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第二話「旦那さ――げふんげふん。奥様にも困ったものです」

 その街で富士宮の名を知らない者はない。

 時の幕府の命により、不毛な土地の開墾を命ぜられた初代富士宮は、島国に似合わぬフロンティア精神を爆発させ、僅か一代にしてこの街を開発した。

 偉大なる領主となった富士宮は以来三〇〇年、街の名士の座に君臨し続け――そして現在、重化学工業地帯の地価代だけで小国をまかなえるほどの財があるとかないとか……。

 ちなみに文献を紐解けば、初代富士宮冬吉郎は大層な人格者であり、男女を問わず細やかな配慮を欠かさず、仁を以て人を生かす傑物であったという。


 さて、先祖代々富士宮の邸宅は街の中心からも離れた郊外の森の中に居を構えている。

 名実共に地元の『顔』となって以降、幾度となく街の中心へ住まいを移すよう勧められても、冬吉郎はいっさい譲らず、不便は楽しむべし、退屈を喜ぶべしと呵々大笑したらしい。

 俗世から切り離された深奥で世捨て人のように暮らす冬吉郎の姿を町人たちは「あれぞ統治者の自制也、天晴れかな我らが冬吉大将」――と崇め称えたが、果たしてそれが彼ら富士宮一族の秘密を守るためであったことを知るものは少ない。


 *


「相変わらず悪趣味な」

 街の中心を抜けること十数分。漆黒に彩られた深い森の中にぽっかりと切り取られた台地が現れた。

 麓を見下ろす形で作られたその洋館は外見そのまま鹿鳴館の洋装だった。

 今代の富士宮家当主の趣味一〇〇%で改築された屋敷は、森を威圧するようなけばけばしさを振りまいている。

 通学の便を考え、中学入学と同時に街に引っ越した悠と莉於にとっては、正直あまり寄りつきたくない場所であった。

 玄関ホールを抜け豪奢な作りの階段を登っていく悠。その少し後ろを音もなく、さりとてしずしずといった風情もなくついて歩く莉於。その姿は主人に付かず離れずのネコ科動物のようであった。

