幕間 妖精の森の祭り(中編)
シャルロの森の中央に位置するセントラル・エリア。
そこの広間に多数の妖精たちの姿がある。
妖精たちは誰もかれも忙しそうに準備をしていて、パタパタと走り回っている。
そんな中において、大妖精たちは広場の中央に集まって連絡会を開いていた。
そこに参加しているのは十六人の大妖精のうち十五人。昨年までは連絡係としてマノンの姿があったのだが、彼女は今ここにいない。
集まった大妖精たちは口々に各所の現状を報告する。
内容としては、準備は順調であるだとか、自分の管轄する範囲で問題が発生しただとか大体そのあたりだ。
シノンは他の大妖精たちの報告を聞きながら、自信が話すべき内容について吟味する。本来ならこれは、連絡会が始まる前にしておくべきだったのだが、カノンへの説教が長引いたためにそれができなかったのだ。
そして、当のカノンと言えば、よりにもよって連絡会を欠席ている。理由としては、こちらに参加できないほどの問題が発生したとの事なのだが、さぼっていないでそれに最初から対処していればこんなことにはならなかったのではないか? という思いがどうしても出てくる。
しかし、そうだとしても……
「シノン! シノン! 呼ばれてるよ!」
さらに深く考え込もうとしていたシノンに対して横に座っていた水色髪が特徴の大妖精が声をかける。
周りを見ると、どうやら他の皆は報告を終えたようでシノンの順番が回ってきていたようだ。
「……私の順番ですか。すみませんノノン」
「いやいや。シノンこそ大丈夫? ずっと黙りこくっていたけれど」
「大丈夫ですよ」
シノンはノノンに笑顔を向けた後、立ち上がり皆の方を見る。
「まず。私からの報告ですが久方ぶりに妖精以外の種族からの参加者が出ることになりました」
シノンからの報告にどよめきがあがる。当然だろう。妖精以外の種族の参加など数百年ぶりだ。
そのこともあって、シノンからの報告は非常に強い衝撃とともに伝えられた形となる。
「別の種族の参加? それってもしかして、最近森に住み始めたヤマムラマコトとか言う人のこと?」
そんな中でシノンの横に座っていたノノンが声を上げる。
シノンは少し間をおいてから“えぇ”とうなづく。
「どうしたの?」
「いえ、あなたは確か彼と知り合いではなかったですよね? すっかりと、エルフを連想するかと思っていたのですが……」
「えっあーほら、この前の妖精議会があったでしょう? あれの関係で彼のことはみんな知っているし、そもそも妖精たちの間ではずっと彼の話題で持ちきりよ」
「あぁそういうことですか……」
ノノンの話にシノンはある一程度の理解を示す。
確かに人間が空から落下してきたという時点で十分衝撃的であったのだから、その後の彼の行動を考えれば妖精たちの中で有名になるのは仕方ないだろう。
そうなれば、久方ぶりに参加の他種族で彼を連想するのはあながち間違っていはいないのかもしれない。
しかし、シノンはそこに少々違和感を覚える。
そもそも、妖精の年越祭への他種族の参加は基本的には反対する妖精が多い。
それは、そもそも妖精が排他的な種族であり、シノンのように好意的にとらえるのは意外と少数派だ。そんな中で参加に反対の声を上げるのではなく、誰の参加かと尋ねるあたり、彼女は今回の出来事を好意的にとらえているとみてもいいのかもしれない。
しかし、それは同時に違和感を生む原因でもある。まず、前提としてノノンはこれまで具体的に妖精たちが森に住んでいることに対して、否定、もしくは中立の態度を保っていた。
彼女の場合、妖精議会にこそ出席していたが、大した発言はなく、どちらかと言えば冷静に議会の成り行きを見守っていたようだし、必ずしも賛成派ではなかったと言い切ることはできないのだが……
まぁ仮に妖精議会の時点で反対派だったとしてもそれなりの期間があるので心変わりするということもあるだろう。
シノンは自身の中の疑問をきれいに片づけて連絡会の面々に視線を向ける。
大妖精たちの反応は様々だ。
他種族の参加に難色を示す者、シノン同様に歓迎しようとい者、静かに状況を静観する者……そもそも、大妖精たちは妖精ほど排他的な考えは持っていないため、シノンを含めて賛成10、反対3、中立2といったところだろうか?
