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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十章
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幕間 雪像と年越しの儀

 妖精歴1819年シノンの月30日の深夜。

 セントラル・エリアの広場では例年通り年越祭が催されていた。


 その会場の端の方……大小さまざまな雪像が設置されているエリアに誠斗の姿があった。


 誠斗は設置されている雪像一つ一つをじっくりと見ながら歩いていく。


 それはどれも個性的で、全体的に自然の中の地形を再現した作品が多いのが特徴だ。


 今よりさかのぼること数時間前、シノンが迎えに来た時、マーガレットも帰宅していたのだが、彼女は興味がないから来ないと言っていたので今、この広場にいる妖精以外の種族は誠斗ただ一人だ。

 会場まで案内してくれたシノンは年越しの儀の最終の打ち合わせがあるからと言ってどこかへ行ってしまったため、誠斗は一人で雪像を見ていた。


「ねぇねぇ。あなたがヤマムラマコトかしら? ちょっと、話がしたいのだけどいいかしら?」


 そんな誠斗に話しかける妖精が一人。

 誠斗が振り向くと、水色の髪をした妖精がこちらを見つめていた。


「そうだけど……あなたは?」

「失礼。自己紹介がなかったわね。私は大妖精のノノン。以後、お見知りおきを……」


 彼女は軽い自己紹介の後にぺこりと頭を下げる。

 それにつられて誠斗も頭を下げた。


「それでお時間は大丈夫? 別に雪像を見ながらでも構いませんが」

「別にかまわないよ。それで? 聞きたい内容って?」


 ノノンの言葉に甘えるような形で二人そろって雪像の方に視線を向けながら話し始める。

 ノノンはしばらくの間を開けた後にゆっくりと話し始めた。


「……ミニSLと蒸気機関車のことでちょっと……妖精議会では話は聞いたけれど、一度あなたの口からもきいてみたいの。まず、蒸気機関車について……カノン様は蒸気機関車計画について全面協力の意向を示されています。これに関しては妖精議会でも過半数以上の賛成を得ていますし、妖精議会の上部組織にあたる大妖精議会でも承認は得ています。それは紛れもない事実です。ですが……亜人追放令があり、森の外に出ない我々にこの二つについてどの程度の利潤があるかという点が疑問なのです。ミニSLは確かに森の中でも荷物の運搬を楽にするでしょう。しかし、気にするべきはその先の未来。あなたが蒸気機関車を人間社会で使用し始めたとき……仮に亜人追放令が解除されたとすれば、その時に妖精は蒸気機関車を利用できるのでしょうか?」


 ノノンの問いに誠斗はゆっくりと考えをまとめながら、答えを返し始めた。

 彼女の問いというのは単純なようで非常に難しいものだ。


 確かに亜人追放令がなければ、妖精は蒸気機関車を利用することができるのだろうが、実際に使えるかどうかは別だ。

 シャルロの森だけにすむ妖精が外との交流がないため、どこかに行くことがないからだ。


「……確かにシャルロの森から出ることの少ない妖精にとっての利益という形で見てしまえば、それは少ないのかもしれない。でも、妖精の利用は禁止するつもりはないから、亜人追放令の撤廃があれば、何かしらの形で利用する機会はあるかもしれないね。実際にこれに協力して、利益があるかどうかはある意味では妖精次第なんじゃないかな」


 誠斗の答えを聞いたノノンは納得したような表情を浮かべる。

 その様子はどこか安堵の色を見ることもできた。


「そうですね。まぁ当然と言えば当然です。さて、変な話をしちゃいましたし、ゆっくりと二人で話をしながら楽しみましょうか」

「まぁいいけれど……大妖精なんだよね? 大丈夫なの? 年越しの儀のこととか……」


 誠斗がシノンが自らのそばから離れた理由を思い出し、ノノンに尋ねると、彼女は笑顔を崩さないまま答えた。


「大丈夫です。代役は立てているので」

「そう。まぁ代役でいいなら別にいいけれど……」

「えぇ。全然問題ないわ」


 そんな会話を交わした後、ノノンと誠斗は二人で雪像を見てまわる。

 その風景は遠目に見れば、二人は古くからの知り合いではないのかと疑われるほどだったという……




 *




 誠斗とノノンが出会ってから約一時間後。

 広場の中央では、ついに今年の年越しの儀が行われるということで、設置された祭壇に多くの妖精たちが集まっていた。

 そんな祭壇の舞台裏で妖精のリノンは深く頭を垂れていた。


 昨日の出来事が気になってノノンを尾行していたのだが、彼女にそれがばれてしまい“ノノンの代役”として年越しの儀に参加する羽目になってしまったのだ。

 ノノンがリノンを代役に不参加でいいかとカノンに尋ねたとき、彼女は“リノンなら問題ない。うん。大丈夫”だとか言って、了承してしまうので何とも理不尽だ。


 リノンは大きくため息をつく。


 あの風景を見てしまったがゆえに予想外の方向で巻き込まれてしまった。

 おそらく、あの風景を見られた時点で彼女は何かしらの方法で自分を排除しようと考えていたに違いない。

 そこにちょうど、尾行という形でリノンが都合よく表れてくれたので、そのまま拉致してカノンの前に代理という名の生贄として差し出して、自分は動きたいように動く。おそらく、リノンがマノンの次点とまではいかなくても多少なりとも信頼を得ているので、問題なく代役として立てられると判断していたのかもしれない。


 そうだとすれば、予想以上に厄介な相手だ。


 もともと、大妖精というのは並の妖精よりも頭は良いし、能力も高い。はっきり言ってしまえば、妖精の中の選りすぐりのエリート集団を大妖精という別の種族に分けているといっても過言ではないような状況だ。


 たとえば、大妖精と妖精を束ねるカノン。


 彼女は行動こそ、わがままで一貫性がないが、その裏にこちらでは把握しきれないほどの計算がなされていることもある……らしい。

 そのあたりはマノンが言っていたことであり、リノン自身で確かめたことがないのでそういうことはあまりわからない。


「リノン。ねぇリノン。準備できたの? そうできた?」

「はいはい。できましたよ」


 カノンに呼ばれて、リノンは思考を切り替える。

 年越しの儀自体は毎年見ているから、大体のことは分かるし、基本的に前に立って進行するのはカノンとシノンの役割なのだから、大きな問題はないはずだ。


「まぁちゃんとやりますか……」


 リノンは自分に言い聞かせるようにしてそういうと、舞台の方へ向けて歩いていく。


 本来、ノノンが座る予定であった場所にリノンが座り、カノンとシノンが舞台の中央に立つ。


 ふと、視線を儀式を見守る妖精たちの方に向けてみれば、その中にヤマムラマコトとノノンが親しく話している様子がうかがえた。それを見るかぎり、彼女は“誠斗との接触”に成功したということなのだろう。


 そこでどんな会話をしているのか若干気になるが、今はそのようなことをしている場合ではない。


 リノンは視線を誠斗たちから新年を迎えられることに対する感謝の舞を踊るシノンとカノンに視線をもどす。


 その後、年越しの儀はつつがなく進行していき、それぞれ多数の不安を残しつつも、無事に妖精歴の上で年初めとなる1820年カノンの月1日を迎えることができた。

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