 富士宮家嫡子が生家に帰宅したというのに、正門からここまで出迎えは一切ない。

 悠には莉於以外の異性メイドが近づくことは厳禁とされているためだ。

 中庭はあちこちがライトアップされ、屋敷の中は落ち着いた色合いの間接照明に満たされている。

 チリひとつない小綺麗な廊下が延々と続いているのに家人の誰にも会わない。これではまるで――

「こうして無人の館を歩いてると、なんだか『バイオハザード』を思い出すよね」

 悠は無邪気に言いながら莉於の隣に並んだ。莉於は無表情に答える。

「では莉於はレベッカですか」

「僕にクリスは荷が勝ちすぎると思うんだ」

「そうですね、悠様は『プラント42』あたりがお似合いですね」

「クリーチャーのほうじゃないか! ――てか僕のどのへんが巨大植物に見えるわけ?」

「いつもオドオドしてて、性別があまり関係ないところですか」

「的確すぎて何も言えない……せめて人間にしてよ!」

「まさか――お世辞にも『ハンター』なんて大言壮語、莉於には言えません」

「ちょっと嬉しいかも――いや一応人型だけれど、でもどうして僕の例えがクリーチャー縛りなの!?」

「ちなみに莉於はクリーチャーなら『ワスプ』で結構です」

「自分だけ可愛いミツバチを名乗るなんてズルイよ――いたッ、何でお尻つねった!?」

「蜂の一刺しです」

「いや、つねったよねいま!?」

「蜂に刺されたらおしっこを掛けるといいそうですよ悠様」

「自分のお尻にどうやっておしっこ掛けるのさ!?」

「悠様のアクロバティックな超絶排尿技巧を駆使すれば容易いはずです」

「無理無理、そんなのできないから!」

「ではどうして莉於は天井をモップで掃除するハメになったのでしょう?」

「ごめんなさいって言ってるのにぃ……!」

 えぐえぐと悠は再び涙目になった。本人をして天井に引っかけたことは『魔が差した』としか言いようのない奇っ怪な現象なのだった。

「ちなみに、蜂に刺されたら冷水で洗ってただちに病院に行きましょう。間違ってもおしっこをかけてはいけませんよ。細菌感染する恐れがありますので――」

 そんなやりとりをしているうち、洋館の最奥、富士宮家当主の部屋に到着する。

 一際華美な装飾を施された両開きの扉を莉於は最終決戦に望むジルのように開け放った。

「失礼します――奥様、悠様をお連れいたしました」

 一礼して部屋の主に報告する。だが執務机の向こう、椅子に座した人物はこちらに背もたれを向けたままだった。

(人を呼びつけておいて無視ですか――)

