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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十一章
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幕間 慣れない家探し(前編)

 妖精が多く住むシャルロの森の南東に位置する池のそば。

 翼下準備委員会と呼ばれる組織に属する海原飛翔はその湖畔に立つツリーハウスを見上げていた。


 こんなところに住むなど相当物好きだと思うのだが、妖精にあいさつするついでにこの家を調べろと言う上の人間も相当物好きなのだろう。


 なかば、あきれたような感情をたもちながら飛翔はツリーハウスにつながる梯子を上り、扉に手を伸ばそうとしたちょうどそのとき、彼の背後から突然、声がかかった。


「やめておいた方がいいよ。うん。やめた方がいい」


 飛翔が振り返ると、そこには一人の幼女が立っていた。

 藍色の長髪とくりくりとした瞳が特徴の彼女は一見人間のように見えるが、背中から生えた蝶々を思わせる羽が彼女が人間ではない存在だと物語っている。


 妖精。


 そんな単語が頭の中をよぎる。

 この目で見るのは初めてだが、彼女の特徴からして妖精とみて間違いないだろう。


 いや、もう少し言えば事前に聞いていた大妖精のカノンの特徴に似ていなくもない。しかし、だからといって大妖精を取りまとめる彼女がこんな場所にいるわけないので気のせいなのかもしれないが……


 そんなことを考えている飛翔に対して、先ほどからずっと見つめられている形になる妖精の方は特に不快感を示すことはなく、飛翔の方へと飛んできて、彼のすぐ横に着地する。


「いや、私も入ろうとしたんだけど、侵入者撃退トラップに見事にしてやられちゃったの。そう。やられちゃった。あなた、ただの人間だから扉に手をかけたら死んじゃうかもね? そう。死んじゃう」


 彼女はかなり楽しげに笑いながら扉に触れたら死ぬと警告する。


「いやいや、死ぬって……家主自身が解除するの忘れたらどうするのさ?」

「大丈夫よ。そう。大丈夫。家主自身が死ぬような魔法を使うわけないよ。そう。そんなわけない。例外設定がしてあるの。うん。例外設定。だから、この家の住民がいくら触れても全然問題ないの。そう無問題」


 彼女はそういいながら飛翔を押しのけて扉に手をかける。

 その瞬間、扉が強い光を放ち、ドンという爆発音がなる。


「ほら、この通り。そう。こんな具合」


 彼女は爆発でボロボロになった手を飛翔の前に差し出す。直後、その腕は何事もなかったかのようにきれいに治った。おそらく、これが妖精の再生能力なのだろう。


「さて、そんなところに来たあなたは翼下準備委員会のウミバラツバサ君だよね? そう。間違いないよね? あぁ私は大丈夫だよ。そう大丈夫。今回の関係者だし、周りにほかの妖精はいないから。うん。いないよ」


 今回の関係者ということはこの後の会談に立ち会う大妖精の一人ということなのだろうか? そうなると、先ほどいったん殴り捨てた彼女がカノンであるという説が再び濃厚になって浮上してくる。

 まぁそうなると、今度は彼女がわざわざこんなところにいる理由が……いや、これ以上は無限ループになりそうだから深く考えるのはやめた方がいいかもしれない。


「だったら、調査は一旦諦めた方がいいのかな……」


 先ほど、妖精が扉を開けようとしたときの魔法はそれなりに強力なモノだ。

 妖精だからこそ、復活できたが、仮に飛翔がつかめば、最低でも片手を失うことになるだろう。


 多少怒られることは覚悟しないといけないが、事情を話せば処罰まで行くことはないはずだ。


「うん。賢明な判断だよね。そう。賢明……ただし、あなた一人だったね。うん。ひとりぼっちだったら」


 調査をあきらめて帰ろうとした飛翔の背中からカノンの声がかかる。

 飛翔が振り向くと、カノンは不敵な笑みを浮かべてこちらの方を見据えていた。


「まぁあくまで普通にやればだから、普通じゃない方法でやれば大丈夫だよ。そう。大丈夫。幸いにも相手は大妖精(わたしたち)の魔法を少し下に見ているから。いや、見せているの。だから、これぐらいの魔法、解除した痕跡すら見せずにすり抜けることはできるの。そう。できちゃう。まぁそのためには妖精カノンとして個人的な条件を付けるけど。そう。つけちゃう」


