幕間 慣れない家探し(後編)
森の中にあるツリーハウスの前。
飛翔は必死に口元を抑えながらそこに立っていた。
本日二度目の恐怖のジェットコースター飛行はただでさえ乗り物酔いをしやすい傾向にある飛翔にとってはとどめの一撃となってしまった。
対して、飛翔を運んだ張本人はそんな飛翔の様子に気にかけることなく、笑顔で例の玄関扉の前に立っている。
「さてと……それじゃ早速、妖精の底力見せてあげちゃうね。そう。見せちゃう」
彼女はそういうと、小さく息を吐いてから勢いよくドアノブをつかんだ。
飛翔は先ほどと同様に彼女の手が何かしらの影響を受けるのではないかと思ったのだが、その予測は大きく外れ、ただただ扉同然に強い光を放つだけで彼女の手は無傷のように見える。
「えっどうなって……」
「静かにして。そう。静かに。集中してるから。そう。しちゃってるから」
「えっはい」
カノンにややきつい口調で注意されて飛翔は口を閉じる。
おそらく、失敗すれば先ほどのようなことになるということなのだろう。いや、あるいはもっとひどいことになるのかもしれない。
彼女自身がどう考えているかは知らないが、飛翔としては一瞬とはいえ、そんな状態になったカノンは見たくないのでおとなしくことのなりゆきを見守ることにする。
彼女はぶつぶつと口元で何かを唱えながらひたすら扉の取っ手を握り続ける。
「……構築完了。そう。完成! あとは大量の魔力を込めるだけ!」
カノンがそういうと、扉から魔力の暴風が吹きあがった。
飛翔はその勢いに飛ばされそうになるが、近くの丈夫そうな枝をつかんで何とか踏みとどまる。
「なにこれ!」
「扉に込められた魔法の魔力が抜けているのよ! そう。抜けちゃってるの! そのことぐらい理解しなさい! そう! 理解して!」
飛翔の言葉にカノンからほとんど絶叫に近い返答が返ってくる。
わずか数歩の差であるとはいえ、彼女は力の発生源にいるのだからその小さな体で受けている力の量は飛翔の比ではないだろう。
それから数十秒から数分の間、魔力の奔流は続き、ようやくそれが収まったころには周囲にあった様々なモノが吹き飛ばされて、その場の状況を一変させていた。
「なんだこれ……」
「まったく、いくら何でも魔力込めすぎでしょ。そう。やりすぎ……単純な魔法に見えてむちゃくちゃやってくれるね。ほんとに……」
カノンは悪態をつきながらも慎重に扉へと手を伸ばし、ゆっくりとドアノブを回す。
「……魔法だけじゃなくて物理的にも鍵がかけてある。そう。かけちゃってる……厳重すぎるよ。そう。厳重すぎ」
そういいながらカノンは懐から針金を取り出して、それを鍵穴に差し込む。
しばらく、カチャカチャという音がした後、今度はがちゃんというやや大きな音が鳴って扉が解放される。この間、わずか三十秒。
どうやら、妖精は手先も器用なようだ。
「さて、それじゃ中に入ろうか。うん。入っちゃおう!」
そのまま元気よくカノンが家の中に突入する。
飛翔もそれに続くような恰好で家の中へと足を踏み入れいた。
ツリーハウスの中は思ったよりも平凡で机が一つに椅子が四つ、小さな台所と小さな棚、おいてあるベッドは一つだけだ。
カノンが言っていたことが正しければ、この家に誠斗ともう一人魔法使いがこの家に住んでいるのだ。その割にはモノが少ないように感じるが、それに関しては家主が不必要なモノは持たない主義なのかもしれない。
「さてと……それじゃ早速目的のモノを探しますか……」
今回、この家に来たのは家探しが目的である。
当然ながら、家探しをするからには探すものがあるわけで、それについて飛翔は事前にメモを渡されていた。
そのメモの内容というのが非常にシンプルで“修理記録と呼ばれる書物の写しを回収してください”の一言で済まされている。
カレンいわくある可能性があるというだけでない可能性もあるのでなかったらなかったで気にしないでいいとのことだが、そういうふわふわした任務というのが一番困る。
意外と会談に時間を取られたため、適度に探してありませんでしたと報告するぐらいにした方がいいかもしれない。そもそも、整備記録と呼ばれる本がどんな本なのか知らないので探すのもかなり手間がかかるだろう。
そんなことを考えながら飛翔は机の上に置いてある本に目を落とす。
机の上に置いてあったのは“正しい薬草の調合の仕方”、“森に生える毒草、毒キノコの見分け方”、“正しいキノコの調理法”の三冊であり、特段関係があるようには見えない。
