七十二駅目 シャルロ東端の地形
「なるほどな……それで俺のところに来たと……」
誠斗の話を一通り聞いたヤレイは腕を組んで唸り声をあげる。
「どうかしら? あなたならこの辺り一帯の調査資料ぐらい手にはいるでしょう?」
マーガレットが軽く首をかしげながら問いかけても彼はいまだに唸り声を上げるだけである。
「ヤレイ?」
マーガレットが再び彼の名前を呼ぶとヤレイはなにかを確信したようにうなづいた。
「なぁその蒸気機関車ってやつは地下でも走れるのか?」
返ってきた答えがイエスでもノーでもない、ある意味で斜め上のものだったため、彼を除く三人はポカンと口を開けてしまう。
ただ、マーガレットとしてはある意味予想通りだったのか、すぐに持ち直してため息をつく。
「あなたね……さすがにいきなり過ぎるんじゃないの?」
「んっ? そうか?」
「そうよ。せめて、誠斗が頼んだ情報について話してくれてからじゃないかしら?」
マーガレットの注意にヤレイは反省する様子もなく、あっけからんとした態度をとっている。
そんな彼を前にマーガレットとノノンがため息をつくが、彼はまったく気にする様子はない。
「あぁそれもそうだな」
ヤレイは腕組をしながら小さく頷く。
彼はすっと立ち上がると、すぐ後ろにある戸棚を開ける。
その戸棚の中には大量の本が収納されていて、中にはかなり分厚い本も含まれている。
ヤレイはそのうちの一冊を引っ張り出すと、それを机の上に置いた。
「これがドワーフの町の各入口周辺についての調査資料の一部だ。さっき、みんなが入ってきた入り口についての情報もある。これを参考にしてくれ。といってもこれを見ただけだとわからないだろうから、質問は受け付ける」
「ありがとう」
マーガレットはヤレイがおいた資料を開き、中身を確認し始める。
誠斗とノノンも彼女の方へ回ってその資料を覗きこんでみるが、そこに書かれていたのはいくつもの数字の羅列のみであり、少し見たところで理解できそうにない。
その資料をマーガレットは猛然といた早さで読み進めていく。
彼女は右手でページをめくる一方で左手で魔法陣を描いていく。
そのなんとも奇妙な光景に当人を除く三人は目を見張る。
それば長年の間に蓄積されていった経験によるモノから来ているだろうから、そもそも魔法の使えない誠斗からすればいつまでたってもたどり着けない世界だ。
彼女は正方形の周りに二重の丸印を描き、一つ目の丸と二つ目の丸の間と正方形の中にそれぞれ大量の数字を書き写していく。
誠斗とノノンがあっけにとられて、ポカンとした表情でそれを見つめる中、ただ一人その魔法陣が意味するものを理解したらしいヤレイが感心したような声をあげる。
そのあとはしばらく、本をめくりたびに鳴る紙と紙がこすれあう音とカリカリという筆で文字を書く音だけがその場を支配する。
誠斗もノノンもその魔法陣がどんなものを生み出すのか、固唾をのんで見守る中、調査資料の中の当該ページを読み終えたのか、マーガレットは本を閉じて、魔法陣だけに意識を向ける。
それから数分後、マーガレットはあっという間に魔法陣を書き終わり小さく息を吐く。
「やっとできた……これだけの規模となるとちょっと久しぶりね……」
「だろうな。相変わらずというか、これほどの魔法陣をこの短時間で書けるなんて関心を通り越して別の感情すら持ちそうだ」
「そう。まぁあなたのこの領域にたどり着きたかったら不老不死にでもなってみることね」
マーガレットの言葉にヤレイは半ばあきれたような表情を浮かべる。
その表情にはそんなことできるわけないだろうという言葉が浮かんでいるように見えた。
「まったく。相変わらず無茶を言うよ」
「無茶なのはどちらかしらね? まぁともかく、これでとりあえず必要な情報は集まったわ」
彼女はそういいながら魔法陣に手を触れて、軽く目をつむる。
すると、羊皮紙に書かれた魔法陣が淡い光を発し始めた。
その光はいったん、ドームを作った後に徐々に稜線や渓谷等の地形から街道まで細かく形作っていく。
そこまで来て、誠斗はその魔法陣が周辺の地形を再現したものをホログラムのような形で再現する魔法だと理解した。
その魔法により、形作られているのはおそらく、この周辺の地形だ。
見るからに険しい渓谷の中を糸を通すようにくねくねと曲がりながら細い街道が南から北へと伸びて行っているほかは人工物が見当たらないその場所はまさしく事前に説明された通りの土地柄だ。
「まずは現在地……つまり、ドワーフの町の入り口が赤い点で示している場所」
マーガレットの言葉に反応するように南の端の方の一点が赤く光る。
それを見て、誠斗は意外と奥の方へは来れていなかったのだなという感想を持った。
続いてマーガレットは羊皮紙に手を置いたまま別の数字を書き加える。
「次に蒸気機関車を走らせるだけの幅がある場所の提示……ただし、街道は不可能と指定……色は緑」
今度はホログラムの中に緑色の光がいくつかの線を引いていく。
その線は何度か途切れながらもある程度の線を追っていける程度にはその存在を確認することはできる。
「……うーん。これはかなり厳しいわね。見た目上は一本の線で結べそうだけど、実際に作るとなるとどうなるか……」
誠斗はホログラムの周りをまわって様々な角度でその線を追っていく。
上からだったり、側面からだったりとある一面から見ればほとんど一本の線に見える線であるが、実際にはかなりの高低差があったり、東西に大きく場所がずれていたりと並大抵の努力では線路は引けないだろう。
「ちょっとこれは難しいかもね。実験線を作るにしてもかなりの技術と時間が必要だし、何よりもそれだけの投資をして、蒸気機関車が正常に走れる線路を作れる保証はないし……」
見たところ、必要以上に条件が厳しすぎるのではないかというのが誠斗が持った感想だ。
これに関してはノノンも同様のようで彼女はコクコクと首を縦に動かしている。
「確かにそうだな。ドワーフの建築技術をもってすれば、そこ同士つなぐことはできるだろうが、そのルートを蒸気機関車とやらが走り抜けられるという保証はできない。そもそも、そいつの限界すらわからないからな……」
「そうね。それを見るための実験線なのだけど……いずれにしても、シャルロ東端は建設不可能で建設候補から外した方がよさそうね。それに来てみて改めて思ったけれど、ここはあまりにも移動に時間がかかりすぎるわ」
「それもそうですね。ここは候補地から外す十分すぎる理由がそろっていますね」
各々意見を述べて、結局すぐにシャルロ東端は実験線候補地から外す方向へと話しが動いていく。
そんな中でヤレイが手をあげる。
「どうやらそっちの話もまとまりそうだし、改めて聞いてもいいか?」
その言葉にマーガレットと誠斗、やや遅れてノノンの視線がヤレイに集まる。
「結局、蒸気機関車ってやつは地下を走れるのか?」
どうやら、ヤレイとしてはそこが気になってしょうがないらしく、改めて聞いてきたようだ。
「そうだね。蒸気機関車が余裕ではいるぐらいのトンネルがあればいいんじゃないかな? そうすれば、無理ってことはないと思うよ」
「そうか。なるほどな……だったら、一つ提案してもいいか?」
「なに? 改まっちゃって……」
あまりに真剣なヤレイの表情にマーガレットが首をかしげる。
「……その蒸気機関車の技術。いつかでいいから、俺たちドワーフに教えてくれないか?」
ヤレイは真っすぐと誠斗の目を見て、そう尋ねたのだった。




