七十四駅目 シャルロシティ
シャルロ領中心街シャルロシティ。
日本でいえば、県庁所在地にあたるようなこの町は今日も活気にあふれていた。
今、誠斗たちはシャルロ東街道を中央広場方面へと向かって歩いていた。
目的地は中央広場の近くにあるエルフ商会の本部。マーガレット曰く、下手にそこらへんの住民に聞くよりも知り合いに何か心当たりが何か聞く方が早いとのことだ。
それはもっともで自分たちで調査するにはあまりにも時間が足りないし、だからといってシャルロシティにいる知り合いはどの程度いるかと聞かれれば、エルフ商会の面々という答えしか返せない。
鉄道による利益を虎視眈々と狙ってるカシミアはあまり相手にしたくないのだが、背に腹は代えられないので彼女のところを訪ねることにしたのだ。
正直な話、マーガレットからすれば他にあてはあるようなのだが、カシミア以上に会いたくない相手である上にそもそも所在が不明のため、必ずしもシャルロシティにいるという保証はないそうだ。なのでそれはエルフ商会があてにならなかった場合の保険という立ち位置で落ち着いた。
結局、いくら聞いたところでその人物が誰なのか話すことはなかったのだが、不老不死の彼女のことだ。寿命が短い人間相手ならともかく、人間に比べてはるかに長寿な亜人相手ならかなり顔が利くだろうから、その中で何かあるということなのだろう。
そんな有効的であろう手段を知っていながらもできる限り行使したくないということは相当な面倒ごとがセットでついてくる可能性があるので、あまり無理に連れていくように要求しない方がいいと誠斗の中で何かが告げる。
ノノンもそのあたりのことは察しているのか、エルフ商会へ向かうという判断に対して特に何か意見するわけでもなく、好奇心で目を輝かせながら道端にあるモノを見て、あれは何かと尋ねてみたり、唐突に他愛のない雑談を振ってきたりするぐらいだ。
誠斗はゆっくりと首を動かしてノノンに視線を送る。
長い生涯の中で人間が作り上げた町というのにあまり入ったことのないであろうノノンは目を好奇心で輝かせ、すべてが新鮮に写っているようだ。
その姿は無邪気な子供そのものでとてもじゃないが、妖精たちを束ねているような存在には見えない。
もっとも、いつの世界においても世界の権力者が誰しもしっかりしているとは限らないし、普段の生活が少々子供ぽかったところで妖精をまとめているのは事実だろうから実力がないということはないだろう。
そんな彼女に関して、一つだけ言わせてもらえば少々距離が近いことが気になる。
理由はよくわからないが、ノノンは馬車に乗る間、誠斗にぴったりと体を寄せて座り、宿につけば夜になるまで誠斗の部屋に入り浸って話し込んでから男女別で部屋をとった関係で別部屋となっているマーガレットに引っ張られて部屋に戻る。
彼女は見た目が人間の子供並みなので誠斗からすれば少し遠い親戚の女の子が甘えてきているぐらいの感覚なのだが、相手はどう感じているのだろうか?
まぁもっとも、カノンやマノンを見る限り、妖精たちには見た目相応に子供っぽいところがあるように感じるのでもしかしたら、彼女からしても大した意味はないのかもしれない。
「ねぇマコト! あれは何!」
そんな風に考え事をしているさなか、唐突にノノンの声とともに服の袖がぐっと引っ張られるような感覚がした。
ノノンが見ている先を見つめてみると、そこにあったのは女性の石像だ。
長い髪をしている彼女は小さな生き物を抱いているように見える。
「あれは昔あったある事故の慰霊碑よ」
前で馬車を操るマーガレットが誠斗に代わり答える。
「慰霊碑って……あの石像の人の?」
「いえ、それは少し違うわ。あれはこの地域で信仰されている女神アルドンサ・マリ・モンテジョルの像よ。あの場で亡くなった人ではないわ」
「そうなんだ……」
誠斗は改めて女神の石像へと目を向ける。
よく見てみると、彼女は小動物とともに石板も抱えていて、そこには何やら文字が羅列されていることが遠目ながらに確認することができた。
馬車はそのまま止まることなく進んでいくので慰霊碑は徐々に見えなくなっていく。
マーガレットと似た水色の髪をした少女がその像の前に花を置いて手を合わせているのを目撃したのを最後に誠斗の視界から完全に慰霊碑が消える。
「あの慰霊碑って何の事故の慰霊碑なの?」
好奇心そのままにノノンが尋ねた。
マーガレットは苦虫を噛み潰したような渋い顔を浮かべると、ポツリとつぶやいた。
「……あの事件についてはあまり語りたくないの。ごめんなさいね」
「そうなの? なら仕方ないね」
それ以上、だれもあの女神像について言及はせずに気まずい沈黙が馬車の中を支配する。
そんな三人の状態に反して、馬車の外にある町は活気に満ちていて、その声がよく聞こえてくた。
商売をする者の声、走り回って遊ぶ子供たちの声、軒先で井戸端会議をする奥様方の笑い声……どれか一つなくなっても成立しないその活気は馬車の中にいてもひしひしと伝わってくる。
最近、よく考えることがある。
自分がもし、もともとのこの世界の住民だったらどうだっただろうかと……
おそらく、この世界のどこかの日常に組み込まれて、それが当たり前のように過ごしているのだろう。
それは幸福なことであり、同時に少しつまらないと感じるのかもしれない。
少なくとも、この世界の一般市民だったらマーガレットとは出会わなかっただろうし、出会ったとしても彼女とここまで深くかかわることはなかっただろう。
それ以上に妖精をはじめとした亜人には一生をかけても会えなかったかもしれない。
だったら、あの日。蒸気機関車を見に行かなかったらどうなっていたのだろうか?
そうしたら、きっと今日も当たり前のように学校に投稿して、家に帰って漫画を読んでとそんな風に過ごしていたのだろう。
最初、初めてこの世界に来てしまったときは先が不安でどうしようもなかったのだが、今となっては結果的にそれでよかったとすら思えてくる。
町の中でどうしてそんな風に思ったのか自分でもわからないが、ゆっくりと走る馬車から街並みをみつめていて、そんな風に考えていたのは事実だ。
「あっあれって……」
唐突に沈黙を破るようにしてノノンが口を開く。
「どうかしたの?」
彼女が見つめていた方を確認しながら誠斗が尋ねるが、ノノンは小さく首を横に振った。
「いえ、やっぱり何でもないわ。気のせいだったみたい」
「そうなの?」
「えぇ。だから気にしないで……それよりもさ! これから行くエルフ商会の本部ってどういうところなの?」
まるで何事もなかったかのようにノノンが質問をぶつける。
それをきっかけに馬車の中は再び騒がしくなり、先ほどまでのにぎやかさが戻ってきた。
ノノンがあれは何かこれは何かと尋ね続け、マーガレットと誠斗がそれに答えていく。
そんな三人をはたから見れば、二人の子供と優しい父親のようにも見ることができた。
「ねぇどんなところなの?」
「そうね……エルフ商会の建物は……」
ノノンの疑問にマーガレットが回答を提示し始める。
夕日が赤く町を照らす中、三人を乗せた馬車は町の中心部へとゆっくりと進んでいった。




