天城の過去
暗い話です。
本来は一話で終わるはずだった・・・。
天城は雨の中を歩きながら、昔のことを思い出していた。
その日は、こんな雨は降っておらず、茹だるような暑さが続いた夏の日。孤児院で暮らしていた、今住んでいる街とは別の、廃棄区画近くにある孤児院だ。天城は他の子どもたちより少しばかり年上で、兄のような存在だった。
「皆、早く布団持ってこいよ。遅れたら干してやらないぞ?」
子ども達は生返事をしながら、自分たちの寝室へ駆け込んでいく。朝食を食べ終え、すぐさま遊びだした子ども達に対しても怒ることもなく、天城は自分の布団と洗濯物をを抱え、孤児院の中庭に出る。
「おや。ナオトくんも遊んで来てもいいんだよ?それは私がやっておくよ。朝食も作ってくれたしねえ。」
「いいよ。お世話になってるんだからこのくらいはやらいないと。」
天城に声を掛けたのは、天城たちの孤児院を経営している高齢の女性。頭髪はほとんど白に染まり、顔にも皺が刻まれているが、いつも穏やかで子ども達に先生と呼ばれている人だ。
「天城くんはこどもらしくないねぇ。無理して大人ぶらずに、もっとわがままを言ってもいいんだよ?」
「それは何回も聞いたよ。やりたくてやってることだから、大丈夫だよ。先生。」
他の子がすぐ遊びに行きたがる中、天城は孤児院の家事を手伝っていた。両親を病気で失い、幼い天城が今まで生きてこれたのはこの孤児院に拾ってもらったからだ。そのことを充分に理解している天城は孤児院のためにできることがあるならそれを苦には思わなかった。
その様子を見て、先生は少し悲しそうな顔をする。先生は天城が年の割に少し大人びていることを気にしていた。自分に親がいないこともすぐに受け入れ、他の子の面倒も見て、孤児院の手伝いもしてくれる。それには当然助かっているのだが、もう少し子どもらしくあってもいいんじゃないかと思ってしまう。
「どうしたの?先生。」
「なんでもないよ。いつもありがとうね。」
暑い日差しの中、会話をしながら洗濯物を干していく2人。そこに子ども達が自分たちが使っている布団を持って来る。
「ナオトにーちゃん持ってきたよー。」
「ん。そこに置いといて。そしたら遊びに行っていいよ。」
そう言って指さした場所に、子ども達は布団を置いてほとんどが走り出してしまうが、残った子ども達もいる。
「どうしたの?」
「おにーちゃん今日絵本いっしょに読も?」
「いいよ。ただ洗濯物干した後でね?それまで部屋で待っててね。」
子ども達の頭を撫でながら天城は了承の返事を返す。子ども達は頭を撫でられ嬉しそうな顔になり、そのまま部屋へと帰っていく。子ども達が部屋に戻ったのを見送ると、天城は残った洗濯物を先生と会話をしながら、洗濯物を吊るし始める。
洗濯物を干し終えた天城は、子ども達の遊び部屋に向かう。
「今日は、この絵本読むー」
そう言って持ってきたのは『八芒星の英雄』と書かれた絵本だった。その内容はかつて代行者が世界に現れた時に、逃げ惑う人々を守り抜いた8人の英雄の物語だ。
一応は史実であるとされているが、天城が産まれる遥か昔の出来事であり、その全容を知る者は今の世界にはいない。物語とは大きく誇張されて描かれるのが常なので、それをそのまま鵜呑みにするほど天城は子どもではなかった。
「『八芒星の英雄』か、これそんなに楽しいか?」
「うん!かっこいい!」
そう言って無邪気に笑う子どもに天城は複雑そうな顔をする。天城はこの時既に魔法が使えないことや、保有魔力が少ないことを知っていた。そしてそれに対して劣等感も抱いていた。
自分より年下の子と喧嘩しても恐らく負けるだろう。魔法が日常に存在している世界では、年の差など大きな違いではなかった。天城はこの物語が好きでは無かった。才能を持った人間がその才能を使って人々を守るという物語は翻って、才能を持たない天城では守ることができないという現実を突きつけられた気分になるからだ。
