表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で人生やり直します ~ 死にたがりの世界救済 ~  作者: 落伍者
僕は世界を救うために死ぬことにした
7/9

変性意識

少しグロテスクな表現があります。ご注意ください。

 暗闇の中でトールが言った。

「今、お前の頭に大きな穴が空いた」

「その穴から記憶がどんどん流れ込んでくるだろう」

「混乱するだろう。だがまぁ……仕方のねぇことだ。気をしっかり持っとけよ」




 目が覚めると、ベッドに寝かされていた。

 脳が痺れるようで、まともにものを考えられなかった。時間が伸び縮みするような感覚。時間の経過が正常に理解できている気がしない。


「ぎぎぎ」


 僕は唸った。それで、時間が動いていることはわかった。視界は暗い。おそらくは、夜なのだろう。


「コーキくんは、頭がいいわねぇ」


 誰かの声が聞こえた。幼いころはよく褒められたものだ。僕は頭が良かった。学校の成績も常にトップ5には入っていたと思う。自慢の息子だと言われた。嬉しかった。

 誰に?

 わからない。

 だから、当たり前のように大学に進学して、当たり前のように会社に入って、当たり前のように結婚して。そうなるのだろうと昔から思って疑わなかった。疑問の余地なんて、なかったんだ。

 そんな僕の人生がおかしくなったのは高校の時でした。

 クラスでひどいいじめにあったんです。


理由 >> 不明


 小利口で鼻っ柱が高かったからでしょう。あるいは僕が疎ましかったんだろうか。

 一番覚えているのは毛虫を食わされたことだ。羽交い締めにされて、無理矢理口を開けさせられて、うねうね動く毛虫を口に放り込まれた。そして、口にガムテープをはられた。仕方なく、僕は毛虫を飲み込んだ。


 毛虫:次の日から僕は毛虫と呼ばれるようになりました。


 僕の背中は蹴り放題でしたお得。

 僕の机がトイレにありました。

 僕のかばんを焼却炉で焼かれました。

 全裸にされて、公園のトイレに放置されたことだってある。

 残念!僕はこわれてしまった!




「ぐぎぎ」


 奥歯を噛みしめる。強く。強く。

 思い出したくない記憶が流れ込んでくるにつれて頭のタガがはずれかけてきていた。

 おかしくなる。おかしくなる。

 いや、もうなっているのか?

 必死に正気を保とうとする。

 保てますか?

 どうでしょう?

 がぎんと、頭のなかで歯車がずれるような衝撃が走る。走りました。走りましたと思いました思います。

 それは痛いです。

 と思いました。です。




 部屋にひきこもるようになった。


「少し休むだけだから」


 僕は言い訳した。

 家族は悲しそうだったが、学校で何かひどいことがあったことを誰かから聞いた様子で、無理矢理連れだそうとはしなかった。


 17歳という貴重な時間を、僕は引きこもって過ごした。もっぱら当時はやっていたオンラインRPGをやりこんだ。時間はくさるほどあった。


 18歳という貴重な時間を、僕は引きこもって過ごした。もっぱらネカマプレイをして、チャHしたがる童貞キモオタ共を嘲って過ごした。僕はボトラーです(笑)