 莉於が無作法もじさない覚悟で詰め寄った時、椅子がくるりとこちらを向いた。

「残念。莉於、私だ」

きょうさま――しま、悠様――!」

「いやああああッ!」

 街中なら通報されること必至の――少女のような悲鳴が上がった。

「うーん、男子にあるまじき嬌声。日報の通り、ずっと女の子のままなのねえ――悠」

「母さん、耳、らめえ……!」

 そこには悠の身体を後ろから抱きかかえる小林○子もかくやと言った衣装のセレブが立っていた。

「奥様、そのように悠様をからかうのはお止めください」

 拳を強く握りながら莉於は最大の理性を動員して進言した。

「あら、これは親子の純然たるスキンシップよ莉於。いちメイドに過ぎないあなたごときに指図される謂われはなくてよ」

「莉於は悠様が生まれたときからメイドとして仕えることを本懐といたしております。宇宙の法則が乱れるまえにN○K多目的ホールにお帰り下さい」

「ほっほっほっほっほ」

「ふっふっふっふっふ」

 至近で顔をつきあわせたままお互い譲らない莉於とセレブ――悠の母である富士宮ヒロエ。

 ふたりの間に挟まれた悠は生きた心地がせず、涙目でもう一人の傍観者である――杏へと向ける。

 ふう、と普段の苦労がかいま見えるほどの深い溜息が漏れた。

「ヒロエさま、お戯れもその辺になさってください――莉於、我々も遊びで地球の裏側から駆けつけたのではない。わかってくれ」

 執務椅子から立ち上がり、そっとヒロエを奥へと促す杏。

 礼節、言葉遣い、立ち振る舞い――そのすべての所作が美しく、そして洗練されている。

 いまでこそ執事服に身を包んではいるが、杏はれっきとした女性である。

 この富士宮家では当主のヒロエに次ぐ発言力を有しており、奔放なヒロエのストッパー役として信頼の厚い麗人なのだった。

「あらやだいけない。ついつい愛しい我が子に夢中になってしまったわ。ごめんなさいね莉於」

「いえ、こちらもメイドの身分を越え出過ぎたマネをいたしました。お許し下さい

 ピシ――と、ものの例えでなく場が凍り付いた。悠は蒼白。杏は頭を抱えて天を仰いだ。

「誰が――だってええおいこらァ――素っ裸にしてニューヨークのスラムに放り出してやろうかRioォ!(ドドドドドドドド)」

 突如、バリトン声の濃ゆい顔になったヒロエは、聞くも無残な言葉を連発する。

「いだだだ、父さん、僕を抱えたままだから、締まってるから!」

「Yuuuぅぅ――貴様も言葉には気をつけろよ。お前を抱きしめているこの細腕が母の腕でなくて何だというのだ?(ゴゴゴゴゴゴゴゴ)」

「なら腕一本で僕をつり上げるのはのはやめてえ!」

 現富士宮家当主、富士宮ヒロエ。どこからどうみても若作りの奥様と言った風情だが、れっきとした美丈夫――男性である。

富士宮の血を引くヒロエもまた、かつて己の体質に苦悩し、波乱の青春を送ってきた。

性別に対する価値観が少しおかしくなっても仕方はないが――女装は本人の純然たる趣味であった。

 グダグダになりかけた場を治めたのは杏だった。一番の被害を被った悠は恨めしげな眼で莉於を見ていたが、本人はどこ吹く風だった。

「さて、本日呼び出したのは他でもないわ――あなたに訊きたいことがあるのよ悠」

 漆黒の森に抱かれた広大な庭園を窓向こうに背負い、ヒロエは先程までのどす声がウソのようなテノールで紡いだ。

「は、はい、母さん」

 ヒロエは長い睫毛をそっと伏せると、ため息に乗せて問いを投げた。

「あなたいま、好きな子はいるの?」

「はい?」

 どんな深刻な質問が飛び出すのかと身構えていた悠はカクン、と膝が抜ける思いだった。

「奥様、そういった類のお話でしたら――」

「違うわ莉於。私は大真面目よ。『本気』と書いて『マジ』よ。いつものからかいやおふざけじゃあ断じてないわ」

 自覚はあったのか……と悠と莉於は思ったものだが口に出すのはやめておいた。懸命だった。

「どうなのかしら、素直に答えなさい悠。虚偽や欺瞞は懲罰の対象よ。『微笑みデブ』のように精神を病むまで虐められたくなかったら正直に言いなさい」

「あ、あの僕、その――」

「悠様、自分の気持ちをただ正直に言えば大丈夫ですよ」

 戸惑う悠に杏が助け船を出す。全員の視線を受けながら悠はおずおずと答えた。

「いない、です」

「嘘ですね」

「莉於!?」

 しれっと否定する冷酷メイド。ヒロエはふうっと息を吐き、今度は莉於に質問する。

「本当なのかしら莉於?」

「少なくとも莉於の眼から見える範囲ですが」

「どうなの悠? その口から垂れる云々の間に『お母様大好き』って言わないと石けん入りのソックスで延々殴り続けることになるわよ?」

「そんな――『お母様大好き』、ちょっと待ってよ『お母様大好き』僕は――」

「悠様、話が進まないのでおやめ下さい」

 聞いてるこっちが面倒くさいのでやめろ、と莉於には聞こえた。この親子の独特のペースに周りは苦労のし通しなのだった。

「恐れながら奥様に申し上げます。少なくとも、悠様に気になる異性はいるはずです」

「莉於!?」

「ふむ。この場合、男の子か女の子かは訊かないほうがいいのかしらね」

「本人はまだ無自覚ですのでこの場ではご容赦を」

 僕のことなのに……。本人の目の前で本人を蚊帳の外にして好きな人談義ってイジメだよね、と悠は思った。

「無自覚ねえ。好いた惚れたに気付かないなんて、そんなことってあるのかしら。私だってあなたくらいの歳には恋のひとつやふたつ――みっつ、よっつ、いつつ……あったのにねえ」

 指折りながら在りし日を懐かしむように微笑むヒロエ。その隣で杏が死んだ魚のような眼で主を見ていた。――気付いた莉於だけがそっと黙祷を捧げるのだった。

「まあそれならそれでいいでしょう。悠、今日のお話はあなたの『元服の儀』のことについてなのよ」

「げ、元服? ――ってなに、莉於?」

「現在の成人は二十歳ですが平均寿命が短かった昔はもっと若い年齢で成人を迎えていました。莉於くらいの年頃なら嫁いで当たり前。子供のひとりも生んでいて当然の時代があったのです」

「そう、富士宮では初代当主冬吉郎様が元服した十五歳の誕生日に祝いをするのが慣わしとなっていますが、悠様の場合は重大な人生の分岐点となるでしょう」

 莉於のあとを継ぎ杏が続ける。ヒロエもいつになく真剣な目差しで悠に告げた。

「わかっていますね悠。富士宮家に生まれた嫡子に受け継がれる先天的な特殊体質――『雌雄共鳴体リバーシブルシンパシー』のことを」

「は、はい、好意を向けられた相手の性別に身体が共鳴してしまうことです」

 悠はことさら畏まって言った。物心ついたときから散々説明されていたことだった。

「その通り――男性に好意を向けられれば男性に。女性に好意を向けられれば女性へと性別が転換してしまうこの体質により、初代冬吉郎は男尊女卑が当たり前の時代に性別や身分を超えた徳を以て治世を敷き、民衆から絶大なる支持を得たと聞きます。以来、富士宮の血を引く者はすべからくこの体質に生まれ、向き合い、乗り越えることにより家名を継いできました。上に立つ者の資質を育てるこの宿命はまさに覇道の試練と知りなさい」

