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トナカイのタタカイ

作者: 青空白雲

 街は電飾で彩られ、特別に誂えられた巨大なもみの木にピカピカと光るイルミネーションが輝いている。歩く人々は明るく温かい表情をしているようにも見えた。

 そう、今日は誰もが心躍るクリスマスなのだ。

「お母さーん。可愛い服サンタさんプレゼントしてくれるかなー?」

「大丈夫よ。サンタさん来てくれるわよ」

 綺麗な洋服で着飾った女性とキラキラした笑顔で女性の手を握る小さな女の子。

 にこやかに二人はキラキラの街を歩いて行く。

 何かを見つけ、二人の顔が弾けた。スーツ姿の男性が二人に向かって手を振る。

 ただ幸せな空間だけが広がっていた……。


 サンタ協会日本支部、カスタマーセンター。

 赤い服を着た日本人男性――『日本サンタ』がイヤホンを耳に挿し込み怒声を上げていた。童顔でありながらも白い髭が蓄えられ、サンタらしさが垣間見える。

「ああ!? コイツ今日プレゼント変えてんじゃねえよ!」

 サンタがPCを操り、罵声を飛ばす。

「おい! Amaz○n在庫品切れだ!」

 Am○zonのタブを開きながら悲鳴を上げる。

「オイクソトナカイ! テメエ手止めてんじゃねえぞ!」

 隣にiP○dを手にしながら無言で佇むトナカイを睨みつける。

 どう見ても幸せの欠片もなかった。

 年度末のブラック会社のような忙しなさだった。

 しかしこれでもAmaz○nなどの到来によって業務の執行も楽になってきている。

 昔は職務放棄サンタ――通称サタン化が跋扈していたものだが、今はサタン率も一パーセントに満たない。

 トナカイがわなわなし始めているのを見てサンタが疑念の瞳を向ける。

「オイクソトナカイ?」

 トナカイの持つiP○dが蹄の形にヒビ割れていく。

『サンタさんにありがとーっておてがみかくー』

『そうねー。サンタさんも喜ぶわ』

 トナカイの耳元で流れる音声は幸せを凝固したようなものであった。

 トナカイふっと笑い、手に持ったiP○dを床に叩きつける。

「つーかドイツもコイツもオランダもサンタサンタって何だよ!? 俺が一番大変な役割負ってるからね!? 日本中を光速で駆け回ってんだぞ! もうやってらんねー!」

「オイクソトナカイ!」

 壁に立て掛けてあるソリをサンタにぶん投げると、大きな白い扉を蹴り飛ばして下界へと飛び降りた。


 綺麗な調べが部屋に響き渡る。

 指先が鍵盤を踊り、音が奏でられた。

「何度言ったら分かるんですの!」

 ヒステリックな声とともに綺麗な弧を描いたムチが指先を打った。

「ひゃあっ!」

 まだ一〇歳程の小さな少女がビクリと指先を引っ込める。

「またここで間違って! 全く……」

 ずり落ちてくる三角メガネを指先で元に戻すと、女性は溜息を付いた。

「ふん。今日はこれで終わりです。明日までにこの楽譜を全部覚えてくること」

 女性が近くの机に置いてあった山と積んでいる楽譜を叩く。

 少女は下を向きながら細々と言う。

「でも……明日は英語と算数と国語の宿題の期限で……」

「言い訳はなしっ! 時間は作るものです!」

 女性は少女のセリフを切って捨てて出て行った。

 少女はポケットからiPh○neを取り出すと、スケジュール管理アプリを開く。

 一週間ギッシリと予定が詰まっていた。

「……楽譜を覚えてくること……っと」

 一つ、また予定が増える。

 少女は楽譜の山を小さな身体に抱えると、よたよたと歩き出した。


 外は鋭く冷たい風が吹いている。

 刺すような感覚が頬に走り、とても寒い。

 テラスにある机に楽譜を置くと、電気を点けた。ぱちりと庭全体が明るく彩られる。

 少女は椅子に座り、庭の向こうを見た。

 綺麗にライトアップされた夜景がそこにはある。

