七十駅目 ドワーフの町
ドワーフのヤレイの案内で誠斗たちは洞窟の奥へと進んでいく。 最初はゴツゴツとした岩肌がそのままむき出しになっていたのだが、徐々にきれいに整備されたトンネルへと姿を変えていく。
「相変わらずといったところね」
マーガレットがそれを見て感心したようにつぶやいた。
誠斗もまた、周りの風景を見回しながら口を開く。
「……このトンネルを抜けた向こうに町があるの?」
「いやそうじゃない。ドワーフの町があるのは今歩いているこの場所の足元だ。そもそも、相当な地形じゃなきゃわざわざあんな風な入り口を作らないだろ」
誠斗の疑問にヤレイは笑いながら意味ありげな答えを返す。
どういう意味かと聞こうとした直後、誠斗の視界にそれは飛び込んできた。
“地下都市”
目の前の光景を現すのにこれ以上の表現はないだろう。
現状、誠斗たちは底が見えないほど幾重にも折り重なる地下都市を一番上から俯瞰しているのだ。
いくつかの階層に分かれてるその町はそれぞれの階層に多くの建物が立ち並び、複雑な街並みを形成しているのがうかがえる。
何十……いや、何百年もの時をかけて広がっていったのであろうその町はごちゃごちゃしているようであって、それ自体が一つの作品であるような錯覚を受けた。
上を見ると、その穴が続くような形で地上につながっているようなので誠斗たちが今覗き込んでいるのは巨大な採光口といったところだろう。
「どうだい。これがドワーフの技術の粋をもって造られた町だ。人間たちにはこんな芸当はできないだろうよ」
「確かにこんな町は始めてみた……」
確かに誠斗が日本で見てきた風景の中には高い技術をもって造られた町はいくつもあった。
天へ向けて背を伸ばす高層ビル群、都市の地下を網目のように結ぶ地下鉄、見事な造形で建築された歴史的な建造物……しかし、今目の前にある町はそのどれにも当てはまらないようなまったくの別物だ。
まるでSF映画でも見ているようなその風景の中では何人ものドワーフが生活をしていて、かなりの活気にあふれている。
誠斗もノノンも圧巻されたような様子でその町を見つめている。
その様子にヤレイは満足そうにうなづいた。
「おし。そろそろ行くぞ。時間もないだろうしな」
ヤレイが呆然としている二人に声をかけて歩き出す。
それに並ぶような形でマーガレットが歩きだし、やや遅れて誠斗とノノンがそのあとを追いかけ始める。
「それにしても前に比べて大きくなったのね。あんな穴なかったでしょ?」
「あぁそうだな。下の方がやっぱり暗いから、巨大な採光口を中央に造るっていう話になったんだよ。まぁもともと住んでいた住民の引っ越しが一番時間がかかったような気もするな」
「そうなんだ……」
やはり、どこの世界においても住民にお願いして立ち退いてもらうというのは大変なのだろう。
誠斗の中では壮絶な交渉が行われていたであろうという想像を働かせてみるが、あまり具体的には思い浮かばない。
おそらく、この町は今日も拡大を続けている新しい町なのだろうが、それでも古くから……それこそ浅い層に住んでいると町ができた当初から代々その家に住んでいるなんて事情もあるのだろう。
昔から住んでいる土地から絶対に動かない! なんていうドワーフもいたかもしれない。
四人はしばらく、穴の周りを通る通路を半円状に移動し、四角い箱……おそらく、エレベーターと思われるものの前で立ち止まった。
「これは?」
「これは昇降機だ。この町を上下に移動するための重要な移動手段だよ。まぁ空を飛べる妖精には必要のない装置だろうな」
興味津々なノノンの問いかけに帰ってきた答えはある種の予想通り、エレベーターの説明そのものだ。
