召喚
久しぶりの執筆です。いろいろ実験になると思います。よろしくお願いします。
「 ――――――――――― 」
その言葉の意味はわからない。でもどうしてか、僕を呼んでいることはわかったんだ。どこかとても遠い場所から、誰かが呼んでいる。その声はとても小さく微かにしか聞こえなかったけれど、鮮烈な叫び声のように僕の心に響いた。声が聞こえるたびに、どくんどくんと心臓の鼓動が激しくなる。無視することはできなかった。答えなければいけないと思ったんだ。
―――― だから、僕は手をのばした。
胸の中に、冷たい水が満ちる音がする。
伸ばした手の先から、茫漠としていた意識がはっきりとしていく。息をしようとして、唇からごぽりと泡がもれ出る。
瞼を開けると、夜明け前のように仄暗い。全身に生ぬるい水の感覚。そこは水中のようだった僕は裸で、しかも全身に粘液のようなどろどろとしたものがまとわりついていた。息を吐き出した代わりに、水が口に流れ込んでくる。
(……息ができない)
でも、そのくせ、焦りはわいてこない。不思議と安堵すら覚えた。母胎の中で羊水に包まれている胎児のような気分。口に入ってきた水は少し甘いような塩辛いような。
(塩を入れたスポーツドリンクみたいな味だな)
そんなことを思う余裕さえあった。
光は頭上から差しこんでいるようだった。見上げると漠とした明かりに照らされた水面が見えた。僕はゆっくりと手をかいてそこを目指した。
泳ぐのはそう難しいことではなかったけど、明かりの差す水面は思いの他遠くて、浮かび上がるのに10メートルは泳いだと思う。やっとのことで水面から顔を出して水を吐きだす。そうして吸い込んだ空気は湿っていてどこか青臭かった。深く呼吸をすると、長く息を止めていたせいか、殴られたように頭が痛んだ。ひどく眩暈がして、危うく意識を手放しそうになる。
頭をおさえながらあたりを見渡すと、僕の浮かんでいる水面は苔生した鍾乳洞のようだった。10数メートル先に篝火のような光が見え、そこは岸になっているようだ。痛みを訴える頭をかかえて、僕はその光を目指した。
岸が近づくと水底に足が着くようになり、這うようにして地上に転び出る。やっとのことで地面に寝転ぶと、もう指一本動かせないほど身体が疲弊していた。仰向けになって見上げた先には、氷柱のように垂れる鍾乳石の群れが見えた。艶やかなそれはまるでとろけた蝋燭のようで、今にも落ちてきそうだった。
荒く息を繰り返す。頭の芯がずきんずきんと痛む。全身が泥のように重い。
(限界、だな……)
意識が薄れ、視界が狭まる。
「……すとるいむ、ふたぐん?」
不意に、鈴のなるような綺麗な声がして、少女の顔が見えた。
(あぁ……)
僕は少女に向かって、手を伸ばした。