そうは言っても、子ども達は天城の内心は露知らず、絵本を読んでくれない天城に急かすように文句を言う。それを聞いた天城は不承不承ながら、その絵本の読み聞かせを行っていく。
それが孤児院での天城の日常だった。そしてこの日が天城が孤児院で生活を送る最後の日となる。
それは、昼前に起こった。天城が晩ご飯の為の買い出しを行っていた時に、うるさすぎる警報が街になったのだ。
「おい?この警報って・・・!」
「嘘・・・!」
その警報を聞いた街がざわめき出す。警報の意味は知っていても、それが実際に起こり得るという現実感が無かったのだ。だが、住人たちのざわめきは次の言葉でその大きさを増した。
「代行者が来るぞーー!!」
誰か一人が大声で言った言葉に、街の住人たちはパニックを起こす。それぞれが思い思いの場所に散り散りになり、誰ひとり冷静さを保ってなどいられなかった。
「(嘘だろ・・・!そうだ!皆の所に行かないと・・・!)」
天城が混乱した頭でそう思い始めたとき、辺りに喧騒に負けない大きな声が響く。
「落ち着け!代行者が現れたとしても俺たちが倒してやる!だから今は落ち着いて、避難を開始しろ!」
それは、この都市における防衛戦力だった。代行者が現れたとき、すぐさま行動できるよう、各都市には戦力が置かれている。その人物の言葉により不安は取り除かれなくとも、少しばかり落ち着きを取り戻した住人は避難場所を思い出し、その場所に走り抜けていく。
そして天城も自分が行くよりこの人が行ったほうが安全だと思い、その人に声をかける。
「あの、ここから東にいったところに孤児院があるんです!皆そこにいるはずだから助けに行ってくれませんか!?」
声を上げた天城に、男は視線を向ける。だが、男の答えは天城の望むものでは無かった。
「そうか。よく知らせてくれたな。その情報は必ず伝えよう。君も早く非難するといい。」
そう答えた男に天城は疑問を覚えた。この男は情報を伝える、とはいったが、今から助けに行ってくれるとは言わなかったのだ。天城はその言葉を理解できずに押し黙る。天城が黙ったことを了承と受け取ったのか、男は行動を移す。天城にとってまるで嬉しくない方向に。
「ど・・・どこに行くんですか?」
「この区域はもう大丈夫だろう。俺も戻る。一人では代行者に勝てないかも知れないからな。」
「大丈夫って・・・!皆は!?先生達は孤児院にいるんですよ!?」
「先生がいるのだろう?なら既に避難を開始しているかもしれない。」
その言葉を聞き届ける前に天城は走り出す。男が静止の声を上げるが、それすらも振り切り、孤児院に向かって走っていく。
「(先生・・・皆・・・!)」
祈るよな気持ちを込めつつ、孤児院に向けて走り続ける天城。その途中で自分の向かう先で何かが壊れるような爆音が響き、粉塵が舞う。
気持ちが焦り、足がもつれ転ぶが、それでも立ち上がり、必死に孤児院に向かっていく。そしてやっとたどり着いたとき、その建物は原型がわからないほど倒壊していた。
「嘘・・・皆!先生!」
声を大きく張り上げ、倒壊した場所へ向かおうとするが、その足は途中で止まる。4本の足で大地を踏みしめる、見上げるほど大きな代行者の姿を見てしまったからだ。
その姿を視認してすぐ、天城は建物の陰に身を隠し、手を口元に持っていき息を潜める。
「(なんで代行者が、よりによってここに・・・!)」
そして孤児院があったとされる場所を見ると、そこには倒れた子ども達がいた。天城はすぐさま助けに向かおうとするが、足が震え体が動かなかった。その子どもの内の1人の少年が上半身を起こし、おそらく天城の姿が見えたのだろうか。手を伸ばし、口を動かす。
