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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第一章
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幕間 とある妖精の未来観測

「それで? そろそろお話していただけますか?」


 マノンは誠斗をマーガレットの家まで送り届けてからまっすぐカノンの下へと赴いていた。


 その目の前で木のくぼみに葉を敷き詰められて座るカノンは、シノンという名前の緑髪の妖精が差しだした果実を口に含みながら対応する。


「お話っていうのは?」

「マコト君を願いの大樹(ここ)に連れてきた理由ですよ。人間はここに連れてこないんじゃなかったんですか?」

「不満を言う割にはさ、連れてきたよね? そう。連れてきたじゃん」

「いや、そうですけど……」


 カノンはシャクシャクと笑顔で果実を咀嚼しながら対話に応じる。


「まぁ気紛れ……いや、あなたから報告を聞いて、ぴーんってきたの! そう! 来ちゃったの! この子ならやれるって! そう。やれるに違いないって! 願いの大樹(これ)の力を余すことなくつかえるって……異世界からきて魔法も使えない! うん。まったくこれっぽっちも使えない! こんな人類今までいたかしら! ううん。いたのかしら? あははっ! 確かに異世界人自体はこれまでも確かに“存在していたけれど”誰もが魔法をつかえた! そう。使えていた! それでも、この世界で平凡に生きて平凡に朽ちて行った! そう。死んじゃった! でも、それじゃダメなのよ! うん。全然ダメ! 私はいい加減この世界に飽きた。そう。飽きちゃったから、世界に変革をもたらす。たとえ、それが人間の破滅を促すものであったとしても構わない。うん。関係ない。人間っていうのは勝手な生き物! でも、人は人のためにしか生きていけない! 人のために生きない人はいない! どうすれば人の為になれるか! それを見つけた彼の人生を私は見たい! そう。追いかけたい! そう! いうなれば、これは暇を持て余した妖精たちの単なるゲーム! そう。ただの遊び! あははっ! あははははははっ!」

「……あなたという人は……シノン様も何か言ってくださいよ!」

「……私は、カノンに賛成です。私もまた、彼女と同様の考えを持っています」


 カノンのあまりにも身勝手な意見に憤るマノンだが、山盛りの果実を持つシノンは若干の笑みを浮かべているだけで彼女をとがめようとする気配はない。

 むしろ、彼女と一緒に楽しもうとしているようにさえ見える。


「そーだよね! うん。もちろんそうだよね! さっすがシノン! わかってる! そう。よくわかってる!」

「もう勘弁してくださいよ……本当に世界が滅んじゃったらどうする気ですか……」

「あはははっ! 大丈夫だって! そう。大丈夫! 人間が居なくなることがあっても妖精は生きていける! そう。生きることができる。それは保証できる! そう。保証されている」


 本当にこの人の頭の中がどうなっているのかよくわからない。

 いったい何をどうしたらそのような結論に至ることができるのだろうか?


 助けを求めるようなつもりでシノンの方を見るが、彼女は相変わらず笑みを浮かべている。


「私が観測したので間違いはありえません。彼は世界に変化をもたらすことができます。それがいいことか悪いことかはわからないというのが実のところですけれども」

「まぁそういうこと! うん。そういうことなのよ! シノンが観測した未来! そう。未来! それこそが世界へ変革をもたらすことができる運命! そう。世界の行く末! これをもたらすほどの力があの子から感じられたっていうから、連れてきたのよ! そう。連れてこさせた! 無意味じゃないの! そう。意味があることなの!」

「シノン様のお力ですか……」

「うん」


 マノンもカノン同様にシノンの能力はよくわかっている。

 未来の観測。正確に言えば、これから起こりうる可能性の観測だ。


 例をあげるなら、目の前に二つの道があるとしてどちらかに行った場合、何かが起こるのかはたまた何も起こらないかということがわかるのだという。

 ただ、右の道に行ったら知り合いと会うだとか、左の道に行ったら事件に巻き込まれるみたいにはっきりとわかるものではなく、右に行ったらちょっとした出来事があるかもしれない。左に行ったら自分の人生を左右するほどの出来事に遭遇するといったあいまいなものだ。


 なので普通に考えれば、“世界に変革をもたらすかもしれない”“それが世界にとって善か悪かはわからない”などという観測にそって行動するべきではないはずなのだが。目の前に座る妖精の長はその結果をもとにゲームをするなどと言い出しているのだ。


「あのですね!」

「まだ口答えする気?」


 先ほどまで穏やかだったカノンがまとう雰囲気がガラリと変わる。


 これはまずい。マノンは本能的に悟った。

 笑顔をひそめ、冷たい目でこちらを見下ろすカノンの表情を見るなり、マノンは彼女の視線だけで心臓が押しつぶされるのではないかという錯覚にとらわれた。

 噴き出した大量の冷や汗が肌を伝っていく。


「私はそういう子が嫌いなの。大嫌い。あなたは下等な妖精のくせに大妖精にして長である私に口答えをするの? しちゃうの? 自分が少しかわいがってもらえてるからって調子に乗ってるの? そう。乗りすぎ」