 どうやら、彼女がカノンで間違いなかったらしい。

 それだと、最初に感じたなぜここにいるのかという疑問が再浮上するが、今はそれよりも気になることが一つある。


「条件?」

「そう。条件……そのあたりはあとから……だと、アンフェアだから、先に会談を済ませるなんてどう? そう。その方がいいよね?」


 カノンの条件というのはわからないが、それで調査をできるというのなら安いものだろう。

 そう考えた飛翔は首を縦に動かした。


「そう。それは同意とみていいよね? うん。そうだよね。それじゃ、案内するからついてきて。そう。ついてきちゃって」


 カノンはそういうと、その場からふわりと飛び上がり飛翔の背中から回る。


「あの……案内でなんで後ろに……」

「うん? 歩くより、飛んだ方が早いでしょ? そう。すごく早い」

「飛ぶ?」


 飛翔が疑問を口にしたその時、飛翔はカノンに背中からがっしりとつかまれるような形でふわりと宙に浮いていた。


「それじゃ急いでいくからちゃんとつかまっててね。そう。つかまってて。落ちても知らないから。そう。知らない。それに相当ないと思うけれど、私に危害を加えても落ちるのはあなただからね。そう。あなただけ。というわけで出発! うん。出発!」


 その体勢のままカノンは一気に上空へと躍り出る。

 飛翔が恐る恐る下を見て見れば、先ほどのツリーハウスは直ぐに森に紛れて見えなくなり、とても背が高く感じた木々が足元に来る。その瞬間、ツリーハウスの裏にある池の近くに人工物が見えたような気がするが、それが何かまではわからなかった。


 そんな細かいことよりも、今の飛翔にとっては妖精に抱きかかえられて空を飛んでいるという事実の方が重要だ。一気に高度を上げて森の全景が見えたかと思えば、急に高度を落として木にぶつかる直前のところまで行って急上昇、もしくは急下降してわずかな隙間を抜けて木々をよけていく。

 最初こそ、体をひねったりして木の枝をよけようとしたが、そうするよりも、おとなしくぶら下がっていた方が安全だと判断して動きを止める。もしも、暴れて彼女の腕からすり抜け、ここから落ちるようなことがあれば運よく木の枝に引っかかったりなどしない限りただでは済まないだろう。いや、木の枝に引っかかっても無事であるという保証はない。


 かつて、この世界に来たときはここよりもはるか上空から落下したが、そのときは偶然近くにいたカレンが魔法で着地の衝撃をやわらげてくれたし、カレンのドラゴンに同乗したときも自分よりも遥かに大きいドラゴンはとても安定していて安心できた。


 しかし、今はどうだろうか?


 自分の身長の半分ぐらいしかない女の子に抱きかかえられての空中浮遊である。

 それも、速度は想像以上に出ていて、かつカノンは飛翔の反応を楽しむように木にぶつかる直前で急上昇、もしくは急下降をしてその都度反応を見て楽しんでいる。

 それほどの余裕があるのだから、彼女は飛翔を軽々と持ち上げているのだろうが、あの小さな体でどこにそんな力が備わっているのだろうか? いや、普通に考えたらそんなことはありえないだろうから、魔法の類かもしれない。むしろ、魔法だといってくれた方が安心できる。


 魔法であれば、魔力切れはある程度前に予見できるから、それ以上は困難だと判断したらすぐにおろしてもらえるだろうし、重すぎて手から滑り落ちるということもないだろう。いずれにしても、出来の悪いジェットコースターの何十倍も怖いという事実は揺るがないのだが……


「あははははははははっ! ねぇ? 楽しい? うん。楽しいよね! それじゃ今度はもっとぎりぎり行ってみよー! そう! 行っちゃおー!」


 彼女のそんな声とともに再び高度は一気に急降下し、森の木々がすぐ目の前に迫る。


「お願いだから普通に行ってくれー!」


 飛翔の悲痛な叫びが周辺にこだまし、それを追って、上書きするようにカノンも笑い声が森中へと響き渡っていった。

 結局、この恐怖の飛行はカノンが用意した会談会場があるセントラル・エリアに到着するまで続くのだった。

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