 地上二〇〇メートルの庭。それが少女のお気に入りの場所だった。

 楽譜を開き、オタマジャクシを一心不乱に読み解いていく。

 と。

「トナカイ着地!」

 ストン、と。

 二段上の階段から飛び降りたような軽い音が少女の耳に届いた。

「へ?」

 オタマジャクシから目を離し、音のある方を見た。

 トナカイだった。誰がどう見てもトナカイだった。もさもさした毛皮に角。そして四足。言い逃れできないくらいにトナカイだった。

「トナ……っ!?」

 少女が引き攣った声を絞り出す。

 何で? 地上二〇〇メートルのこの場所に何がどうなればトナカイが現れるのか。

「ほー。お勉強ですか。あれか? クリスマス前だけいい子ちゃんになっちゃう的な? お前言っとくけど一年のダメさが一夜の良さで帳消しになるわけねえからなボケ。バーカバーカ!」

「喋……っ!? シャヴェッたアアああああああああああ!!!!!?」

 少女が混乱の極みに達したのか錯乱したような声を出した。

「そら喋るよ。俺クソサンタのトナカイだもん。魔法がかかってんだよ」

 トナカイがやれやれと首を振る。

 少女はバクバクと高鳴る心臓を押さえながら興奮を抑えこむ。

 そう、少女は生活上、感情のコントロールに長けていた。

「お前プレゼント何頼んだんだよ?」

「プ、プレゼント?」

 少女が首を傾げる。

 目の前のトナカイが何を言っているのか分からなかった。

 なぜ、誰からプレゼントを貰うのか。

「おいおいぶりっ子かよ。もうすぐクリスマスだぞ? そのお勉強だっていい子ちゃんアピールだろ?」

 トナカイはダラっと芝生の上におっさんのように寝転がると、半目になって言う。

「サンタ楽しみかサンタ。はっ、なーにがサンタだよ。あんなオッサン。JKとパパの関係みたいなもんだからねアレ。殆ど公序良俗違反に触れてるからな! あーくそカッコつけて付けてる付け髭バレろ!」

 芝生を食べ始めるトナカイ。

「えーっと……サンタって誰なの?」

 少女が首を傾げて言った。

「あん? サンタ知らねえの? 一二月二四日から一二月二五日までの間の夜に子供たちの枕元にプレゼントを置いていくっていう童顔を気にしてて子供たちのイメージを守るために付け髭して、しかもそれが格好いいとか思っちゃってるダサいオッサンだよ」

「不法侵入罪で逮捕される……と思うけど」

 少女の疑問にトナカイは吹き出した。

「確かにそうだな。但し、サンタは世界で認可を貰ってる。子供たちに笑顔をもたらすために、な」

「子供たち全員に? そんなの物理的に不可能」

 少女が呆れたように言うのを見てトナカイがニヒルに笑った。

「オイオイ、ただの糞ガキが世の中分かったような口聞くじゃねえか。世界にはな――とんでもない奇跡の魔法があるんだぜ。例えば喋って光速移動するトナカイとかな」

「物体が光速移動したら世界は大迷惑」

「……そこも魔法で云々かんぬんあるんだよ。うっせーな。大体世界は俺達のお陰で幸せなんだぜ? クリスマスってすげー綺麗だろ?」

 トナカイが庭から見下ろせる夜景を蹄で差した。

「綺麗? ……あ、本当だ」

「だろ? これは俺達が頑張ってるからだ。……ああいや、俺達じゃなくて俺がだな。主に。アイツはソリ乗って「メリークリスマース!」って言うのと子供の寝顔見てニヤニヤするだけだからな。死ね! ま、だから逃げてやったんだがな。一人だけ人気を独り占めしてるくせに仕事は俺の半分ときたもんだ」

 トナカイが不愉快そうな表情をして暴言を吐く。

 少女は呆然と夜景を見下ろし、やがて表情を歪めた。

 綺麗な瞳からポロポロと涙を零し、嗚咽をあげる。

「お、おい? な、何で泣いてんだ? あ、もしかしてさっきの怖かったか? あれ違うから! 俺なりのサンタへのラブコールっていうかさ! 何百年一緒に居るのに仲悪いとかあり得ないからね! 木漏れ日の中歩く老夫婦よりも仲良いからね」

