覚悟を決めるとき
今更ながら今まで少し短かったかな、と。
これからはこのくらいの長さで書いていくつもりです。
天城が少女を抱えて走り始め、仮面の人物が姿を消したとき、天城の耳に通信機越しの声が届いた。
「ナオト聞こえてるか?」
高杉の声はいつもの軽い口調ではなかった。それが、今回の危険性を十分に孕んだものとはすぐにわかったが、天城からしてみればこれ以上最悪の事態にはならないだろうと考えているので気軽に言葉を返す。
「なんだノブ?代行者がこの近くに現れたことなら知ってるぞ。」
「通信機は開きっぱなしなんだ。2人の会話も聞こえてたよ。それとは別の情報だ。」
「なんだ?」
「今回現れた奴は狂鬼らしい。」
「・・・そりゃありがたい情報なことで。ありがたすぎて笑えてくるな。はっはっは。」
「言ってる場合じゃないでしょ!?今どこにいるの!?」
天城と高杉の会話に神崎が悲鳴のような声を割り込ませる。天城もそんな事をしている場合じゃないのは重々承知なのだが、そうでも言わなければやってられない。というのが率直な意見だ。
「今は、そっちに向かって走ってる。来るときに曲がったりはしてないから、そこまで時間はかからないはずだ。」
「まっすぐね!?わかったわ!」
「ってお前こっちに来てて良いのかよ?」
「良いわけないわよ!どうしてくれるのよ!?」
そんな事を言われても天城にはどうすることもできない。確かに最初に命令違反を起こせみたいなことを言ったのは天城だが、まさかここまでするとは思ってもいなかった。
避難が済んだなら、指揮系統に降ればいいのにと言いそうになるが、命令を無視してでも助けに来てくれることを素直に嬉しいと感じたのか、天城は謝罪の言葉を口にする。
「どうしてくれると言われてもどうしようもないな。すまん!」
「開き直るなっ!これでその子を助けられなかったら、いやその子を助けてられても本気でぶっ飛ばすから!」
天城は神崎の言葉に身震いする。ハッキリ言って戦闘科の生徒、それも上位の成績を収めているものに本気で殴られたら、顔が原型を留めていられないだろう。
そんな言葉を繰り返しているうちに、天城は最初に廃棄区画に入った場所にたどり着く、そこで初めて少しばかりの休憩を入れる。
「廃棄区画を、抜けた。少しだけ、疲れたな。」
「・・・お兄ちゃん、大丈夫?」
「ん?大丈夫大丈夫。」
そう言って少女を下ろし、息を整える天城。そういえばこの子は今までずっと黙っていたのか、怖かっただろうにな、と自分が想像以上に周りに目を向けられない程焦っていたことに気づく。そのことを見透かされないように笑いかけると、両方の耳に女性の声が届く。
「見つけた!」
そう言うと神崎は天城と少女の2人に走り寄ってくる。そして天城もその事に安堵の息を漏らし、神崎に話しかける。
「すまん。来てくれて助かったよ。」
「まだ礼を言うには早いでしょ?その子を避難区域まで連れて行かなきゃ。」
「そうだな。しかしお前が来てくれるとは思わなかったよ。俺嫌われてると思ってたし。」
「嫌いよ?でもその子に罪はないじゃない?」
「・・・俺には罪があるってか?」
「無いと思ってるならおめでたい頭をしてるわね。」
「合流したならとっとと帰ってこい!」
顔を突き合わせれば言い合おうと2人だが、高杉の言葉にそんな余裕がないことを思い出す。
「そうだな。言い合いなら後でできるしな。」
「そうね。今はとにかくここを離れなきゃ・・・」
そこまで神崎が言った瞬間、空気を震わす轟音が2人の耳を劈く。その声に2人は身構え、少女が天城の制服の裾を掴むと、上空から異形な巨体が降ってくる。その姿に、身構えていたはずの2人は動けなくなっていた。2人とも所属するクラスや思いは違えど、代行者を倒すために訓練を続けていた。しかし、その姿を見た途端体は恐怖によって硬直していた。
「狂鬼・・・!」
震えることでそう呟くのがやっとだった。そんな2人の姿を見つけた狂鬼はこちらに向かって歩み始める。
「っ!逃げるぞ!」
