あぁ?そりゃどういうことだ?」
だが、安藤はそのことにすらも気づいていなかったようだ。天城はそのことに笑みを深くする。
「別に。お前の頭の悪さを再確認できたってことさ。」
安藤は今度こそその怒りを具現化する。それに釣られるかのように狂鬼も天城に向けて威嚇の声を出す。
「殺せ!狂鬼!その凡人を!俺様に楯突いたことを後悔させてやれ!!」
狂鬼は安藤の叫びに呼応し、天城に向けて走り出す。それに対し、天城は動じることなく銃を狂鬼の目に向けて撃つ。
今までなら、それを防御していたはずの狂鬼は、それを気にすることなく、防御することなく天城に右腕を振り下ろす。
それを天城は横に転がり込むことで回避し、また狂鬼の目に向けて銃を撃つが、やはり防御することはなかった。
「(なんでだ?さっきまでは目への攻撃は防いでた筈なのに、今回はしない。何か理由があんのか?)」
天城は冷静に状況を分析しようとする。先程まで防御していた攻撃を無視してくるのは天城にとって痛手だった。狂鬼の攻撃手段である腕を、片方でも封じることが今までなら出来ていたが、今はそれができなくなっていた。
「ヒハッ!無駄だぜ!俺様が近くにいるんだからな!もう目に攻撃しても意味がないぜぇ凡人よぉ!!」
天城が知る由もないが、安藤と狂鬼は視界の共有の切り替えが出来ていた。先程までは狂鬼の視界を自分に移すことで天城たちを補足していたため、ある理由のために視界への攻撃は防いでいた。
本来ならその状態でも防ぐ必要はないのだが、目に飛来する物体に安藤が怯み反射的に防いでいたのだ。
天城が、理由を模索していたとき安藤があっさりネタばらしをし、安藤に対して何度目かの呆れを覚える。
「(・・・マジかよ。本物の馬鹿を初めて見るぞ?そういう情報は秘匿するべきだろ。って何一つ事態が好転した訳じゃないけどな!)」
そして狂鬼が横薙ぎに振るう左腕を後ろに跳んで回避する。
天城の言うとおり、結局のところ何一つ状況は変わっていない。それどころか、今まで隙を作れていた攻撃を防がなくなり、攻撃は激しさを増すばかりだ。
天城は舌打ちを一つしたあと、狂鬼の視界を遮るように柱に身を隠す。
「(まず、狂鬼に目への攻撃は通じなくなった。そのせいで今まで作れていた隙が消えた。そんで狂鬼が操られていたことが確信に変わったこと・・・ぐらいか。あの狂鬼は自分の意思では動けないってことも追加になるのか。)」
天城は今までの情報を整理する。突破口を見つけるために思考を止めるわけには行かない。もし天城が多様な魔法を使えるなら、知恵を絞ることなく力押しで戦えたかもしれないが、自分をよく理解している天城は考えること以外に術はない。
「(狂鬼が操られているってことは単体では動けないって見るべきか?もしそうなら、狙うべきは安藤・・・か?)」
そこまで思考し、天城は身を翻し銃を構える。今度は安藤にの足元に向けて。
それを狂鬼の腕が防ぐ。天城が隠れている隙に安藤の近くに戻っていたようだ。
「そうくるよなぁ。それしかねぇもんなぁ。お見通しなんだよ凡人。」
天城の目論見は安藤に見透かせれていた。といっても天城にとってもそれは織り込み済みだった。もとより『身体能力強化』の使える安藤に、普通に銃を撃っても躱されるだけだろう。天城の目論見は別にある。
「(躱さないのか、躱せないのか。今のじゃわからねえな。狂鬼を操るのがリスク無しなら打つ手が無くなるけど、試さないわけには行かなねーよな。)」
魔法を使うのには魔力が要る。走るためには体力が要る。この世の多くは力を行使するための燃料、代価が必要になる。狂鬼を操るのに何か条件があれば、不利な状況を覆せる可能性も見えてくるかもしれない。
さっきの天城の銃弾はそれを確認するためのものだった。もし安藤が『身体能力強化』を使い躱していたのなら、天城はこれ以上ないくらい不利になる。それはどこかで安藤と狂鬼を相手しなければならない可能性を示唆するからだ。
だが、安藤は躱すこと無く狂鬼を操り銃弾を防いだ。それは天城にとっての少しの希望だ。
「そりゃ、俺は弱いからな。勝つためには非道にもなれ、ってやつさ。」
天城からすれば、ほんの少しでも考える時間を稼ぐための、大した意味もない言葉だった。だが安藤はなぜかその言葉に反応する。
「弱い・・・だぁ?誰が弱いってんだ・・・?」
天城は安藤の反応を訝しむ。安藤の顔は歪み、絞り出すように声を出す。
「違うだろ!俺様は弱くねぇ!!新しい力もある!この力があれば、この力さえあれば・・・!」
安藤は今までに無い大声で言葉を紡ぐ。天城はそれをチャンスと捉え、卑怯とは思いつつも、安藤の足に向けて銃を撃つが、それもまたオーガの巨体に阻まれる。
「全部ぶっ壊せるんだよ!気に入らないものすべてを、このくそったれな世界をなぁ!そうだろ天城ぃっ!!」