 焦りながら少女へと言い訳するトナカイ。しかし、少女は首を振るのみである。

「えーっと、あ、そうだ。トナカイの一発芸しまーす!」

 四足で立つと、草をもしゃもしゃ食べて一言、「メエー」と鳴いた。

「シカの真似! 俺トナカイなのに! うははははは!」

「それヤギだよぅ……」

 泣きながらも律儀に指摘する少女。

 トナカイは何となく泣きたくなった。

 少女はぐっと鼻水を啜り、瞳から溢れる涙を拭い、唇を噛み締める。

「泣いてごめんなさい……」

「いや……別に良いけど何で泣いたんだよ?」

「私、ここの夜景が好きだったの。綺麗でキラキラしてて、皆自由で楽しそうで」

「ああ、こいつら幸せそうだよな。俺のクリスマスは不幸で不自由極まりねえってのに」

 トナカイが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて唾を吐いた。

「そんなことないと思うよ。クリスマスの話をするときのトナカイさん、嬉しそうだもん。それに……逃げることができるなんて凄く自由だよ」

 少女の純粋な言葉にトナカイは居心地悪そうに毛をふりふりと揺らす。

 少女が悲しげに顔を伏せる。

「お前、そんなに不自由なのか?」

「これ、見て」

 ポケットから取り出されたiPh○ne。開いているのはスケジュール管理アプリだった。

 トナカイの目が点になる。

 にんじん詰め放題のビニール袋よりもパンパンだった。

「授業にお稽古事に……ってパーティー?」

「うん。私、三田財閥の一人娘だから。パーティーにも行かなきゃいけないし、恥ずかしくない娘にならないといけないからっていっぱい色々させられて……。休憩時間や寝る前にはここに来るの」

 訥々と少女は胸の内を吐き出すように喋る。

「ここからの景色を見たら少しは元気になれたのに……いつの間にか景色を見るのを忘れてたの」

 少女が自虐的に微笑む。

「おかしいよね。今でも好きなのに。言われて景色の変化に気づくなんて。まともに見てないことに気づくなんて……」

 殆ど泣き出しそうな感情を押し殺しながら少女は言う。

「私は……トナカイさんみたいに自由になりたいよ……っ!」

 トナカイに全てを曝け出した。

 ずっと胸の内にしまい込んでいた思いを暴露したのだろう。

 トナカイはかけるべき言葉が思いつかず、けれど何かを喋ろうとして――

「お嬢様。ここにお出ででしたのですね」

 扉が開かれた。

 メイドが庭へと足を踏み入れて、驚いたように息を呑んだ。トナカイに気づいたのだ。

「トナカイ? まさかと思いますが、サンタの使いですか? でしたら申し訳ありませんが三田家はサンタを必要としていませんので。失礼します」

 メイドが少女の腕を掴む。

 少女は暗い絶望に叩き落とされたかのような陰鬱な表情をしていた。

 クリスマスに子供がしていい表情ではない。いや、クリスマスではなくとも、だ。

「オイ、ふざけてんじゃねえぞクソメイド。テメエら大人の都合なんざこっちは死ぬほどどうでも良いんだよ。俺はな――俺達はな、ガキが必要としてくれれば光速で駆けつける。そういう存在なんだよ」

