疑問を抱けば止まらない
狂鬼の大木のような腕が振り上がり天城目指して振り下ろされる。最初に出くわした時と同じ攻撃だ。あの時は冷静でいられなかったが、今こうして見ると、その動きは随分遅く、余裕を持って躱すことも出来る程だった。
だが、その破壊力は凄まじく当たれば天城は一撃で意識を刈り取られてしまうだろう。いや、意識を失うだけならまだいい。最悪そのまま命を失う事も視野に入れるべきだ。
天城はその一撃を引き寄せてから回避することはせず、大きく後ろに飛び、狂鬼との距離を取る。
「(遅いな。これなら距離を取り続ければなんとかなるか?)」
その考えを頭を振ってすぐに消し去る。どのみち天城の攻撃は通用しないし、体力切れを狙おうにも相手の体力なんて目に見えるものではない。こちらが先に息切れすれば、距離を詰められてあの一撃を食らう羽目になる。
「(知ってたとは言え、ほんとになにも打開策がねぇなぁ。でも動きがとろいのは良い情報だ。時間稼ぎがやりやすい。)」
天城は2発弾丸を狂鬼の足に撃ち込む。上半身よりも貧弱に見える足なら銃弾が通るかも知れないという考えと、あわよくば相手の機動力を削ぐことができる。2発の弾丸は狙ったままに狂鬼の足に着弾するが、そこからの出血は見られない。効いた様子は無さそうだった。
「(全身が硬いのか?狂鬼は確か皮膚が鋼の如き硬さを誇る。とは聞いたが、本当に全身かよ。洒落になんねえぞ?)」
そうは思いつつも天城は冷静に、確実に狂鬼に距離を保ちながら銃弾を撃ち込んでいく。攻撃が当たらず、効かないとはいえ銃弾を撃たれることが不快なのか、狂鬼が何度も聞いた咆哮を上げる。その口の中に銃弾と気弾をほぼ同時にお見舞いする。
すると狂鬼は大きく体を仰け反らせるが、さして効いた様子もなく天城に向けて突進してくる。
「(口の中までかよ!?皮膚が硬いって誰が言ったんだよ!?細胞が鋼でできてんじゃねぇか!)」
天城は内心で毒を吐くが、狂鬼相手にわざわざ口の中を狙おうという人間などいない。そんな事をするくないなら逃げ出すか、狂鬼の皮膚ごと貫ける攻撃をしたほうが手っ取り早い。
突進してきた狂鬼は腕を横薙ぎに振るうが、それを天城は身を低くすることで回避する。そして体を無理やりひねり狂鬼の顎に向けて一発。そしてすぐさま地面を蹴り狂鬼の脇を通り抜ける。
「(どうだ?脳みそがついてんなら揺れるはずだろ?落ちはしなくとも少し動きが止まってくれれば・・・。)」
だが、何事もなかったかのようにこちらを振り向く狂鬼。本物の脳筋かよと舌打ちをしながら、迫り来る狂鬼の攻撃範囲から逃れるため再び距離を取る天城。
「(マズイな・・・、ジリ貧だ。こっちの攻撃は通らないのに、向こうの攻撃は一撃死ってどんな状況だよ。)」
天城は冷静だった。だがいくら冷静だからといって自体が好転するわけでもなく、狂鬼から距離を取りながら、交戦する。すると不意に高杉の声が聞こえてくる。
「・・・オト!ナオト!聞こえてんのか!?」
その声はひどく焦っている様子だった。それに返事をしようとしたが、目の前の狂鬼は止まることなく天城を狙い続ける。
「な、んだ!今!戦闘中だ!」
「知ってるよバカ野郎!会話はずっと聞こえてたんだ!」
「プライバシーの侵害、だぞ!クソッ!話してる暇はねえぞ!?」
天城は会話をしながら狂鬼の攻撃を回避し続けるほどの余裕はない。大木が振り回される中、冷静に会話をできるほど天城の身体能力は高くはない。『身体能力強化』が使えるならそうでもなかったかもしれないが、天城にそんな力はない。
「だったら聞くだけでいい!まずはそいつから離れろ!特殊弾は渡してあるだろ!?それを使えば目くらましはできるだろう!?」