安藤が何をいっているのかは天城には理解できなかった。安藤は「弱い」という単語に反応したことは理解できても、それがここまで激昂する理由とは考えられなかった。
「狂鬼!全てを壊せ!くそみたいな世界を!俺様を見下すやつらを!馬鹿にするやつらすべてをなぁ!! 」
狂鬼は安藤の意思に従い、天城に向けて突撃する。その速さは今までの比ではなく、体を大きくひねり、右腕を天城の頭上から振り下ろそうとする。余裕を持つ事もできずに天城は横に転がり込みそれを回避し、慌てて片膝を付き、狂鬼の方に視線を向ける。
だが、その時には既に狂鬼は次の行動に移っていた。地面にめり込ませた腕をそのまま天城のいる方向へ振り抜いてきたのだ。その行動で床の石材は細かく砕け、人の拳程度の大きさの石が天城めがけて飛び散る。それを天城は腕を顔の前でく交差させ、片膝立ちの状態から、無理やり膝を伸ばし後ろへ跳ぼうとする。
当然それで飛んでくる石材を回避できるわけではないが、最低限頭へのダメージを防ぎ、衝撃を逃がそうとしたことが功を奏したのか、幸いにも動けなくなるような痛みは襲ってこなかった。しかし、狂鬼の並以上の筋力で打ち出されたそれは、人に魔法なしでぶん殴なれたくらいの衝撃を天城に与える。
「(くそっ!動きが速くなりやがった!殴るだけ振るうだけの攻撃じゃ無いのかよ!?)」
それは、天城にとって嬉しくない情報だ。今までですら録に突破口を見けつけられてないのに、その上動きが速くなり、単調な動きだけでなくなるのならば、ただでさえ絶望的な状況をより絶望的なものにする。
「そうだっ!壊せ!俺様は強い!その証明をしてやれ狂鬼ァ!!」
安藤の悲鳴のような声が聞こえてくる。天城はその声を聞いて、今狂鬼と安藤に距離があることに気づく。
「(今がチャンスか?・・・いや、慌てるな。確かに狂鬼は速くなったが直撃を喰らうほどじゃない。なら・・・。)」
天城は痛みに耐えながら、安藤から少し離れ、柱の近くへ移動する。それに対し狂鬼は直ぐ様天城めがけて突撃し左腕を横薙ぎに振るう。それを天城は姿勢を低くし前に走り出すことで回避する。柱を狂鬼の腕を喰らい、当たった部分は砕け、柱に大きくヒビが入る。
そのまま天城は安藤めがけて走ることはなく、別の柱の近くに移動し、柱を背に立って狂鬼を迎え、狂鬼は突撃する。それを数度繰り返す内に、柱の多くはボロボロになり、天井に少しずつヒビが入っていくそれを確認したあと、最初に狂鬼の攻撃を受けた柱へ向かう。
そこに今までと同じように狂鬼は腕を振るい、天城がそれを回避したときそれは起こる。
戦っている場所は建物の中だ。建物が立つには柱がいる。天城にはそれを壊すすべはないが、狂鬼の強靭な腕を使えば柱すら壊すことは容易だった。
ただでさえ廃棄され人の手の入らなくなった建物。狂鬼の攻撃を複数の柱は受け、止めの衝撃が襲いかかった時、耐え切ることはできず、天井が瓦解していく。
天城はそれから全力で逃げ出す。具体的には安藤の右方向へ。天城にとっては予測していた出来事だが、安藤にとっては予想していなかったのか、崩れていく天井から天城の行方を気にもせず、柱の多く残る場所へ走り出す。
天井が瓦解した事により辺りは白く塗りつぶされる。それが過ぎ去るのをじっと息を潜めて天城は機を伺う。
「(・・・全部壊れなくてよかった。俺の運も捨てたもんじゃないな。)」
天城は別に建築に造詣が深い訳ではない。どの柱をどれだけ壊せば建物が倒壊するかなど分かっていなかったし、全潰する可能性すらあったことも理解はしていた。
それでもこんな危険を冒したのは単にチャンスを作り出す為だ。安藤の近くに狂鬼がいれば、天城の攻撃は通らない。動きが速くなった所為で、銃を構える余裕もない。
ならば、狂鬼を安藤から離し、銃を構える余裕を作り出す。その為に危険を承知で賭けに出たのだが、その賭けは成功した。
そして、辺りの白い粉塵が少しづつ晴れていった頃、天城の姿が見えないことにシビレを切らしたのか、安藤が狂鬼に向けて指示を出す。
「なにしてやがる、狂鬼!早くあいつを引き摺りだして連れてこい!!」
指示を受けて狂鬼は天城を見つけるべく歩き出す。その足音が自分から離れていくことを聞いて天城は決断を下す。
「(今しか、ねぇよな。引き摺り出されずとも出てってやるよ!)」
天城はチャンスを逃すつもりなどない。その場から飛び出し両手で銃を安藤の足に向けて、銃を構える。
そして天城は引き金を引く。だが、この時天城は気にしなければならない事を忘却していた。
なかなか難しいです。
誤字脱字には気をつけていますが、
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