「この三田家を敵に回す……ということでよろしいのですか?」

 メイドが威圧的にトナカイを見下す。

「だ、ダメ! 私のために三田家を敵に回すなんて――」

 少女が叫ぶ。

 だが、トナカイに止まる気はない。

「三田家? はっ。知ったことかよ。コイツの為なら世界すら敵に回してやる」

「そうですか……では、これで」

 少女は複雑そうな表情をしながらメイドに手を引かれて部屋の中へと帰って行った。


 トナカイはサンタ協会日本支部に戻ると、サンタを蹴り飛ばした。

「ごべらあぁつ!?」

 赤いきつねでお馴染みのカップうどんと共にサンタが吹き飛ぶ。

 恨みがましくトナカイを睨むサンタに言う。

「プレゼント贈ってねえ奴が居るだろ? 三田財閥の娘だよ。アイツに十年分のプレゼント、渡しに行くぞ」

「三田財閥? んなもんサンタリストには載ってねえぞ」

 サンタの発言にトナカイは驚愕した。あの子供が幻想だったなんてあり得ない。

「でも確かに見たんだ」

「わかってる。お前が間違う訳がない。……単純にサンタ協会が俺達に言わなかったってところだろう。三田家は多額の寄付をしてるっつー話だからな」

「それで情報を意図的にシャットアウトした?」

「ま、そんなところか。これプレゼントやっちまうとサンタ協会から睨まれるかもなー」

 サンタがアクビをしながら言う。

「それでも俺達のやることは決まってる。……そうだろ?」

「当たり前だ。……で、プレゼントは何が良いって?」

 一人と一頭はお互いに笑みを浮かべた。

「……」

 つい、とトナカイが笑みを浮かべたまま視線を逸らす。

「オイクソトナカイ」


 三田家は東京ドーム五個分にも及ぶ膨大な敷地を主な家として所有している。

 警備システムは万全であり、空から降ってくる等という滅茶苦茶なことをしなければどこかの警備網に引っかかる。

 引っかかれば常駐している警備員約二〇名が動員され、哀れな侵入者を引っ捕らえることだろう。

 そんな要塞のような三田家は蜂の巣を突付いたような騒がしさに包まれていた。

「サンタの襲撃に備えろ! ヘリを回せ!」

 サンタ警戒網を敷いていた。

 空からの侵入を防ぐためにヘリや飛行船を飛ばし、狙撃手が乗り込んでいる。

 地上もぐるりと警備員が囲み、猫の子一匹通れることはない。

 大きな玄関前に立っている七人の警備員のうち一人がばたりと倒れた。

 緊張が熱波のようにその場を支配する。

「サンタの襲撃か……っ!?」

 警備員の一人が叫び、視界に赤が現れた。

 まるで彗星のように動く赤の人影が警備員に触れる。糸が切れた人形のように警備員が倒れていく。

 たった一人取り残された警備員は知覚するので精一杯で動くことすらできなかった。

 そんな警備員の背中にトナカイが忍び寄って蹴り飛ばした。

 サンタは玄関に設置されている監視カメラを見て、首をすくめる。

 監視カメラにはサンタの衣装にサンタの持つ大きな白い袋、そしてトナカイとソリが映っていることだろう。

「さーて、サンタっぽくねえが正面突破しかねえな」

 サンタが拳を振るって重厚な扉をぶち壊した。

 トナカイのソリに乗り込むと、号令をかける。

「さあ行くぞ!」

「落とされんなよ!」

 トナカイが光速で家へと突入した。

 それから先はサンタとトナカイの無双だった。

 警備員は全てサンタとトナカイに触れることもできずに倒れていく。

 三田家当主である少女の父と母がイヤホンから現在の状況を報告されていた。

『サンタとトナカイが部隊の半数を壊滅! 全滅は時間の問題かと思われます……っ! ぐがっ!?』

 最後の奇声と共に通信が途絶えた。

「くそっ! ジジイと動物程度に苦戦してるだと!? あの役立たず共め!」

 イヤホンを地面へと叩きつける父。

 部屋の壁に備え付けられている銃を決心したように見ると引っ掴んだ。

「娘に悪影響は与えさせん……っ! お前も持て!」

「ええ」

 母は頷き、胸ポケットに仕舞い込んでいる拳銃を抜き放つ。二人は娘の部屋へと駆けて行く。

 同時刻、サンタとトナカイに既に敵は居なかった。

 全ての警備員を打ち倒し、隊長と思しき人のデバイスを奪い取って娘の部屋を検索していた。

「つーか広すぎだろ。意味あんのかこの広さにする意味がさあ!」

 サンタがぶつくさと文句を言いながらデバイスを操作していく。