「悪いけど!それすでに使っちまったよ!」
高杉の言う特殊弾は『閃光弾』のことだろうが、それはもう撃ってしまっている。だから天城は普通の銃弾と気弾のみで戦っているのだ。
「お前はどんな状況で戦ってんだよ!?」
「説教は後にしてくれ!余裕がねえんだ!!」
天城がそういった直後、狂鬼の右腕が天城のすぐそばを通る。それに冷や汗を流しつつも、銃を狂鬼の目に向け一発撃ち込む。それを狂鬼は左腕で防ぐが、視界が切れた隙に天城は後方に飛び退り狂鬼の攻撃範囲の外へ逃げる。
「(・・・防いだ?目が弱点とか・・・?いやそれよりこいつ・・・)」
そして、確認の意味も込めて、もう一度目に向けて撃つ。すると目への攻撃は嫌うのか腕で弾き、こちらをみて何度目かの咆哮を上げるが、それを天城は聞き流して弾装に弾を込め始める。
「(やっぱりだ。こいつはどこか人間臭い。こっちの恐怖を煽るようにわざとゆっくり近づいてきたりとか、普通ありえねぇ!)」
狂鬼の性質は攻撃的で、知恵が回る。知恵が回る、といってもそれは敵対する者を容赦なく叩き潰すための知恵のはず。それが天城の知っている情報だ。だが、目の前の狂鬼は攻撃的ではあるが、相手を叩き潰すことだけを目的にしているとは思えなかった。
何度も咆哮を上げたり、ゆっくり近づいてきたりと無駄が多い。それに助けられてはいるのだが、一度浮かんだ懐疑心は天城の脳裏にこびりついて離れない。
今にして思えば、出現もおかしかったのだ。狂鬼が現れてから天城たちが出会うまではそれなりに時間があったのだが、目の前の狂鬼は上空から現れた。
ゲートが上空、あるいはどこかの屋上等の場所に現れたとしても、狂鬼がそこでじっとしていたとは思えない。移動していてとしても足場の不自由な、屋上ではなく地面を進むはずだった。
現れたタイミングもそうだ。天城と神崎が出会ってからすぐというまるで、それまで待っていたとでも思えるようなタイミングで狂鬼は現れた。ただの不幸だったと考えるには余りにも出来すぎている。
そこまで天城が思考を巡らせたとき、天城は狂鬼に背を向け走り出す。それにワンテンポ遅れ、狂鬼も怒りの声を上げながら追いかける。
一度考えを纏める為にもどこか身を隠せる場所を目指すために、天城は入り組んだ路地裏に入ると狂鬼も追いかけようとするが、その巨体ではその路地は狭すぎる。狂鬼は腕を振るい辺りの物を破壊して進もうとするが、
「(あいつ、アホだな。突っ切てこられたら撒けなかっただろうがこれなら・・・。)」
狂鬼がその腕を振るうたび、路地裏に隣接する建物が倒壊する。それに狂鬼の視線や行く手は遮られ、天城の後を負うことが出来ずにいた。
天城はこの路地裏のことなど詳しくもないし、障害物も多いためその速度は決して早いとは言えない。もし、狂鬼がその巨体を持って真っ直ぐに、周りの物を意にも介さずに進んできたならいずれは追い付かれていたかもしれないが、狂鬼はなにも考えずその腕を振るうだけだった。
その様子を尻目で見ながら、天城はある建物の中へ入る。そこは昔はデパートだったのだが、今は見る影もなくだだっ広い空間があるだけだった。天城はそこから階段を駆け下り駐車場と思われる場所に行き、柱の陰に隠れて、呼吸を整えながら、高杉に話しかける。
「ノブ。一つ聞いていいか?」
「ナオト!さっきから何度も呼んでんだよ!生きてるならちゃんと応えやがれ!」
「生きてるよ。思ったより余裕がなかったみたいだ。」
そう言うと天城は高杉の心配もよそに自分の考えを話し始める。自分以外の誰かと話すことで少しでも冷静さを取り戻すためにも会話を欲していたのだ。天城の話を聞き終えた高杉は黙り込んでいるのか返事が無かった。