 そもそも妖精の長であるカノンを筆頭とした妖精たちの中でも力を持つものたちは“大妖精”と呼ばれる種族の妖精なのだ。

 自由気ままに生きているという印象を持たれがちな妖精であるが、その実は違い大妖精を頂点とした縦社会なのである。


 ただ、妖精のその気質ゆえに権力によって押さえつけるということはよほどのことがない限りすることはない。


 カノンがまさにその筆頭なのだが、大妖精は全般的に一般妖精よりも楽観的な性格をしていて、自分が興味を持ったことは何を犠牲にしようとも徹底的に追求しようとする。

 その性格と気安さゆえに忘れがちだが、彼女たちがマノンよりも立場も実力も上なのは紛れもない事実なのだ。


 これは、単なる推測ではあるが、仮にこのまま意見を押し通そうものなら、良くても森からの追放、最悪の場合は……正直考えたくない。


 カノンはすくっと立ち上がりマノンの目の前へとやってくる。


 マノンは反射的に後ろへと下がる。


「妖精、マノン。人間、ヤマムラマコトに願いの力を与えたことに異を唱えるか?」


 普段の彼女からは考えられないような圧倒的な威圧にマノンは腰を抜かす。


「異を唱えるのか?」

「あっありえません……」


 マノンはその場に平伏する。

 妖精である限り、この人たちに逆らうことはできない。


 それをひしひしと感じながら……


「よしっそれでいいの! そう。それで! 頭を上げてよ! うん。上げちゃってよ!」


 マノンの答えを聞いて満足したのだろう。

 先ほどまでの威圧などなかったかのようにカノンの声がいつもの調子に戻る。


「はい」


 恐る恐る頭を上げてみれば、そこにはいつも通りニコニコと笑顔を浮かべるカノンと果実の入ったカゴを持ちそばに控えるシノンがいるマノンが知る光景だ。


「あぁそうだ! マノンに折り入って頼みがあるの!」

「頼み……ですか?」

「そう!」


 普段ならまたくだらないことを言うのではないかとため息をつきそうなところだが、今のマノンはそんな心情にはなれなかった。


 早くこの場から離れたい。


 先ほど植え付けられた恐怖がそう思わせた。


「あのさ! あの人間はこれで生きる意味を見つけたわけだ! 見つけちゃったの!」

「はい」

「でも、私たち大妖精はそれに直接介入することはできない! そう。許されない! だから、私の代わりに彼を見守ってくれないかな? うん。見ててほしいな! 私は知りたい! そう。知りたくてたまらない! 彼がこの世界に何をもたらすのか! そう。何が起こるのか! それが、本当にこの世界を変革させるほどの何なのか! そう。何なのか! それは私たち妖精の使命! そう。使命! 願いの木から言葉がもらえる私たちに課せられた重要な使命なの! そう。とても大切なの! だから、放棄しないで前を見て! そう。見ちゃって! この世界を新しい光が照らすその瞬間を見てほしいの! そう。見せて! あはははっ! もちろんその権利は保証するよ! そう。保障される! あなたがしばらくここに来なくてもいいようにあなたの代理もたてる! そう。立てちゃう! だから安心して! うん。心配なんていらない! あははっ! あははははっ!」


 カノンはいつも通りバカみたいに笑いながら自分の考えを伝える。


 先ほどの雰囲気からの転身にいまだに思考が追いつかないが、ただただ逆らうことはできないという心情のみがマノンの唇を動かす。


「……かしこまりました」


 言いながらマノンは再び頭を垂れる。


 おそらく、目の前ではカノンが期待通りの答えが聞けたと上機嫌になっているはずだ。


「うん! 素直でいいよ! そう。素直で! そういうところがあなたのいいところ! うん。そんなあなたが私は大好き!」

「もっもったいない限りです!」

「よし! 下がっていいよ! そう。下がっちゃって! それと次来るときはいつものマノンできてね! そう。来ちゃって!」


 笑顔でそう告げるカノンに一礼し、マノンは逃げるように走り去って行く。


 その後ろ姿を見送ったシノンはややあきれた様子でカノンに話しかけた。


「……たかだが妖精の意見を封殺するためにあそこまでする必要あるのですか?」

「あはははっ! あれ? わかってないな! そう。全然わかってない!」

「わかってない……ですか?」

「そう! あの子には重要なことを頼んだでしょ? うん。頼んじゃったの! だから、彼女がウソをつかないように念のためにそうしたの! ほら、彼女が何か隠し事をしたりウソの報告をしたら困るでしょ? そう。間違えちゃう! だから、私たちに絶対に逆らわないよね? っていう念押しに使っただけだよ! そう。ただの念押し! だから必要だったの! そう。大切なの。だから、やらなきゃいけない! そう。やるべきだった!」

「……なるほど。よくわかったわ」


 答えを聞いたシノンは満足げな笑みを浮かべて果実をカノンに差し出し、それを受け取ったカノンは果実を願いの木にかざした。


「さて、あなたはどんな世界を見せてくれるのかしら? 楽しみにしているよ! うん。期待してる! あはははっ! あはははははははははっ!」


 カノンの笑い声はセントラル・エリアの木々の中へと響き渡り、やがて静寂な森へと飲み込まれていく。

 その笑い声はしばらくの間、続いていた。

 読んでいただきありがとうございます。


 次話から第二章に入る予定です。


 これからもよろしくお願いします。

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