「わ、わかってるよ。子供頃からずっと聞かされてきたから」

「そうね、いまさらよねえ」

 ほほほ、と和やかに笑うヒロエ。釣られて悠も引きつった笑みを浮かべる。

「奥様」

 莉於は顔面にびっしりと脂汗を浮かべていた。

「どうしたの莉於、顔が真っ青だよ?」

 気付かない主に代わり、莉於は一番重要な質問をヒロエにぶつけた。

「このタイミングでそのお話をするということは――やはりそういうことでしょうか?」

「ええそうよ。悠、お誕生日おめでとう」

「気が早いよ母さん、僕の誕生日は来週じゃないか」

「そうねえ、来週よねえ」

「そうだよ」

 はっはっは――ほがらかに笑い合う親子。悠の顔面は土気色になった。

「来週?」

「あと一週間ですか――厳しいですね」

「僕――いま女の子だよ?」

「あら、娘ができるのね。母さん嬉しいわ」

「え、え、え――?」

 杏が咳払いしながら、一番重要にしてもっとも告げにくいことを言った。

「悠様の性別はお誕生日を迎えたその日に固定化なさいます。以後、異性からの好意によって性別が変化することは一切なくなります。自分の気持ちと正直に向き合って、その時を迎えてください」

「悠様!?」

 足下から崩れた主を莉於が抱きとめる。

軽い。こんなに小さな身体に数奇な運命を背負った少年――いまは少女。

誰かの支えなくしてはその運命に抗うことはおろか、事実と向き合うことすらできない。

「あと一週間しかないのに、僕は女の子のままで……そんな――そんなァ!」

 莉於の手を振り払い、悠は部屋を飛び出していく。

 後を追いそうになるのを莉於はぐっと堪えた。主に代わり、確かめなければならないことがあるからだ。

「奥様、悠様の性別が決定されるのは、誕生日が終わる深夜零時ということでよろしいですね?」

「ええ、多少の個人差はあるけれど、私のときはそうだったわ」

「もうひとつ――忘れていましたね?」

「ほほほほほっ」

「笑って誤魔化さないでください」

「莉於――あまりヒロエさまを責めないでくれ。本来ならそのときになるまで何も告げないのが代々からの因習となっているのだ。ヒロエさまの時などは当日まで伏せられていたほどだ」

