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第十三話「ダブルボケの元祖は――やすしきよし師匠だそうですが何か?」

 朝の冷え冷えとした湯殿で、悠は頭から熱いシャワーを浴びていた。

「悠様、熱すぎはしませんこと? 何もしなくて結構ですわよ、私が全部お世話をして差し上げますからね」

「お、おかまいなく……」

 エリカとふたりっきり。悠は申し訳ていどに股間をタオルで隠し、エリカはパスタオルを巻いただけの格好をしていた。


 猛烈な湯気の中、悠はちらりとエリカを見やる。

 結い上げられた髪。うなじから肩にかけてのなだらかなラインと、大きく露出する太ももはなかなかに肉感的であった。

「エ、エリカさん、こんなことなんかしたことないでしょう、無理しなくていいんだよ?」

「あら、無理なんかしてませんわ。いままで自分がメイドたちにされていたことを今度は自分がするだけですもの。習わぬ経を読むわけではありませんが、なかなか手慣れたものでしょう?」

「いや、そうじゃなくてね……」

 悠はもじもじと脚をすりあわせた。現在悠は紛れもなく女の子である。

 さっきまで――十志郎と一緒に寝ていたときは確かに男の身体だった。

 それがエリカとふたりっきりになった途端にこの有様である。

 落ち着かなくなってもしょうがないのだった。


「どうしました悠様、やっぱりお世話をするのが私ではおイヤですか?」

「ととと、とんでもありません。大変けっこうなお手前で恐縮ですはい」

 正直風呂の世話など莉於はしてくれたことがない。

 小さいころならいざしらず、小学校高学年に上がる頃には莉於と一緒にお風呂に入ることも、一緒に寝ることも、一緒にお手洗いに入ることもなくなった。

 雌雄共鳴体リバーシブル・シンパシーではあるが、悠のパーソナルは男性のそれをメインにしている。

 同級生の女の子――それもとびっきり美人の莉於やエリカとこの歳で一緒にお風呂はやはり恥ずかしいのだった。


「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。ではもっともっとサービスをしませんと」

 そう言うとエリカは結い上げた髪をふぁさっと解き、おもむろにタオルに手をかけた。

「ちょっと――そこでどうして脱ぐ必要があるのさ!」

「だって、このままでは洗いにくいんですもの。悠様のお背中を効率的に洗うためにはこんなタオルは取っ払ってしまわないと」

「エリカさん、両手以外のナニを使って僕の背中を洗うつもり!?」

「それはもちろん――十四年間、大切に大切に育み続けた大鳥エリカそのものですわ!」

「うわああっ!」

 悠は顔を両手で覆って必死に後ずさった。

「逃げられませんわよ悠様――このペントハウス、手狭ではありますが機能は充実しているのですわ。貯水タンクと浄化設備があるこの湯殿は緊急のシェルターになっていますの。セキュリティロックを解除しない限り出入りはできませんのよ?」

「そんなの初耳だよっ――僕を閉じこめてナニする気なのさ!?」

「それはもちろんふたりっきりでナニを……いやだ言わせないでくださいまし。さあ悠様お覚悟を――」

「いやあああ――……ってあ、あれ?」

 バスタオルの下は水着だった。豊葦原中学指定のスクール水着である。悠は思わずその場にへたり込んだ。

「機能性重視でまるで可愛くはありませんが、殿方はこういうものにグっときますのよね。私、昨夜大あわてで取り寄せましたのよ」

 かなり偏った知識である。おまけに悠にはそういうものに『グッ』と来る趣味はまるでない。だがそれに救われたのも事実だった。


「あ、はは、似合ってるね。エリカさん自身が華やかなひとだから、何だか見慣れた水着も新鮮に見えるよ」

「――っ!」

 そんな褒め言葉。だが本人は褒めている自覚などまるでない。エリカは顔を赤くしてモジモジと俯いた。

「エリカさん? どうしたの?」

「末恐ろしいですわ悠様。いまはまだ愛らしさのほうがお強いですが、これが年相応の凛々しさを身につけてしまえば、それはそれは大変なことになりましてよ。豊葦原市内の女子全員が悠様の寵愛欲しさに我先にと火中に飛び込んでいくことは間違いありません」

「はあ。なんだかよくわからないけどそうなのかな?」

「エリカはもう待ったり遠回りしたりはいたしません。失ったものを後悔するよりも、手に入れたものを誇りたいのです。何故なら、ようやく立場に依ることなく悠様のお側に居られるようになったんですから」

「えっと、うん、そうだね?」

「ねえ悠様」

 エリカはすすすっと膝をついたまま悠に近づいた。潤んだ瞳で見つめながら、真っ赤な舌で唇を濡らす。

「いま私が考えていること、おわかりになりまして?」

「えっと」

 悠を洗うという目的はとりあえず排水溝に流して、エリカは静かに眼を閉じた。

 祈るように手を合わせ、唇をそっと突き出す。

 鼓動が早い。それと同時に恐れもある。望みとは裏腹に、初めてとなる積極的なアプローチに全身が小さく震えていた。

(お父さま――エリカは大人になります)


 エリカの父――蓮太郎が本当に自分を勘当したわけでないことはすぐにわかった。

 エリカの私財や口座はそのままになっていたからだ。

 好きに生きなさいと言ったのは、エリカの背中を押すための言葉。ひとりの女の子として想いを遂げなさいという意味だった。

 悠の手がエリカの肩に触れる。ビクリと身体が跳ねる。エリカは覚悟を決めた。

 ああ――ついに殿方と初めての……あれ、いまの悠様は女性? まあどっちでも構いませんわ。男性でも女性でも悠様は悠様なのですから――、などと思った矢先だった。


「きゃっ、ななな何ですの!?」

 エリカは頭から熱いシャワーを浴びていた。

 ヘッドを握った悠がかいがいしく肩に背中にと湯をかけていく。

「あの、悠様……これは一体?」

「え、何だかエリカさん、震えてたみたいだから寒いのかなって」

 ニコっと無邪気な笑みを浮かべる悠。エリカは数瞬呆けたあとギラつく瞳で悠に迫った。

「ふっふっふ、さすがは悠様――燃えますわ。単純なアピールなど眼中にないと――やはり普通の殿方とは違い一筋縄ではいきませんわね!」

「これくらいどうってことないよ。エリカさんもメイドだなんだって堅苦しくなることないからね、自分の家みたいに楽にしててよ」

「もちろん、ただのメイド風情で終わるつもりはありませんわ。必ず悠様の一番星になってみせます!」

「そう? よかった」

 莉於つっこみがいないため、ボケっぱなしのふたりだった。それでもエリカは幸せそうなのだった。


「でも悠様、温まるのならふたり、一緒に湯船につかりませんこと?」

「いまは湯を落としてるし、それにその湯船には幽霊が出るんだ」

 耳を畳んだ子犬みたいに悠がしゅんっとなって言った。

「幽霊――ですか?」

「うん。実は一昨日、十志郎と一緒にお風呂に入っていたときなんだけど、莉於が――」

 悠の話を聞きながら、エリカは「そうでしたか」と呟き、先に湯殿を出て行く。

 ひとり残された悠はのんびりしすぎて遅刻寸前まで頭を洗うのだった。


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