なんとか声を出し動き始めようとする天城だったが、神崎は未だ硬直を抜け出せずにいた。狂鬼は動き出した天城より神崎を仕留めやすいと感じたのか、走り出し、右腕を振り上げ神崎に向かって振り下ろそうとする。
しかしそれをギリギリの所で腕を掴み自分の方向に引き倒し、転がりながら少し距離を取る。神崎の立っていた地面はえぐれ、まともに一撃を受けていたなら、神崎は今頃地面と同化しているか、そこらに転がっている残骸の一部となっていただろう。
「おい!聞こえてんのか!?早くたて!」
それでもヘタリこんだまま立とうとしない神崎に天城は苛立ちを覚える。なんとかして立ち上がらせようとするが、狂鬼がそれを待ってくれるわけでは無い。
こちらを振り向いた狂鬼に対し、天城は自身の持っていたリボルバーを向け銃弾を狂鬼の額に打ち込む。狂鬼の頭は少し仰け反るが、すぐさまこちらを向き、怒りの咆哮を上げる。
「やっぱ効かねえかよ!おい早く立て!座ってると死ぬぞ!!二人も背負って走れねえぞ!」
その咆哮に少女は張り詰めていた気持ちが遂に切れ、気絶してしまう。天城はその少女を抱き抱え、未だ立ち上がろうとしない神崎に声を上げる。
「天城くん・・・!」
「今は全部後にしろ!とにかく逃げろ!廃棄区画でも良い!今生きることを考えろ!」
そして、天城は懐から取り出したある弾丸を装填する。その銃弾を込めた銃口を今度は狂鬼の目に向かって撃つ。
「特別性だぜ!少しだけ眼閉じとけ!!」
そして引き金を引くと、銃口の先から眩い光が溢れ出す。その銃弾は『閃光弾』高杉が作った弾丸に天城の魔力を送ることで光を発生させる高杉特性の弾丸だ。
当然殺傷能力は微塵もない。眼の空いてない状態の敵を倒す術があれば良かったのだが、眼が見えなくなり無差別に暴れまわる狂鬼に有効な手段を天城は持ち合わせていない。
「今のうちだ!そんなに時間は稼げない!行くぞ!!」
そう言うと天城は神崎の手を取り、少女を抱き抱えたまま走り出す。あれほど離れたかった廃棄区画に天城は再び戻る羽目となるが、そんな事を考える余裕すら天城にはなく、廃棄区画の一画にある廃ビルに入り、物陰に隠れると息を整えることもせず思考を回転させる。
「(どうする!?考えろ!?銃弾が効かない相手を倒す方法を!俺たちが生き残れる方法を!!)」
天城は必死の思いで生き残る方法を考えるが、浮かんでくる方法はどれもこれも現実味のない使えないものだけだった。そもそも天城の攻撃方法は銃しかない。それが効かない相手を倒す方法など現実味がなくて当然だが。
「(あれを使うか?いや当たるわけがねぇ。仮に当たったとしてももし狂鬼に通用しなければ・・・。)」
そこまで思考し2人を横目で見る天城。通用しなければ、天城が助かる術は無くなる。それだけでなく、この2人もその命を失うことになる可能性も高い。
「(考えろ!現実的な方法で!できる最善手を尽くせ!諦めるな天城直人!!)」
頭を回転させ、自分の身に意識を傾けようとする天城だったが、それを邪魔するかのごとく神崎が俯きながら話しかける。
「あ、あの・・・天城くん・・・そ、の・・・ごめん・・・なさい」
「あ?仕方ねーよ。気にすんな。」
天城はぶっきらぼうながら慰めの声を掛けるが、神崎は肩を少し震わせただけで顔を上げない。天城自身、初めての実践でまともに戦えるとは思っていない。もし戦えるなら、それは頭が壊れてるか、心が壊れてるかのどっちかだ、と考えてるからだ。
「仕方、ないって・・・?」
だが天城の慰めは神崎の逆鱗に触れる。
「仕方ないわけ!ないじゃない!私は戦闘科なのよ!?なのに大事な場面で役に立たなかったら、私は何のために努力してきたって言うのよ!?」
「なんであなたは動けたのに!戦えたのに!私は動けなかったの!?私は守って貰うために強くなったんじゃない!」
「強くなったのに・・・!強くなったはずなのに・・・!私は!肝心な所で役に立たなかった!気にしないなんてできるわけが無いじゃない!!」