「たすけて・・・お兄ちゃん・・・。」
その声は天城の耳には届かなかったが、そう言ってることは理解できた。されど体は動かず、その光景を黙って見つめることしかできない。そして代行者の前足がその少年の上に持ち上げられ、無慈悲に振り下ろされる。その時天城の視界は真っ赤に染まり、意識が途切れる。
どのくらいの時間が経ったのだろうか、それすら分からないが天城は生きていた。意識の戻った天城の耳に複数の人物が会話をする音が聞こえてくる。それは天城が助けを求めた筈の男の声だった。
「ひどいもんだな。代行者は?」
「どこかに逃げたらしい。追跡は出来てないみたいだ。」
「一体どこから来たんだよ?結界を超えてきたのか?」
「いきなり結界内に現れたらしいぞ。まあともかく、」
「被害が少なくて助かったな。」
その言葉を聞いたとき、天城の中で渦巻くどす黒い感情が全身を支配する。気を失っていたとは思えないほどの速さで、拳を握り男を殴りつけようとする。が、所詮は子どもで魔法も使えない天城の拳が届く訳もなく、男は体を少し移動させその攻撃を躱す。躱されて行き場の失った拳に釣られ、天城は前に体を取られ、地面に転ぶこととなる。
「お、生きてる奴がいたぞ。だが、なんか殴られそうになったぞ?」
「気が動転してるんだろ。保護してやれよ。」
「・・・なんで・・・。」
「ん?」
倒れた状態から少しだけ身を起こし、震える声で天城は言葉をぶつける。
「なんで!助けてくれなかったんだ!?お前らがいれば代行者は倒せるんだろ!?なんで見殺しにしたんだ!!」
涙を滲ませながら、天城は恨みの言葉を口にする。男達はそれを冷めた目で睨めつける。それでも天城は止まらず、言葉を投げかけようとするが、それは男によって止められる。
「人聞きの悪いこと言うなよ少年。俺たちはこれでも急いできたんだ。それでも着いた時には代行者はいなかったんだからどうしようもないだろ?」
「そうそう。代行者がいなけりゃ俺たちは戦えないしな。それに俺たちのいないところに代行者が現れちまったんなら、それを守れってのも無茶な話だぜ?」
「嘘だ!お前はあの時近くにいたじゃないか!お前らが皆を見殺しにしたんだ!お前らが逃げ出したから皆が死んだんだ!!」
男たちの言葉は天城にとって言い訳にしか聞こえなかった。そしてそれを指摘された男たちは不機嫌を隠さず、子どもである天城に罵倒の言葉をかける。
「うるせーぞ。餓鬼。俺たちにゃ大事な仕事があるんだよ。お前らだけに構ってやれねーんだよ。」
「だいたい、お前は俺たちよりもっと近くに居たんだろーが、だったら見殺しにしたのは、お前のほうじゃねーのかよ?」
「っ!!」
天城は一番突きつけられたくない現実を突きつけられる。あの時、声は聞こえずとも助けてといった少年は確かに天城を見ていた。それを動けずただ見つめていたのは天城自身がよくわかってる。
「そ、んなの仕方ないじゃないか!俺は魔法が使えないんだから!」
泣きながら抗議の声を上げる天城だったが、男たちは天城に取り合うことを面倒臭がったのか、それとも代行者が居なくなれば自分たちにやることは無いと判断したのか、その場から離れていく。
天城はその場に蹲り、涙を零しながら呟く。
「皆・・・嫌だ、行かないでよ・・・!先生!皆!お願いだよ・・・!一人にしないで・・・!」
天城の独白を聴く者は一人もいなかった。両親に先立たれ、世界で一人になってしまった天城にとって、孤児院の先生や、子ども達は心の支えだった。孤児院で一人ぼっちだった自分に優しくしてくれた先生。いつも無邪気に笑い、自分より幼くとも元気に走り回る子ども達。
天城が自分は1人ではないことを認識できる唯一の居場所。その居場所を天城は失い、涙が枯れるまで泣き続けることになる。
続きは明日。