 2年も引きこもるともはや外に出れなくなった。失ってしまった時間。その取り返しのつかない大きさに直面するのが怖かった。

 いつのまにか、僕は20歳になっていた。

 嫌な記憶:1月10日。ドアの前に「成人式おめでとう!」という置き手紙と共に缶ビールが置かれていた。

 初めて飲んだビールは苦くて苦くて、死のうと思った。死を決意した。




 幼いころ、お父さんと美術館に行った。マグリットの大家族という絵を見た。荒れた暗い海に青空の鳥が飛んでいる絵だ。とても美しいと思った。

 帰り道、コーキは頭がいいなぁとお父さんは僕をほめてくれた。

 腐り落ちた豚の臓物を塗りたくったような、とても綺麗な夕焼け空の下でした。

 ガラス片を食んだ父が言う。


(コーキくん、アイスを食べて帰ろうか)←テレパシー


 僕は頷いてとうさんの手をとったけどてがぽろりともげた。




 毛虫ながもぞもぞ動きます

 僕の口の中で動きます

 僕は奥歯で毛虫を噛みました

 苦い汁がこぼれます

 とてもおいしかったです

 おなかでもぞもぞ動きます

 けむしがもぞもぞうごきます





「……コーキ様、大丈夫ですか?」


 暗闇の中、アンナさんが心配そうな顔で僕を見ていた。


「スープ、飲めますか?」


 僕は盆を持つとアンナさんの腕を握った。どうしようもなく人恋しかった。


「……コーキ様?」


 強く腕を引いて、アンナさんをベッドに押し倒した。

 器が地面に落ちてばりんと割れる。

 僕は言った。


「おおおおしろいと、ああ汗のいりまっじじじたいいいにおいがががが」


 アンナさんが息を飲むのが分かる。


「……コーキ様、どうしたんですか?」


「おおおおしろいといいいにおいがががが、ふくよかな身体」


 アンナさんの肉付きのいい体を見る。うまそうだ。

 股間が痛いくらいに固く怒張している。右手でアンナさんの胸をぎゅっと握りしめる。


「ややややあわらかあいいい」


 アンナさんがひぃと悲鳴をあげる。

 そうだ、裸に剥いてチャHしよう。

 おっぱいを吸って、赤子のように。


 お母さん。


 不意に、意識が鮮明になる。

 アンナさんから飛び退く。

 どたりとベッドから落下する。


「お母さんの記憶を汚すなぁっ!!(心の叫び)」


(魂の悲鳴)


 魂の悲鳴(笑)


 アンナさんは逃げて行きました。




 冷たい床で、俄に冷静になる。

 でも、無理でした。




 22歳まで、毎晩深夜になると近くのマンションの屋上に登って死のうとした。

 もう終わりにしようとした。

 もう、生きている資格なんてないと思ったんだ。

 やり直せない。

 もう無理だと思ったんだ。

 でも、怖くて。どうしようもなく怖くて。飛べなかった。


 飛べなかった(笑)



(ぼく)   <<<<<<(越えられない壁)<<<<< (お父さん)  <<<< (異貌の神)   <<<<  (毛虫) <<<<神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神





「……しょうがねぇなぁ、気づけよ。なんていうかなぁ、位相がずれてるんだよ、チャンネルっつうか、わかんねぇかなあ」


 いつのまにか、トールが倒れる僕をのぞきこんでいた。


「……毛虫」


 と僕は言った。


「僕は毛虫なんです。僕を汚さないでください。綺麗だった記憶が痛いんです。じくじく血がにじむんです。きれいだったものがこわれるのが痛いんです。とてもとても、悲しい。きっと悲しかったんだと思います。思いました。とても楽しいいちにちでした」


「……それでいいのかよ、お前」


「とても素晴らしい人生だったと思います。それで終わりにしたいんです」


「終われりゃ楽だよな。でも、無理なんだよ、分かれよ、正気に戻れよ」


 トールは嘆息して、がしがしと頭をかいた。


「わからねぇかなぁ、狂気と正気の差なんてのは紙一重なんだよ。誰でも越えちまうものなんだよ。お前はずれちまっただけなんだよ、分かれよ。大丈夫だ、安心しろ」


「うつくしいいいいちちちにちでした」


「……仕方ねぇなぁ、ちょっと痛いぞ」


 トールは金属の杭のようなものを取り出して、僕の腕に突き刺した。




血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血                    血血  血

血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血

血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血

(傷口)血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血       血

血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血         血

血血血血血血血血血血血血血血血

血血血血血血血




「ひぎぃっ!痛いと思いました!」


「特別製だ。注射器みてぇに中に空洞が空いててな、動脈に刺したから、刺してる間、血が抜け続けるんだよ。本来は拷問とかに使うんだけどな、まぁお前にとっちゃ今のほうが拷問だろ」


 そう言ってトールは笑った。なぜだか、その笑みはとても悲しそうに見えた。


「少し、落ち着けよ」


「……いい痛みは快楽ですか?」


「そうだな」


「こどどどものころろ、でで電車が好きでした」


「俺も好きだったよ、がたんごとんてな」


「でででんしゃが、すすきでした」


「そうか、すすきだったんだな、知らなかったよ」


「……キハ」


「うん」


「ややや山手線に、電車が、通過します、ホームに」


「うん」


「がたんごとん」


「うん」


「がたたんご、とととととん」


「ずいぶん揺れてるな」


「ホームに、ででで電車が」


「うん」


「白線のうちががわまででで」


「うん」


「……」


「どうした。見えるか、電車が来るぞ」


「でで電車が」


「そうだよ、電車が来るぞ」


「みみ見えます」


「うん」


「でで電車がが」


「うん」


 電車が見えた気がした。

 幼いころ、ホームを駆け抜ける電車の風圧が面白くて、ぼくは通過する電車が来る度に、白線の外に出ようとしたんだ。でも、そのたびに、大きな手が僕の手を引っ張って、ぼくを引き寄せたんだ。

 電車が来る。

 電車が参ります。

 風圧が僕の身体をぶわりと震わせる。

 なぜだか、熱い涙がこぼれた。


「……僕は生きてていいんですか?」


「いいんだよ」


 とてもあたたかい、たくましい手がぼくの手をにぎった。


「生きていて、いいんだよ」

感想いただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