そこまで言うと神崎は肩で息をしながら涙をボロボロとこぼし蹲る。その独白を聞いても天城には神崎の気持ちを全て理解することは出来なかった。2人の違いは、戦う力がなく戦えなかった者と、戦う力がありながら、戦えなかった者という大きな隔たりがあるからだ。
「俺には、お前の気持ちはわからんよ。」
だから天城は正直に自分の思ったことを告げる。それが神崎にとって聞きたくない様な事であっても。
「俺は戦える力があるのに戦わない奴の気持ちはわかんねぇ。俺にはその力が無いからな。」
天城は自嘲気味に笑いながら言葉を続ける。
「でもな、その上で、お前の気持ちは仕方ねーんだ。怖いって思うことや、生きたいって思うことを止める事なんて出来ないんだよ。」
「だったら!あなたはなんで・・・!」
「それは、俺が昔一回死んだからだよ。」
神崎はその言葉を聴いて高杉と天城の会話を思い出す。そして顔を上げれば、その会話をしていた時の高杉と同じような悔しそうな顔をしていた。そして同時に、天城の思考も冷静さを取り戻していく
「詳細は省くけどさ、俺は孤児院で育った。そしてその孤児院はこの街じゃ無くて、別の街にあったのさ。そんでそこから来たのは、俺だけだ。」
「(そうだ。俺はこの街の産まれじゃない。逃げ出したんだ。それが嫌で力を欲しがったんだろ?)」
そこまで言われれば神崎にも気づくことはある。都市の移動なんて気軽に行えるものではない。同じ国同士でも公共機関などなくなった、或いは使用不能になったこの世界では相応の護衛を付け、安全と言われるルートを慎重に進み何日もかけて進み続けるしか方法が無いからだ。もちろん例外はあれど、なにも持ってない子どもにそれを使える訳もなく、この都市までたどり着いたのは奇跡以外の何者でも無かっただろう。
「まぁそんときにな、”いろいろ”あったんだよ。そんときから決めたことが1つだけあるんだ。それを破っちまったら、俺は人で居られる自信がないんだ。ノブが俺のことを臆病っていうのはそれが原因なんだけどな。」
「(そうだ。自分に嫌気が差したんだろ?才能が無い事にじゃない、それを言い訳にした自分に嫌気が差したんじゃないのかよ?)」
その”いろいろ”の部分に天城と高杉が”死んだ”と言っている部分があるのだろうが、神崎もそこを問いただせる程、無神経でもなかった。だが天城の顔をどこか悟ったような晴れ晴れとした顔をしている。
「まぁだからさ、気にしなくていいんだよ。俺とお前は違うんだから。無理する必要は無いさ。」
「(そうだ!俺は皆とは違って才能はない。でも決めちまったことがあるじゃねえか!それすら破るほど臆病になったつもりはない!)」
そう言って天城は立ち上がる。そして自分の言葉がそのまま自分に突き刺さる。
「(そうだよな。自分で決めたことじゃないか。あんな思いをするのは一回だけで十分だろ?考えるより前に腹括れよ。)」
急に立ち上がった天城を神崎は呆然と見ていたが、天城は手を神崎の頭の上に置き、そのまま頭をなで始める。そのことに神崎は流石に恥ずかしさを感じてその手を払いのける。
「お、悪いな。昔の話をすると癖が出るもんだな。」
対して悪びれた様子もなく天城は笑う。その様子に神崎は首を傾げる。触れられたくない部分を触れられたはずなのに、今まで見たこともないような清々しい顔をしている理由が思いつかなかった。
だが、天城はそんな神崎の葛藤を無視し少女を神崎に預ける。
「頼みがあるんだ神崎。この子を母親のところまで送ってやってくれ。」
「え・・・?それは、そうするけど、天城くん・・・?」
「俺は少しばかり時間でも稼いでくるさ。」
笑いながらそう言い放った天城を神崎は止めようとしたが、上手く言葉が出てこずその間に再び神崎の頭に手を置く天城。
「頼むよ。俺は廃棄区画の奥にあいつをなんとか連れ出してやるからさ。隙を付いて上手い事送り届けてやってくれ。」
そして神崎の頭の上に置いていた手を少女の頭の上に持って行き、慈しむようになでると天城は廃ビルを後にした。その後ろ姿に神崎は付いていこうとするが、体は動かずただ見守ることしかできなかった。
続きは明日。