「・・・お前の言うことを鵜呑みにするなら、今回の件は人為的に引き起こされたってか?」
「その可能性があるだけだ。それを確かめるんだよ。」
「自分が何言ってるかわかってんのか!?もしそれが本当なら・・・!」
「都市の安全性はなくなるだろうな。お偉いさんも大変だな。」
天城は笑いながら軽口を言うが、面白いと思っているわけではない。
もし、ゲートが人為的に発生させられるというなら、都市の安全性は失われる。危険がより近づくことを意味しているのだから、面白いわけがない。
「だから一つ聞きたいんだよ。」
「なんだ?」
「今回現れたのは狂鬼だけか?」
「・・・そう、だ・・・っておい!ナオト!?」
「ああ、これでほぼ確信したよ。」
ゲートは自然発生することはあっても自然消滅することはない。つまりはゲートが現れ、代行者が出現したのなら、ゲートを潰さない限り時間に比例して、代行者の数は増えるはずだった。だからこそ、ゲートの位置を割り出せるよう情報を集め、現れたならすぐさま破壊できるよう、その兆候に都市は気を配っているのだ。
しかし今回現れたのはそれなりに時間が経ったにも関わらず狂鬼一体だけだった。そして、ゲート破壊の報告はまだ流れていない。それはつまりゲートが開かれた後、狂鬼一体を呼び出して、ゲートがなくなった可能性があるということだ。
代行者がただ出現していないだけ。という楽観的な可能性もあるが、天城はその可能性は否定していた。その理由は―――。
「ゲートを人為的に作って、すぐ閉じた奴がいる?目的は都市の破壊・・・?」
「それだけじゃないぞ?まだ確証は持てないけど、あの狂鬼も操られている可能性がある。」
その言葉に今度こそ高杉は絶句する。天城が楽観的に考えられない理由は、あの狂鬼にあった。
人の心をすり減らすような行動、こちらの戦意を挫くような咆哮。どちらも狂鬼が行ったと考えるより、人間に操られたとしたほうが考えやすい。
「それで、ノブの周りにこの会話を聞いてる奴はいるか?」
「・・・いや、いない。皆それどころじゃないからな。」
突然の話題の切り替えに高杉は少し戸惑うが、それでも高杉は返事を返す。
「よし。ならノブの方は大丈夫か。神崎そっちも誰にも言うなよ?」
「・・・言えるわけ、無いじゃない。」
神崎の声に高杉は通信が3人で開いていたことを思い出す。冷静でいられなかったことを少し反省するが、突如過ぎった可能性にまた冷静さを失いそうになる。
「ナオト、お前、何を考えてる・・・?」
「ん?ちょっと今回の一件の黒幕の顔でも見ようかなと。」
「・・・何言ってるの?時間稼ぎが目的じゃなかったの?」
「そうも言ってられんだろ?今回の事は出来るだけ広めないほうがいい。だったら目撃者を少なくするべきだろう?今は俺が適任なんだよ。」
天城の言うことは2人ももっともだと思う。だが、同時に天城がやる必要のある事かとも思ってしまう。特に神崎は、天城に対して負い目がある分、その気持ちは大きい。
「なに、推測だけど相手はあんまり頭も良くないし、油断も隙もある。そこを上手い事付ければ可能性はあるさ。」
「ゲートに関してはどうするのよ?」
「神崎が破壊したことにしてくれ。そんで報告をしなかったのは破壊してすぐ狂鬼を探すためってことで。」
「・・・嘘ばっかりじゃない・・・!」
神崎は拳を握り締める。天城の言葉に怒りが溢れそうになるが、天城に戦わせることになったのは自分の所為なのでその怒りをギリギリで収める。
「・・・わかったわ。それで良い。」
「悪いな。文句も説教も罵詈雑言でも。後で好きなだけ聞くからさ。」
