対峙するは自分の過去
そうして幾ばくかの時間が流れた後、涙も枯れ建物を背に座っていた天城の頭上に影が差す。少し暗くなった視界を上に向けてみると、妙齢の凛とした佇まいの腰に剣を吊り下げた女性が天城を見下ろしていた。
「ここで何をしている?」
「・・・うるさい・・・。お前には関係ない。」
「そうか。代行者はどこに行ったか知ってるか?」
天城は女性の言葉に少し肩を震わせる。
「・・・知らないよ。それにどうせ知ってもお前らは何もしないんだろ?話しても意味がない。」
「・・・何があった?」
そう言われても天城は話す気はなかった。頼むからどこかに行ってくれ。願わくばその腰にある剣で自分の首を切り落としてくれ。そうすれば皆の所にいけるかもしれない。そう思い死んだ目を女性の剣に向ける。
その目線の先にあるものを察したのか、女性は大きくため息を付きながら、天城に話しかける。
「貸さないぞ?これは敵を殺すためのものだからな。子どもの命を奪うものではない。」
「・・・なら、いいじゃん。俺は敵だよ。だから貸してよ。」
「何を、言っている?」
天城は立ち上がり、女性の目を真っ直ぐ見つめる。だが、天城の目は子どもが夢を語るようなキラキラしたものではなく、どこか胡乱な、危険を感じさせる目だった。
「俺は、皆を見殺しにしたんだ。だから皆の敵だ。あいつらもなにもしてくれなかった。だからあいつらは俺の敵だ。お前はどうせあいつらの仲間なんだろ?だったら、俺の、敵だ!この世界の全てが!俺の敵なんだよ!」
そこまで言うと天城は、女性の腰にある剣に手を伸ばす。しかしそれを女性が許すこともなく、その手は女性の手により叩き落される。
「なんだよ。いいじゃん。俺たちは見殺しにしても構わない存在なんだろ?仕事なんだろ?死んだところで気にならないんだろ?被害が少ないって喜べる程度なんだろ?だったら俺を殺せよ?皆を見殺しにできるくせに自分で手にかけるのは嫌なのかよ?」
そして、天城は笑う。その笑みを女性はよく知っていた。代行者と、或いは人と戦い、心が壊れていったものたちがする笑い方だ。戦うことで恐怖が薄れて行き、人間らしさを捨てた者達と同じ顔をしていた。
女性は天城がそんな顔をすることが許せなかった。そんな顔をさせるためにわざわざこんなところまで急行したわけではない。むしろ天城のような人を産みだしたくなかったからここまで来たのだ。
「・・・お前を死なせるわけには行かないんだ。」
苦悶の表情を浮かべながらそう言葉を吐いた女性。その言葉が耳に届いたとき、天城の表情から笑みが消える。
「・・・なに、言ってんだよ?皆を見捨てたくせに、よく言えるな。あぁ違うか。見捨てたのは俺だもんな?お前らは悪くないんだったけ?」
どんどんと目から光が消えていく天城、その反応を危険と判断した女性は、天城と目線を合わせるため片膝を付き、その目を真っ直ぐに捉える。
「それは、違う。君は誰ひとり見捨てていない。悪いのは私たちだ。戦えるくせに何もできなかった私たちに責任があるんだ。」
「何も、できなかったって・・・?」
肩と声を震わせ、女性の視線を避けるように地面を見る天城、その表情を女性は確認できないが、怒りがうずまいてることだけは理解できた。
「お前らは!何もしなかったんだろうが!!俺は助けてって、頼んだじゃないか!?それなのに!お前らは何もしてくれなかったじゃないか!?見捨てたのは俺だって言ったじゃないか!?」
両手で頭を押さえ、膝を床につき枯れたはずの涙が再び溢れ出してくる。それでも天城はその涙を止めることもできず声を荒げることしかできない。
「俺だって!分かってんだよ!皆を見捨てたのは俺だって!でも動けなかったんだよ!怖かったんだ!皆が死ぬことより自分が死ぬことの方が怖かったんだ!!」
天城は誰に語るわけでもなく思いの丈をぶちまける。そうでもしなければ自分の感情をコントロールできないからだ。
「あいつらも!俺も!同じなんだ!俺も助けてって言われたのに動けなかった!動かなかったんだ!!あいつらが憎いのに!助けてくれなかったことがムカつくのに!俺もあいつらと同じなんだよ!!」
そしてどんどんと言葉が尻すぼみになっていく。自分がしたことを、いやしなかったことを思い出してしまう。
「先生・・・!皆・・・!ごめん・・・!ごめん、なさい・・・!家族なのに・・・、優しくしてくれたのに・・・、俺、なにも出来なかった・・・!俺だけ生き残って、ごめんなさい・・・。」
天城は結局自分が許せなかっただけだった。助けられなかった自分、動けなかった自分、力のなかった自分。そのどれもが許せず、それでも自分を守るためにはに当たらずにいられなかった。自分の居場所、家族を失った虚無感を誤魔化すために精一杯だった。
