原稿
「雨宮君、今日部活オフだから、一緒に帰らない?」
その日の放課後、ホームルームが終わってすぐ、僕は、同じクラスメイトである、女子の九重彩羽に、一緒に帰ろうと誘われた。
「一緒に!?え……ああ、いいよ!」
九重は、ウチのクラスの中では可愛く、付き合いたい女子ナンバーワンと、評判のある女子である。そんな子から、一緒に帰ろうって言われるとは、物語的な展開! 即、帰路を共にすることをオーケーした。
高校に入学した時の僕は、かなり内気で、友達がなかなかできず焦っていた。そんな僕に、一番最初に優しく声をかけてくれたのが九重だったのだ。それ以来、お互いインドア派で、気軽に話せる仲になった友達である。彼女のいない僕にとっては、女子から一緒に帰ろうと誘われたことは、夢にも思わなかった。
その日の帰路、僕は胸を弾ませながら、九重と並んで最寄り駅までの道(お互い電車通学である)を歩いていた。学校を出て、しばらくは、適当な話題でおしゃべりをしていた。しかし、途中で、
「ねえ、雨宮君ってさ、推理小説が好きなんだっけ?」
と訊いてきた。
「うん。よく読んでるよ。面白いからね。」
僕は読書を趣味としているが、特に推理小説は多く読んでいる。夢はもちろん、世界的に著名な推理作家になることだ。
「あのさぁ、ちょっと相談があるんだけど……いい?」
相談?
「え……あ、ああ、いいよ。お役に立てるなら!」
可愛い女子を前にしてるので、思わず上がって、時々言葉が途切れてしまう。その様子を見てか、面白いのだろうか、九重はクスクスと笑った。笑う姿に、僕の顔に赤色が広がりそうになる。九重は、「夕べのことなんだけど」というイントロで、話し始めた。
話の内容は、こうである。
九重には中学二年の弟(剣道部所属らしい)がいて、将来推理作家になることを目指して、今は推理小説を書いているのだという。その弟は、つい最近、原稿用紙五百枚の長編推理を書き上げた。姉の彩羽は読みたいと、彼女の弟に原稿を求めた。が、弟は「この部屋の中に隠してあるよ」と言い、勉強部屋の中を、彼女に原稿を探させたのである(彩羽曰く、弟君と彩羽の勉強部屋は同じ部屋である)。ところが、姉の彩羽は机の引き出し、ベッドの下、本棚、クローゼットやたんすの中等々、勉強部屋の中をよく探したのだが、見つからないと言う。原稿の在り処を、推理小説好きである僕にアドバイスしてほしい。
以上が、九重彩羽の相談である。話を聞き終わったとき、僕にはアイデアが、すぐに思いついた。その前に……
「九重、まず、勉強部屋にあるもの言ってみて。」
そう言われて、彼女は怪訝そうな顔をしたが、
「勉強部屋にあるもの?えーっと、そんなにたくさんのものはないな、むしろさっぱりとしてるかなぁ……まず弟と私のベッドでしょ。そしてたんすとクローゼットひとつずつに勉強机二台。本棚二つとローテーブル二台に……弟の竹刀に私が使ってるノーパソ……それだけかな。あとは、カーペットが三枚敷いてあるだけだよ。」
「ベッドの下、机の中と下、クローゼットとたんすの中と裏は探したんだったね。」
こくりと頷く。
「もしかしたら服の中に隠してあるんじゃないかと思って、服の中まで探したんだよ。一枚一枚。勉強部屋の中にある、全部の服の中探したんだけどさ……それでも見つからなくって……」
だろうな。僕はそう思った。そして……
「君が弟くんに、原稿を見せてといった前日、弟くんはもしかしたら寝不足じゃなかったかな?」
僕がそう訊くと、九重は目を大きく見開き、驚きの色を顔に示した。
「!?そうだけど……何で分かったの!?確かに、私に探させる前日は、少し寝不足だったみたいだけど……」
やっぱりそうか。
「九重、帰ったら、カーペットの裏を見ることをお勧めするよ。そして、弟くんか、君のベッドのマットレスの裏などなど。」
「え? え? 何で?」
「そこに原稿が隠されていると、僕は思うからだよ。」
当然の答を返した。すると、
「でも……カーペットとか、ベッドのマットレスの裏って……五百枚のような分厚い原稿は隠せないんじゃないの?」
「そう、そこなんだよ。それはね……」
九重が透き通るような目を輝かせている。なんか、探偵になったような気分で、超楽しい。
「九重は今まで、弟くんの書いた五百枚の原稿用紙は、五百枚全部が束になって隠してあると思い込んでたようだね。
ところが、五百枚が、一グループあたり十枚ほど、五十グループに分けられているとしたら、どうかな?一グループあたり十枚ほどの、厚さが薄い原稿用紙の束は、ベッドのマットレスの裏とか、カーペットの裏など、五百枚の束ではなかなか隠せないような場所に、敷き詰めるようにして隠してあると思うよ。」
九重が、「なぁるほど……」と、感心して何度も何度も頷いた。感心の対象が、弟くんの物品隠蔽能力ではなく、僕の推理だといいんだけど。
「でもさ、何で弟が寝不足なんてことが分かったの?」
当然、その質問は来ると思ってた。
「君は前に、自分と弟はベッドと勉強机は同じ部屋にあると言ってたね。君は、かなりのインドアだから、自分の部屋にいることが多いんじゃないかな?
弟くんは、いつかは姉の君に、ちょっとした遊びとして原稿用紙探しをしてもらおうと企画したんだと思う。ところが、さっきも言ったけど、君はインドア系だから自分の部屋にいることが多いので、なかなか、自分の部屋では隠す時間がなかったんだよ。
そこで、夜、君が寝る頃を見計らって、夜に、原稿用紙をいくつかに分けて隠したのさ。十枚束の五十グループを隠すんだから、ちょっと時間がかかったと思うよ。だから少し寝不足だったんだね。」
そう言った時、電車の発車時刻が近づいていることに気づき、お互い足を速めた。
その日の夜、夕食を終えて、自室でスマホでゲームをしていると、九重からメールが来た。見事、原稿のうち四十九グループが、ベッドのマットレスの裏や、自室のカーペットの裏、残りの一グループは、なんと、丸めて、竹刀の中に隠してあったという(竹刀の内部は空洞で、分解、組み立てが可能である)。
僕は、九重の感謝のメールに即返信した。
『よかったじゃん!今度、弟くんの小説を読んでみたいから、読み終わったら、僕にも読まして!』
プロの作家が書いたものでなくても、一般人の書いた小説の中には、書店に売っている小説よりも面白い小説が存在することがある。僕は、五百枚の原稿用紙を上手く隠した、九重弟くんの小説を、読みたくて読みたくてしょうがなかった。
―END
みなさん、いかがでしたでしょうか?多少、推理のための説明が不足しているところがあったかも知れませんが、そこは申し訳ありませんでした。
僕が推理ものを書くのは、今回が初めてです。今まで推理ものを読んだことがないという方、この作品はいかがでしたでしょうか。
次も、短編の推理小説を書いていきたいと思いますので、どうかご期待ください!