「でも、あんたが命を賭けても私が言い触らす可能性だってあるのよ?高杉くんは信じられても今日あったばかりの私を信用できるの?」
その質問をなぜ神崎がしたのかは彼女自身にもわからなかった。罵倒されて気を紛らわせたいのか、それとも信じてもらって、自分を許したかったのか。しかし、神崎には答えは見えている。期待にも答えられず、逃げ出した自分を信じてくれるわけがない。今天城が頼りにしているのは、近くにいたから、それだけの理由だってことも。
しかし、天城の返答は神崎の期待を裏切ることになる。
「信じるよ?だってお前は俺の言葉を聞いてくれた強いやつだからな。」
そう、断言してきたのだ。
「何言ってるのよ・・・?私は・・・!」
「俺は言ったはずだぜ?仕方ないって。強い弱いにかかわらず、ままならない事があるもんなんだよ。人生ってのは。」
それでも尚神崎は言い募ろうとするが、それを許さず天城は言葉を被せる。高杉はその会話を何も言わずただ聞いているだけだった。もし顔が見れれば何故そんなに悲しそうなのかと問いかけていたかもしれない。
「良いんだよ。俺たちはまだ子どもなんだ。どれだけ大人ぶって見せたってな。お前が責任を感じることなんてないんだ。」
そう言うと天城は笑い出す。自分も昔似たような言葉を掛けられたのを思い出して笑ってしまったのだ。
「お前は、俺が助けてって言った時に助けてくれた。その優しさを忘れちゃ駄目だぜ?そんな優しいやつに責任を押し付けることのほうが恥ずかしいことらしいからな。これは受け売りだけど。」
神崎は握っていた拳を解く。自分を強いや優秀ではなく優しいと言ってきた人は今までいなかった。初めてかけられた言葉はひどく曖昧で、それでも沈んだ気持ちを少しだけ浮かしてくれる力があった。
そして神崎は逼迫した状況であるにも関わらず少し吹き出してしまう。
「ふふっ。なによ受け売りって。そんな言葉で慰めたつもり?」
「別にいいだろ?自信持って言ってりゃどんな言葉でも信じやすいのさ。」
「なにそれ。詐欺師の常套文句?」
「・・・俺は思ってるより口が軽いぞ?お前がどんな風に泣いてたか言い触らしてやろうか?」
「ちょ!やめてよ!わかったわよ、言い触らさないから!」
そのコントのようなやり取りを終えたあと、2人して笑い出す。そういえば警報が鳴る前もこんなふうに言い合ってたなと。笑い合うことは無かったけど。と神崎は独りごちる。そして一頻り笑ったあと、天城は真面目な声に戻す。
「っと。来たみたいだ。通信機邪魔だからもう外すぜ?」
「それが、天城と交わした最後の言葉だった・・・。」
「不吉なこと言うんじゃねえよノブ!終わらせるつもりはねえからな!?」
「わかってるよ。待ってるぜ?」
「おう、待ってろ。」
「あ、あの!天城くん!」
「んあ?どうした?」
そして、神崎は息を吸い、天城の耳に確実に届くよう、祈りの言葉を口にする。
「生きててね。絶対、迎えに行くから。」
天城は神崎のその真摯な態度に軽口を叩こうとするが、それを言えばまた時間を食うであろう。なので手短に返事を返す。
「おう。早く来いよ。じゃないと美味しいところ全部食っちまうぞ。」
それだけ言って天城は通信機を外し、地面に放り自分の状況を確認する。呼吸も整った。体も無事。魔力は少し失っているが、それほど問題は無し。
「(準備は大丈夫。あとは運に頼るのみ、だな。)」
そして、地下の駐車場に降りてきた狂鬼に向けて初めて喋りかける。
「見てんだろ?追いかけっこは終わりにしよーぜ。出てこいよ。」
そしてこの場にいるはずのない人間が、階段からゆっくりと降りてくる。その様子を見ながら天城は、あんな言葉で出てくるなんて本物の馬鹿かよと、思わずにはいられなかった。