行動開始
「そうだ。着く前に二人にこれを渡しておくよ。」
避難誘導のため、街へと行こうとする2人に高杉がある道具を渡す。
それを受け取りながら人の多い場所へと走り出す3人。
「これは?」
「通信機。別々に動くことがあったら不便になるだろ?」
「一応固まって動くつもりだぞ?」
「念のためさ。代行者がくるんだ、予想通りに事がうまく運ぶと思えないからな」
「・・・不吉なこと言わないでよ、高杉くん」
「その不吉なことを少しでも回避する道具さ。付けとけよ?」
2人は高杉の言うとおりに耳に通信機を装着する。その形は耳に収まるが些か小さいようにも感じられ、とてもじゃないが通信できるようなものとは思えなかった。
「これ、ちゃんと通信できんの?」
「音はちゃんと拾えるはずだぞ?通信方法は俺の『遠話』の魔法を組み込んでる。携帯よりかは役に立つはずだぜ?」
「お、ほんとに聞こえる。オフにする方法はあるのか?」
「・・・試作機なんでな。そこまでは作ってない。」
「未完成品かよ?」
「うっせぇ。ないよりマシだろ?」
「・・・これ。高杉くんが作った、の・・・?」
高杉が用意したのは魔法具と呼ばれるものだった。そしてそれを一学生である高杉が用意したことが神崎には驚愕の話だった。
魔法具は、自分の魔法を道具に刻み、魔法を行使できるようにする道具のことだ。だが、それを作れる人間は多くない。少なくとも学生の身分で作ったという話は神崎は聞いたことがなかった。
それゆえの驚きであったのだが、高杉からしてみれば、天城の言うとおり未完成品というのが正しい意見だと考えている。なので、こんなもので驚かれても自慢もできない、というのが率直な意見だった。
「まぁ常に通信できる道具ってのは便利だわな。距離は?」
「俺が魔力を飛ばせる範囲。具体的にはわかんないけど、ここから廃棄区画の少しくらいまでなら行けると思う。」
因みに、この世界に携帯はある。だが電波の届く範囲が都市結界内に限定されている。遠方の地へと通信を行うことは不可能ではないが、決められたルートを使う必要があるため普通の人間に使用はできない。
結界外に出ると電波が届かないのかジャミングが入り、とても通信が行える状況にならない。
「廃棄区画、ね・・・。といってもそこには踏み込まないようにね?境界がわからなくなるんだから。」
廃棄区画はそのまま廃棄される予定の場所。ということだ。
結界で都市が覆われているといっても、その結界は人の目には見えない。情報科に所属している者の『目』や、外界調査を行うもの以外には内と外の区別などつかない。
もしうっかり外へ出ようものなら代行者がいつ出てくるかわからない場所に踏み込むことになる。
なので、結界からある程度近い部分を、廃棄区画として立ち入り禁止にしている。
「ん。了解」
「あら、随分素直じゃない?」
「そりゃ俺はお前じゃねーしな。」
「今んなことしてる場合じゃねえだろ?」
こんな時でもいがみ合おうとする2人に高杉は嘆息を漏らす。
流石に2人もこんなことをしてる場合じゃないことは理解しているのか、お互いに口を紡ぐ。
そして、3人が走り出してから暫く経った後、住民の悲鳴のような声が聞こえてくる。
「代行者が出るぞ!」
「なんでだよ!?ここは安全な都市じゃねえのかよ!?」
「ああ・・・私たち死んじゃうの・・・?」
「嫌だ、死にたくねぇ!おい!どけよお前ら!」
「誰か!娘を知りませんか!?誰か・・・!」
天城と高杉の予想したとおり場は混乱に満ちていた。
神崎はその混乱に少し狼狽えるが、すぐに行動を移す。
「皆さん落ち着いてください!慌てずに!避難場所に向かってください!」
「うるせぇ!もう代行者がすぐ近くに来てるんだろ!?とにかく逃げなきゃ死んじまうだろ!?ガキは黙ってろ!」
だが、彼らに神崎の言葉は届かない。住民に少しでも冷静さや、戦える力があるならば、ここまでの自体には陥らなかったのかもしれないが、彼らにそれを求めるのは酷というものだろう。彼らは今まで守られてきたのだから。
それが必ずしも悪いことでは無いが、今この状況において冷静さを欠く、と言うのは愚策でしかない。そもそも代行者の出現警報が出たが、彼らにはいつ、何処にそれが現れるかを知る術は無いのだから、手当たり次第に逃げた先で出くわす可能性だってある。
それすらも分からず、神崎に怒鳴り声を上げ、そして神崎もあまりの迫力に少し萎縮してしまう。
その時、銃声が辺りにに木霊しその場に今までの喧騒が嘘のような静かさが訪れる。
「少し、うるさいぞ。指示が、通らん。」
天城が空に向かって銃を撃っていた。天城は端的に事実だけを目尻を釣り上げながら伝える。
「こいつは戦闘科だ。何があってもこいつが対処できる。だから慌てるな。」
実際には、何か起こったときに神崎が対処できるかどうかは分からない。だが、今この場でその事実までを告げてしまえば、この騒動は止められなくなるだろう。
そしてなにより、天城の目がそれ以上騒ぐようなら弾丸でぶち抜くぞと語っていた。天城本人にその気は全くなかったのだが、生来の目つきの悪さが、住人にとっては、恐怖に思えた。
「(・・・想像以上に静かになったな。滅茶苦茶怖がってるけど。銃を撃ったのはやりすぎか?)」
銃を撃たなくともこの結果になったかもしれない。と言うのは彼に伝えても認めてはくれないだろう。それどころか激高してより凶悪な顔になり、恐怖に陥れるだけだろうが、天城本人には今のところその自覚はない。
「そ、そうだ!皆!私は戦闘科に所属している!移動中に代行者が現れても私がなんとかしよう!だから今は私に付いて来てくれ!」
散々言い合っていた神崎すらも少し気圧されるほどの迫力ではあったが、天城に負けたくは無かったのか声を張り上げ住人の誘導を始めようとする。
そして、住人たちも戦闘科がいるならば少しは安心できるのか、ざわつきながらも神崎のもとに集まっていく。
その様子を見ながら、3人はこの様子なら大丈夫だろうと考え誘導を開始する。
だが、ある1人の女性だけは声を上げた。
「あ、あの!戦闘科に所属しているのなら、私の娘を探してもらえませんか!?6歳くらいの茶色い髪を左右に纏めた女の子なんです!」
続きは明日。