だが、その努力も虚しく瓦解していく。自分が壊れていく音が天城には聞こえていた。自分1人が生き残ってしまったこと、なにもできなかったこと、それらの考えが頭の中でぐるぐると回り続ける。
そうして泣き始めた天城の肩に女性が手を置いてきた。彼女からすれば天城に何一つ罪はなく、助けを求める声を聞き届けなかった者たちに粛清をくれてやりたい気分だったが、それよりも今は天城にとって認めたくない現実を彼女は話さねばならない。それを超えなければこの少年がどこかで生きることを諦めてしまうだろう。
「ああ、お前だけが生き残った。だからこそお前は生きるべきなんだ。」
「なにも、言うな!聞きたくない!」
「聞け!目を逸らすな!お前は悪くない!それは私が保証する!だが、お前は皆を失った事を自分の所為だと思い込んでるだけだ!」
「黙れ!黙れ黙れ!!俺が悪いんだ!俺がなにもしなかったから!!」
「違う!お前は動いた!皆の為に誰もできなかったことをしたんだ!それを悔いるな!胸を張って生きろ!辛くとも生きてる間は生きることを諦めるな!!」
泣き止むことなく、聞く耳を持とうとしない天城に何度も声を掛ける女性。天城が心優しく、人の為に動ける子どもだということは理解できていた。そんな子の心が、自分たちのせいで壊れていくなど許せることではなかった。だからこそ、何度も声をかけ、天城の心を引きとめようとする。この勇気ある少年をどうしても救い出したかった。
「生きろ!生き続けろ!お前は誰かを守ろうとすることができる勇気があるんだ!それを手放すな!死んだ者達の代わりに生き抜くことが私たちの義務なんだ!」
子ども相手に本気になる自分を他の人たちがみれば何を思うか。そんなことは考えもせず女性は天城の手を掴む。そしてその女性の必死さが伝わったのか、天城は押し黙る。
「聞いてくれ。君はただ優しかっただけなんだ。それは恥ずかしいことじゃない。むしろそんな君に責任を押し付けようとした私たちこそが恥ずべき存在なんだ。」
「でも、俺は、なにも」
「守れなかった。それは、事実だ。」
天城の顔がくしゃくしゃに歪んでいく。にも関わらず女性は今まで見せたことのない穏やかな笑顔で天城に話しかける。
「でも、それは君が悪いんじゃない。君が責任を負うことじゃない。君は自分を責めるが、そんな必要はないんだ。君はまだ子どもなんだ。無理して大人ぶらなくていい。」
それは何度も先生に言われた言葉だ。その言葉を聞いて天城はまるで似てない目の前の女性に先生の面影を写す。
「先生・・・!ごめんなさい・・・!」
「謝らなくていいんだ。疲れただろ?少し寝ていなさい。」
そう言うと女性は天城を優しく抱きしめる。それに少しは安心したのか、それとも張り詰めていたものが切れたのか天城は眠りにつく。
「(こんな子に何を言ったのか知らないけれど、随分舐めた真似をしてくれた奴がいるものだな・・・。)」
天城を抱きしめながら、女性の心の内に怒りが沸いてくる。そもそも今回の1件は防げる可能性はあったのだ。
聞けば、代行者が現れたすぐ近くには、戦う力を持っていたものがいたはずだ。そいつが天城の言葉で行動を移していたのなら、もしかしたら被害は0になっていたかもしれない。それは言い過ぎであっても少年が責任を負うような自体にはならなかったはずだ。
「(助けを求められて何もしなかった?ふざけるにも程がある。一体何のための力だと思っているんだ。戦うだけの力など家畜の餌にもなりやしない。)」
女性の心にマグマのような怒りが秘められていることなど知らずに、後ろから話しかけてくるものがいた。
「あっ!石動隊長!こんなところにいたんですか?ってその子どもは?」
「ここで保護したんだ。ひどく憔悴しているから、すぐに救護班のところに連れて行ってくれ。」
「ああそうなんですか。しかし寝ていて良かったですね。」
その言葉に少し引っ掛かりを覚えた女性。普段なら、子どもが騒ぐからだという理由に行き渡るはずなのだが、その男はうんざりしたような顔だったので疑問を覚えたのだ。
「どういう意味だ?」
「いや、そのガキはね、やけに突っかかってきたんですよ。警報が鳴った時も皆を助けてくれってね。そんなことしてる場合じゃなかったから取り合いませんでしたけど。」
そして男は何も知らぬまま地雷を踏み抜いてゆく。女性の顔が男の方を見ていたのなら、その形相に怯えもしただろうが、幸か不幸か女性の顔は男には見えなかった
「なるほど、そうか。」
「どうしました?」
「お前か。」
直後、男の悲鳴が街に響いた。
そして、しばらく後天城が目を覚ます。見慣れない部屋でベッドに寝ていたことに気づくと、体を起こそうとするが上手く力が入らなかった。