まぁ確かに目がくらむほど深いこの町の階層移動をすべて階段やスロープに頼っていたら移動にかなりの時間がかかる。せめて、上下移動ぐらいは楽にしたいという考えからの発明なのだろう。
「こいつは箱の中に乗った人の重量に対して、箱についているおもりを調整することで箱ごと上下に移動させる装置だ。まぁだから妖精の嬢ちゃんも乗っている間はちゃんと地面に足をつけておいてくれよ。まぁここまで一回も飛んでないからよさそうだけどな」
「えぇそうね。この場所は私たち妖精が飛ぶには少し空が低すぎるわ」
「だろうな。俺たちはドワーフだ。天井はあまり高い必要はない……というよりも、身長は妖精の嬢ちゃんの方が低いだろう?」
「えぇ。そうですね」
この辺りはもともとの洞窟をそのまま使っているだろうから天井は誠斗でも余裕に通れるぐらい高い。
誠斗でも少し狭く感じるぐらいなのだから、普段空を飛んでいるノノンからすればかなり窮屈に感じているのかもしれない。
だが、いくら身長が子供ほどにしかないドワーフとはいえ、町の中に誠斗が入れないなんてことはないだろうから、これ以上天井が低くなるなんてことはないだろう。
上からいる限り、各階層は十分な高さがあるし、家々の大きさもそこまで小さくは見えなかった。それにそれがわかっているからこそ、マーガレットもここまで連れてきたはずだ。
おそらく、問題は生じないはずだ。
そんな誠斗が感じた不安など知ってか知らずか、ヤレイ、マーガレット、ノノンの順に昇降機に乗り込み、誠斗も少しだけ頭をかがめて昇降機に乗り込む。
「おし。動かしてくれ地下五階だ」
ヤレイが設置されていた筒に向けて声をかける。
すると、ガコンッという音が鳴った後に昇降機はゆっくりと下降を始めた。
あの巨大な穴の端に張り付くような形で作られている昇降機は横に並んで二つ設置されていて、それよりも下の階層もたくさんの昇降機がある様子がうかがえる。
そんな風景の中を誠斗たちを乗せた昇降機はゆっくりと下がっていく。
「ものすごい数の昇降機だね。どれくらいの数があるの?」
横に開けられた窓から外をのぞく誠斗がヤレイに話しかける。
「そうだな……ざっと五百ぐらいか? いや、それ以上かもしれないな。表層第一階層にある昇降機だけでも二十ぐらいあるからな」
「表層第一階層って?」
「そうだな。外の町でいう地区のようなものだな。この辺りでいうと、地上階……つまり、さっき昇降機に乗り込んだフロアから地下五階までが表層第一階層、地下六階から地下十階までが表層第二階層みたいな感じになっているんだ。それでいて、それぞれの階が中央区、北区、南区、東区、西区の五つに分かれている。だから、手紙を出すときなんかは表層第一階層地下五階南区のどこどこに住んでいるだれだれ宛てのように出すわけさ」
「なるほどね……」
どうやら、この町では五階ごとに階層という名前で区分され、さらに一階ごと五つの地区に区分されているようだ。
そして、一階層に昇降機が二十だとすると二十五階層……つまり、地下百二十五階まで存在していることになる。
もちろん、これは単純計算であるから必ずしもその数とは言い切れないが、大体その程度の深さは存在しているということだろう。
ここまでのモノを造り、維持管理していく能力があるということは確かにドワーフの土木建築の技術の高さを物語っている。
そんな風なことを考えている間に昇降機は地下五階に到達して停止する。
「到着だ。ありがとよ」
ヤレイは再び筒に向けて話しかけてから降りていく。
「さて、俺についてきてくれ。家まで案内してやる」
ヤレイがついてこいと言わんばかりに手を振ってから歩き出す。外部から来たほかの種族が珍しいのか、周りのドワーフたちの視線がいっせいに誠斗たちにそそがれる。そんな中を誠斗たちはヤレイの背中を追って歩き出した。