続いてベッドの近くにある扉の方へ向かい、それを開けるがその先にあるのは小さなベランダがあるだけでその先にあるのは小さな池だ。
先ほど、カノンに抱きかかえられてここに降りてきたときに池のそばに人工物があるように見えたのだが、どうやらそれは思い過ごしだったらしい。見たところそこにあるのはただの池とそれを取り囲む森だけだ。
「気のせいか?」
一瞬、カノンが何かを隠すために魔法を使った可能性も考えたが、あれほどの魔力の暴走が起こっていたのだ。いくら何でもそんな状況の中でほかの魔法を使えるとは思えない。
そもそも、こんな森の中に何かを作ろうなど常人の考えではない。この森を実質支配する妖精は基本的に自然は自然のままであることを尊重しているし、この家もきれいに森の中に溶け込んでいるから、あからさまに人工物があるなんてことはないだろう。
そんなことよりも早く目的物の収集、もしくはなかったと証明できる程度に家探しをしようと考え、飛翔は家の中に戻る。とは言ってもこの家の中で何かが隠せそうだとしたら、あとはベッドの下か台所のそばにある戸棚ぐらいだ。
そこを見てもなかったら、本はどこにもないということだろう。
そんなことを考えながら、飛翔は戸棚を開ける。
「えっなにこれ……」
「あーやっぱり、こうなっていたんだ。そう。こうなっちゃったんだ……」
飛翔が固まる横からカノンが戸棚の中を覗き込んで納得の声をあげる。
「空間魔法の類だね。うん。間違いない。込められた魔力の流れからして、空間はほぼ無制限に等しいね。そう。等しくなっちゃってる。ここからモノを探そうとしたら、逆に中に落ちて一生帰れなくなるかも。うん。なっちゃうかも」
彼女はさらりと恐ろしいことを言いながら真っ暗な戸棚の中を覗き込む。
戸棚の中はすべてを飲み込みそうな勢いの闇で埋め尽くされていて、とてもじゃないがその中を探す気にはなれない。
「これは……」
「捜索不可能だね。そう。無理。正しく魔力を注ぎ込みながら中を見ないとこっちが飲み込まれちゃう。そう。飲まれちゃう。ちゃんと術を編んだ人が使えばいいかもしれないけれど、そうじゃないと結構危険かもしれない。ううん。とっても危険」
彼女はそういいながら彼女はそばにあった果実を一つ手に取り、それを棚の中に放る。
彼女の手を離れたそれは重力に従い真っすぐと落ちていくかと思われたが、とどまることなく真っすぐと飛んで行った。
まるで重力の発生していない宇宙空間の様だ。いや、実際にこのの中は重力も空気もない宇宙空間に近いものなのかもしれない。
飛翔はごくりと生唾をのむ。
捜索不可能。その文字が頭の中をよぎる。
信じてもらえるかどうかは別として、これは本を探し出しだせなかったという結果に対して、十分な言い訳になるだろう。
そう考えた飛翔はカノンが元の体勢に戻ったのを確認した後に静かに戸棚を閉める。
「……そろそろ帰るよ」
「そう。まぁそうだよね……そうだ。最後に一つ言いたいことがあるんだ。うん。あるの!」
カノンはそういって、飛翔の前に立つ。
「……何かな?」
手紙のことに関する念押しだろうかという程度に考えていた飛翔が聞くと、カノンはこくんと首をかしげる。
「あなたは……どうして、翼下準備委員会にいるの? あなたにはもっと上を目指せる翼があるのにもかかわらず、そこに甘んじているの?」
「えっ?」
つい先ほどまでの少々ふざけているような口調がすっかりと抜けたカノンが飛翔に迫る。
あまりに唐突な展開に飛翔はついていけず、答えに詰まってしまう。
そもそも、飛翔が翼下準備委員会に属しているのは自らの命をカレンに助けられたからだ。そして、現状も魔力の供給をカレンに頼っている以上、彼女から離れるわけにはいかないから、今も組織にとどまっている。
頭の中でそこまで整理したうえで、答えようとした矢先、カノンが急にこちらに背を向けた。
「なんてね。冗談よ。そう。冗談。人の子の事情にいちいち首を突っ込んでいたら疲れちゃうわ。うん。疲れちゃう。ここは私が元通りに修復しておくからもう帰ってよ。そう。帰っちゃって」
カノンがこちらに背を向けたままそういうので飛翔は迷いながらも家の出口の方へと歩き出す。
先ほどのカノンの言葉の真意を聞き出したいところだったが、それをしていられるほどの時間的余裕はもう残されていなかった。
「じゃあね。今度はもっと違う形で会うことを期待しているよ」
カノンのそんな言葉を背に飛翔はツリーハウスを後にした。