賛成派が反対・中立を大きく上回っているあたり、結果は上々といったところかもしれない。
「皆様の反応を見る限り賛成多数に見えるのでこのまま進めさせていただきます。以上で連絡会を……」
「ちょっと待たんかえ?」
そのまま連絡会を終わらせようとするシノンに声がかかった。
その声の主、ライトグリーンの髪が特徴の大妖精ナノンは虫の居所が悪いのを隠すことなくシノンをにらんでいる。
「おや、どうかしましたか?」
「どうかしたも何もないでありんす。そなた、このレベルの事案を事後承諾で済むと思うているのかえ?」
「はい。参加者が増えるだけです。段取りが何か変わるということはないので問題はないと思いますが?」
反対派の意見を聞かずに閉めようとしたのが生けなかったのだろう。
腹の中でそう考えつつシノンはいたって冷静に対処するが、それが癇に障ったのかナノンは机を思い切りたたき立ち上がる。
「ふざけるでない! それだけで済むわけなかろう! そもそも、年越祭は妖精たちの祭り! 他種族の参加など見目られないでありんす!」
「他種族の参加は前例もあります。これまでそれで大きな問題が起きたことはありません。それにあなただってわかるでしょう? 何時までも私たちはここに閉じこもっているわけにはいきません。そろそろ我々もこのシャルロの森という卵の殻から大空へはばたくべき時が近づいているということぐらい。その時に他種族のことを全く知らずにいったらどうなりますか? 私たちはこの森のことに詳しくても世界には詳しくない」
「わっちたちとて、外とのつながりを完全に閉ざしたわけではないであろう!」
激高するナノンの前にシノンはゆっくりと近づいていく。
「あなたはあれだけで我々が外のつながりを断ち切っていないとでも? あれだけでは外の世界にいいように踊らされていても気付くことができませんよ? 私たちが常に優位に立っているわけではありません」
「それはそうかもしれぬ。しかし、ついこの前にこの森に来たような人間を信用しろというのが無理でありんす。どうやって、ほかの妖精を納得させる? ぬしこそいつまでも大妖精の権限を存分に発揮し続けられるとは考えない方が良いのではないか?」
ナノンの言葉にシノンは下唇をかむ。
確かに彼女の指摘はもっともかもしれない。
大妖精たちに比べて妖精たちの外部への抵抗は大きい。現状ですら、外部とのかかわりがあるのは、大妖精と一部妖精たちだけであるし、そのことを知っているのもほんの一握りの妖精たちだけだ。
それに亜人追放令の一件で人間に対してあまりよくない感情を持っている妖精が多いのもまた事実である。
十六翼評議会を名乗る組織によって決定されたこの法律により、世界の権力構造は一気に変化を起こした。
実際には起こされたという方が正しい表現かもしれない。
人間とそれ以外の種族。その関係を変えるのにはそれは十分すぎた。そう。直接、人間たちとはかかわりを持っていなかった妖精たちにさせ、これほどの影響を持って尾を引いているのだ。
その事実を再認識し、シノンは大きくため息をつく。
シノン個人の意見のみを述べるのならば、誠斗一人だけならあまり多くの反対はないのではないかというところなのだが、それで納得しない勢力が一程度あることは想定済みだ。問題はそれをいかにして円滑に片づけるか。その一点である。
そういった意味ではここで引き下がっていてはダメだ。
シノンはナノンの真正面に立つ。
「彼なら問題ありません。彼は信用にあたる人間です。何かあれば私がすべての責任を取ります。それでいいですね?」
シノンはそのままナノンの返答を聞くことなく、踵を返してその場から立ち去る。
年越祭まであまり時間は残っていない。シノンは冷静に状況を整理しながら妖精たちが広場の端の方へと歩いて行った。