「俺達みたいに六畳一間は狭すぎると思うけどな」

「うるせえよ! 俺だって常々思ってるっつーの! お、ヒットした。こっから真上に三十メートル、右折して五〇メートル先が娘の部屋だ」

「普通の家に右折して五〇メートルとか出ねえよ。まあ良いや。光速に多少の距離は関係ねえ。行くぞ」

 トナカイがソリを引っ張り、すぐさま消えた。

 父と母が銃を手にして娘の部屋に待機して気配を察知しようと気を張っていると――瞬間移動のように目の前にソリを引くトナカイと白い袋を持ったサンタが現れた。

「何……!?」

 父が銃を発砲し、それに追従するように母も発砲するがサンタは倒れない。

「銃弾程度でクリスマスのサンタが倒れるとでも?」

 見せつけるように拳を掲げる。拳を開けた。パラパラと落ちる銃弾。

「さ、退いて貰おうか?」

 父と母があまりにデタラメな状況に唖然とする。

 やがて父が激昂した。

「何で、だ……! サンタ協会には多額の寄付を支払っている! もう寄付は打ち切るぞ!」

「勝手に打ち切れよ。テメエらの汚え都合なんざ知ったことじゃねえ。今まさに、涙で笑顔が見えねえガキが居るんだ。だったら何を犠牲にしてでも涙を拭う! それがサンタとトナカイの仕事なんだよ!」

 サンタが自身の仕事の矜持を叫ぶ。

 トナカイとどれだけ仲が悪かろうが仕事中の愚痴が凄かろうがそれだけはトナカイと同じく変わってはいけない信念なのだ。

 それを分からない父が更に口を開く。

「三田家の凄さをお前らは分かってない! たった一人の子供なんだ! あの子が次の世代のトップに立つ! サンタ風情のせいで一日を潰して良い訳がない! あの子は厳しく育てる! それが三田家のためなんだ!」

「そうよ! 私達の子供に産まれたからにはトップに立つ努力をして当たり前――えぐあっ!?」

 サンタが一気に二人との距離を詰めて、片手で首を締めた。

 父と母が呼吸困難に陥り、両手を使ってサンタの片腕を外そうとするが意味はない。岩のように腕は動かず、万力のように首を締め上げていく。

「テメエらがどんな教育論を語ろうが自由だが……」

「ちょっと袋貰うぞ。俺が届けてくる」

 トナカイが角を使って器用に袋を持ち上げると、部屋へと続くドアを体当たりで開ける。

 父と母を締め上げながらサンタは睨みを効かせ、言う。

 トナカイは無力に泣きじゃくる少女を優しく見て、言う。

『クリスマスに泣いていいガキは居ねえんだよ』

 父と母は泡を吹いて意識を失い、少女は涙を空に散らしながらトナカイへと駆けて行く。


 少女へのプレゼントはコートだった。

 部屋の中でコートを羽織った少女は晴れやかな笑顔を浮かべる。

「ありがとうサンタさん!」

「いやいや別に良いよ。こっちこそずっと忘れててごめんな?」

 サンタが快活な笑顔を浮かべて言う。

 トナカイはふんと鼻を鳴らす。

 少女はトナカイの前に出ると、くるっとターンして照れながら首を傾げる。

「どう? 似合ってる、かな?」

「あーまあ、似合ってんじゃねえの」

 ぶっきらぼうに感想を述べるトナカイに向かって少女が笑う。

「トナカイさんもありがとう。こんな素敵な服をプレゼントしてくれて」

 トナカイは呆然としたような表情から、ほんの少し笑みのようなモノを浮かべた。

「別にお前はそれ以上の服を着てるだろ。メインのプレゼントはそんなんじゃねえぞ」

 トナカイは少女を角で掬い上げ、上を向いた。少女は重力に押され、滑り台のようにトナカイの背中を転げ落ちていく。

「ひゃうっ!?」

 少女はソリの上、プレゼントを詰め込んでいる袋の上に着地した。

 袋はプレゼントが入っている筈にも関わらず綿のように柔らかかった。実は少女は知らないがサンタの袋は四次元ポケ○トなのだ。

「……え? どういうことなの?」

「お前、自由が欲しいって言ってただろ?」

 トナカイが言う。

「たった一夜だけだけどさ、自由をプレゼントしてやるよ。外は部屋着じゃ寒いだろ?」

 少女はぐっと感情の渦を飲み込むような仕草を見せた。

「本当に、二人ともありがとう!」

 部屋の窓から少女を乗せたソリが飛び出す。

 少女はその日、一着のコートと一夜だけの自由を手に入れたのでした。

『メリークリスマス!』

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