「起きたか、気分はどうだ?」
聞きなれない女性の声が聞こえてくる。そのことを不審に思いながらも回らない頭なりに疑問点を解消するべく声を出す。
「ここは?」
「対代行騎士育成学園。その救護室だ。悪いとは思ったが放置するわけにも行かないからな。勝手に別の都市まで運ばせてもらった。」
別の都市。と言う単語を聞いたところで天城の脳が覚醒する。
「(ああ、そうか。孤児院は失くなったんだな・・・。)」
そこまで思い出すと天城は泣きそうになるが、不思議なことに涙は出てこなかった。それよりも自分をここまで運んでくれたという女性に礼を告げようとゆっくりと体を起こしそちらを向く。あの時は気付かなかったが、随分と若い女性だった。年齢は天城の人生経験ではわからなかったが、本当の年齢を聞けたとしても信じなかっただろう。
「ありがとう、ございます。」
「礼儀正しいな。だが礼を言う必要はない。これは私の贖罪だ。」
女性はそう言うが、天城は身に覚えがなかった。天城はこの女性に八つ当たりをしたが、この女性に非があるとは思ってなかったからだ。
「そういえばまだ名前も名乗ってなかったな。私は石動奏だ。君は?」
「天城、直人です。」
「そうか。では率直に聞くが、天城くん、君はこれからどうする?」
どうすると聞かれても天城にはなにも答えられない。何も言わずただ俯き、悔しそうに拳を握り締めることしかできなかった。自分が守りたかった孤児院はもうない。先生も、子ども達も失ってしまったばかりの天城に、これから先を考える余裕はなかった。
「・・・そうだな。いきなり聞かれても言葉も詰まるだろう。なら先に私がどうするか教えておこうか。少しでも指針になるかもしれないからな。」
そこまで言うと石動は軽く咳払いをし、天城の目を見据え語りだす。
「私はこれから、この都市の学園の学園長になるつもりだ。今回の件で自分一人でできることの限界を知ったからな。後進の育成に携わり、多くの人を救えるよう尽力するつもりだ。」
胸を張って夢を語る石動を天城は羨ましく思った。考えてみれば、天城本人に夢と言えるようなものはなかったからだ。自分の居場所を守ることが精一杯で、それ以外に何かしたいとは考えたことはなかった。
そして天城が黙り続ける間も、石動はその場を離れず、じっと天城の返事を待っている。それに対し天城は、
「・・・少し時間をください。」
と答えることしかできなかった。
「・・・わかった。少し急かしすぎたようだな。私は君の答えをゆっくり待つさ。だから落ち着いて考えてくれ。」
本当なら目を離すべきでは無いのかもしれないが、一人の時間も必要だろうと考え、不安を残しつつも部屋を出て行く石動。そして、部屋には天城一人だけ残される。
「どうしたい・・・か。どうすればいいかな?先生・・・皆・・・。」
いくら思えど涙は溢れず、窓の外には天城の心を嘲笑うような青空が広がっていた。
それからいくつかの年月が過ぎ去った時、天城は石動の元を訪れていた。
「来たか。学園には慣れたかな?待ってたよ天城。君の答えは決まったかい?」
ある学園のある部屋で出会った頃と変わらぬ石動は椅子に座りながら天城に問いかける。それに対し少しだけ幼さが消えつつある天城はゆっくりと口を開く。
「夢が見つかったよ。」
「・・・そうか。それは良かった。」
言葉通り嬉しそうな顔をする石動。そして椅子から立ち上がり、天城の下まで向かうと昔のように天城の目をまっすぐ見つめる。
「それで?その夢は私に教えてくれるのかな?」
「当たり前だよ。そのためにわざわざここまで来たんだから。」
笑う天城に女性は先程より顔を破顔させる。地獄を見たはずの少年が自らの足で立ち上がり、夢を見つけて帰ってきたことが嬉しくて仕方がない。
「聞かせてくれ。君が見つけた答えを知りたいんだ。」
「相変わらず急かす人だな。」
そう言って笑い合う二人。過去を消し去ることはできずとも、前を向いて進み始めた少年は穏やかな笑みを浮かべながら石動の問いに答える。
「俺の夢は――――」
そこまで天城が思い出すと、目の前に標的の生物を見つける。足が震えだしそうになるが、それでも天城は前を向き歩き続ける。
そして向こうもこちらを見つけたのだろう。天城に向けて口を大きく開き咆哮を上げる。
「うるせぇなぁ。そんなに吠えずともちゃんと相手してやるよ。」
天城は薄く笑いながら、銃を構える。自分が強くないことも、未だに足が震えることも理解はしているが、そんなことよりも譲れない思いをひとつ抱いて、代行者に立ち向かう。
「来いよ!クソ鬼!お前にゃなに一つ奪わせねえぞ!!」
獰猛な笑みを浮かべ、狂鬼に負けない大声を張り上げる天城。
そして狂鬼と天城の戦いが始まる。
やっと戦います。
続きは明日。