臆病者は死んでいた?
自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた天城は、今までの自分を恥じていた。
「(ここの住人をなんとかしなきゃ?自分を危険に晒したくなかっただけだろ。自分に力があれば?怖さを隠すいい訳だろ。何のために強くなろうと思ったんだよ?もう見捨てたくなかったからじゃねえのかよ!)」
そして天城は決断を下し、頭の後ろを掻きながら神崎と高杉の2人を見る。
「ここは頼むわ。」
「・・・は?」
「おい、ナオト?って、そっか。」
「うん、ちょっと行ってくるわ。」
それだけ言うと天城は2人に背を向け、廃棄区画に向かおうとする。だが、それを黙って見ている2人では無かった。
「ちょっと待ちなさい!?何を考えてるの!?代行者が出たらどうするつもり!?」
「まだ出てないんだろ?それに無茶する気もねぇよ。時間の許す限りだけやるだけだ。」
「それでもよ!いつ来るかわからないのよ!?」
神崎の説得も天城には届いていない。天城も死ぬつもりはさらさら無い。だが、それでも決めてしまったことを覆す気はなさそうだ。そしてまだ文句を言いたそうな神崎を無視して女性の元に向かう。
「あ・・・あの・・・?」
彼女も混乱していた。助けてくれるものとは思っていなかったのか、それとも助けに向かうのなら戦闘科である神崎が向かうと思っていたのかはわからない。もし、後者なら自分には期待されてないんだろうなと天城は自嘲気味に笑ながらも話しかける。
「絶対助け出す。とは言えないけどさ。できるだけ頑張ってくるよ。だから待ってろ。娘さんが帰ってきたとき、あんたが倒れてちゃ笑えないだろ?」
女性は、天城が何を言っているのか理解し難かった。天城の制服は普通科に所属することを示している。どちらかといえば避難させる方ではなく、避難する側の人間なのだから。それでもこの少年は自分の娘を探してくれると言うことだけは理解できたのか、天城にお礼を告げる。
その様子を見届けた天城は女性からも離れ始めた。神崎は2人は納得がいかず、天城に詰め寄ろうとするが、住人たちの喧騒が大きくなってきたため、それを諌めようとする。その隙に天城は神崎と高杉の前から姿を消していた。
「~~~なんなのよ!あいつは!?」
「・・・心配ではあるけど、今はこっちを優先しよう。」
「なんでそんな冷静なの!?友達じゃないの!?」
「友達だから、あいつの行動の理由がわかっちまうんだよ。あいつは臆病だからな。」
高杉の言葉に神崎は疑問を抱く。少なくとも天城は少女を助けるために向かったのだから、蛮勇と取られることはあっても臆病とは言えないはずだった。それでも高杉は何故か苦虫を噛み潰したような顔をしており、迂闊に聞くことを神崎は躊躇ってしまった。すると不意に耳元で声が聞こえた。
「聞こえてんだよノブ!誰が臆病だ!?」
それは天城の声だった。高杉が渡した通信機から、こちらの会話も聞こえていたのだろう。天城は憤慨の声を上げるが、それは神崎に聞き届けてはもらえなかった。
「あんた何考えてるのよ!?馬鹿じゃないの!?すぐ戻りなさい!」
「え~今更帰るとか恥ずかしすぎて無理でしょ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?この馬鹿!」
「お前段々口の悪さがストレートになってきたな・・・。」
神崎は天城を止めようとしたのだが、天城本人はどこ吹く風だった。その飄々とした様子に神崎は苛立ちを覚えるが、隣にいた高杉が真面目な顔で天城に語りかけていた。
「ナオト。お前、ほんとに行くのか?」
「行くさ。行かなきゃな。当然だが死ぬ気はねえぞ?」
「・・・そうか。・・・もう死ぬなよ?」
「・・・おう。当たり前だ。死ぬのは一度きりで充分だ。」
2人の会話を聞いた神崎には会話の内容を理解しきれなかった。天城は生きているのに、なぜそんな会話をしたのかが分からなかったからだ。だが、神崎の疑問に答えるより先に高杉と天城は会話を続ける。
「ならいいんだ。こっちもやること終わらせたらすぐ向かう。通信は開きっぱなしなんだ。何かあったらすぐに言え。」
「わかってるって、そっちも気をつけろよ?皆の前じゃ言えなかったがどこが安全なんか分かんねえんだから。」
神崎はその言葉に我に返る。確かに天城は一人で廃棄区画に向かったが、だからといってこちらに危険がないわけではない。神崎は気を引き締めた時、会話を続ける二人に、なぜこんな状況で冷静でいられるのかと疑問を抱き、それをぶつけるため2人の会話に割って入る。
「2人ともなんでそんなに落ち着いていられるの?」
神崎は最初から今までずっと冷静でいられたわけではない。警報が鳴ったとき、住人の様子を見たとき、其の時々で落ち着いてはいられなかった。にも関わらず2人は最初から今までその内心はどうあれ外見上は落ち着いているように見えた。
その言葉を聞いたとき、高杉は悔しそうな顔をし、天城からの返答もなかった。顔は見えないが、高杉と似たような顔をしているのだろう。神崎は聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、謝罪の言葉を紡ごうとするが、それより早く返事が返ってきた。
「こういうことが二度目だからだ。多少は慣れるさ。」
そう告げた天城の声は今までの飄々とした声でもなく、言い争っていた時の馬鹿にしたような声でもなく、暗く深い怨嗟のような気持ちの入った声だった。その言葉を聞いた神崎は背筋が凍りそうになる。何より、神崎はこんな自体に出くわしたことはないのに、天城は二度目と言った。その事が神崎には受け入れられなかった。こんな非常事態が起これば少なからず噂なども出てくるはずなのに、そんなこと聞いたことも無かったのだから。
「会話は終わりさ。お前も仕事しろよ?青鳥ちゃん?」
「・・・うるさいわよ。あなたなんかに言われなくともちゃんとするわよ。」
だが、何事も無かったかのような天城の声に、今はそれどころでは無いと思考を切り替える。高杉はその様子を見ながらも、どこか気持ちの晴れないような顔をしているのだった。
続きは明日