「そうなの、先代は本当に嫌なひとだったわ。自分がした苦労を子供に押しつけて。普通逆よね。自分がした苦労は子供にさせたくないものなのに」

「奥様……」

 普段はどんなに『アレ』な人格でもやはり人の親か。一心に我が子を心配する父――もとい母の顔がそこにはあった。

「失礼」

 杏が衛生電話を取り出す。ちなみに着信音はアルハンブラ。繊細なギターの旋律が耳に心地よかった。

「了解した――朗報ですヒロエさま。旦那様・・・の目撃情報がありました。アゼルバイジャン共和国だそうです」

「旧ソ連――、ならば足は……わかってるわね?」

「既にレッドスターがこちらに向かっています」

 意味不明な会話に莉於が首を傾げていると、突然――ものすごい暴風が窓を叩いた。

 館の中庭に強行着陸するSu―47ビェールクト。手入れされた庭木や花壇がお盆をひっくり返したみたいにめちゃくちゃになった。

「莉於――くれぐれも悠を頼みます。あの子が後悔することのないよう、あらゆるサポートを――ひとりの母親としてお願いするわ」

 ヒロエは杏にお姫様だっこされながら優雅に扇子を傾ける。口元を隠す仕草は照れ隠しだと莉於にはわかった。

「万事、莉於にお任せ下さい。いってらっしゃいませ奥様」

 深々と頭を下げる莉於に頷くと、ヒロエは杏に抱えられたまま階下へと飛び降りた。

 正門までのプロムナードを滑走路にして漆黒のイヌワシは夜闇へとはばたいていく。

「そういえばあの戦闘機はひとり乗り――どうやって!?」

 慌ててベランダに駆けよるも、そこには荒れ果てた中庭を総出で片付けるメイドたちの姿があるだけだった。


 *


「悠様、失礼します」

 館の中にある悠の私室。

 莉於以外のメイドは決して近づかないその部屋に踏み入る――瞬間、莉於は押しつぶされそうなプレッシャーを感じた。

 百畳はくだらない広大な室内は――『男祭り』のまっただ中だった。

 壁はおろか天井にまで、古今東西、あらゆる男性キャラクター――屈強な身体と精神を誇る男たちのポスター、写真、切り抜きが所狭しと並べられていた。

 有名どころではケンシロウ、冴羽僚、DIO、孫悟空に始まる漫画のキャラクターから、シュワちゃん、スタローン、ジェット・リー、トニー・ジャーなどの肉体派俳優はもちろん、アンディフグ、アリスター、ムサシなどの格闘家で埋め尽くされている。

 悠は男になることを莉於を始めとした家族全員に公言している。

 それも『男の中の男』になることを目指しているのだ。

 だが悲しいかな本人は箸以上のものを持ったことがなく、背丈も低くて、顔立ちも中性的というか、女の子みたいな作りをしている。

 それでも男性への強い憧れは止むことなく、結果がこの部屋の有様なのだった。

「悠様」

 定期的に掃除にきている莉於でさえ未だ慣れないその部屋の真ん中、天涯付きのベッドにうつぶせになり、ぐずぐずと悠は泣いてた。

 クッションを「ぎゅう」っと抱きしめ、しゃくり上げるその姿は、やっぱり誰がどう見ても愛らしい女の子だった。

「莉於」

「はい、ここに」

 ベッドの縁に座り、そっと声をかける。怯えないように。壊れないように。

 伸ばしかけた莉於の手は、結局なにも掴むことなく静かに下ろされた。

「僕は――どうして女の子の身体のままなの?」

「それは――」

 どんなに情けない性格でも。どんなに見た目が貧弱そうでも。

 まず『冨士宮』であることが絶対なのだ。

 この街ではその名前は――あまりにも強すぎる。

 そして、悠の男の子とも女の子ともつかない容姿を好む学校の女子は多い。

 性別不明の顔――シャープで中世的な顔立ち。

 筋肉とは無縁のもやしのような身体――線が細く、よけいな贅肉のない綺麗な身体。

 いつもおどおどしてる臆病者――傷つきやすい繊細な性格。

 と――本人は否定したくてしょうがない要素も他者からすれば好かれる要因に変換されてしまう。

「どうして……僕はこんな自分が嫌いなのに……どうして……!」

 悠は自分の容姿が嫌いだった。

 こんな性別もハッキリしないどっちつかずの身体、本当は鏡にすら映したくない。

 だからこそ悠は、男の身体になって、自分の性別を自他共に認められるようになりたいのだ。

 男性的な肉体美は、そのためのわかりやすい記号に過ぎないのだった。

「奥様は言っていました、誕生日当日の日付が変わってしまえば性別が決まってしまうと。まだ一週間以上時間があります。悠様、こんなところでいじけている場合ではありません」

「でも、どうしたらいいのかわからない……僕にはわからないよ」

「では嫌われましょう」

「え?」

 莉於は悠のクッションを力いっぱい引ったくった。小柄な悠はくるんとベッドの上で仰向けになる。覆いかぶさるように莉於の眼が悠を見下ろしていた。無機質なはずのその瞳の奥に、静かな炎がくすぶっていることに果たして悠は気づいたどうか……。

「悠様、一週間の辛抱です。最低の『ゲス野郎』になってください」

「ええー……?」

 富士宮悠の性別が決定するまで、のこり七日と二時間半――


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