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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第十章
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幕間 妖精の森の祭り(前編)

 年の瀬が迫るシャルロの森。

 妖精たちの間では新年の到来を祝う祭りがあるそうで妖精たちがその準備に追われていた。


 冬の間はほとんど活動しない妖精たちではあるのだが、年越しの祭りの準備期間から祭りが終わるまでの期間は活発に活動している。

 ただし、妖精たちは基本的に妖精たち独自の暦である妖精歴で動いているので統一国歴やシャルロ歴における年越しとは少し時期がずれる。


 妖精たちの暦では妖精歴1819年シノンの月29であり、シノンの月は30日までのため、妖精たちの年越しは明日だ。それに対して統一国歴で今日は統一国歴1259年12月26日であり、多少のずれが生じる。

 そのずれは妖精たちの暦と人間の暦の一月あたりの日数の違いからくるものであり、大体統一国歴でいう九月に日付が一致し、それ以外の月は一日から三日ほどずれているそうだ。


 マーガレット曰く妖精が周りとの関わりを拒否し続けた結果なのではないかということだが、詳しいことはわかっていない。

 だからといって暦にどやかくいうつもりはないので誠斗は特に気にしていない。


 誠斗が外を眺めている窓の前をシノンが通りかかったのはちょうど、その時だった。


「マコトさん。おはようございます」


 マノンならともかく、シノンが窓の外からあいさつするというのはあまりないことだ。

 いつも、このあたりにいたマノンに対して、シノンは普段、セントラル・エリアに住み、用があるとき以外はこちらにこないので当然と言えば当然なのかもしれない。


「おはよう。朝から忙しいみたいだね」

「はい。本番は明日ですので……カノン様も珍しく働いています」


 カノンの側近にして、その口から“珍しく”という単語が飛び出すので本当に彼女は働いていないのかもしれない。

 もっとも、妖精の事情などあまり知らないので彼女が言う“珍しく”がどの程度珍しいのかは分からないのだが……


「そっか……」

「はい。あぁよかったら、あなたも参加しますか?」

「へっ?」

「マーガレットには毎回断られているのですが、あなたも妖精の森の住民ですので……妖精ではないので強制はしませんが」


 彼女は遠まわしに妖精は強制だということを言っているようだが、そんなことはどうでもいいだろう。

 誠斗はあごに手を当てて思案する。


 ここ最近、朝から夕まで実験線や鉄道運営のことを考えていたのでたまには気分転換として、そういうことに参加してもいいかもしれない。


「うん。参加してみようかな……どうすればいいの?」

「いえ、明日になれば別途案内しますのでここで待っていただいていただければ結構です」


 そう言い残して、シノンはその場から飛び立ち、祭りの準備に戻る。

 誠斗は外からの寒い空気が入るのを防ぐために窓を閉じて、紅茶を淹れる準備を始めた。




 *




 マーガレットのツリーハウスを出たシノンは寒空の下、ぐんぐんと高度を上げて、森の木々を下に見おろすほどの高さまで上昇する。

 普段ならば、木々より上に上昇することはないのだが、それでは木々をよける分、少々移動に時間がかかる。冬の間は妖精のゲートは機能しないので森のどこへ行くにしてもその距離分を自ら飛んで移動しなければならない。そのため、シノンはこのような高度まで上昇したのだ。


「それにしても、あんなにあっさりと参加の返事をいただけるとは……」


 かつて、マーガレットは人間は新年の到来を祝うような祭りをしないと聞いていたので、誠斗があっさりと参加に応じたのは意外だったのだが、もしかしたら彼がもといた世界にはそう言った習慣があったのかもしれない。

 いずれにしても、これはいい傾向だ。


 あまりにも排他的になりすぎた妖精は外のことを知らなさすぎる。無知ということ自体には罪はないのかもしれないが、それは時に重大な損害をもたらす。

 それはあの青年……ヤマムラマコトにも言えるかもしれない。彼もまた、この世界のことをあまりにも知らなさすぎる。


 だからこそ、お互いに少しずつでも有用な情報を吸収できるようにこういった交流は大切になる。


「……妖精史上初めてではないですが、久方ぶりの年越祭(としこしさい)への他種族参加ですね。気合を入れて準備をしなければ」


 そういうシノンの口元はにやりと細い三日月の形をしていた。




 *




 たくさんの雪を抱えてセントラル・エリアに戻ったシノンはカノンの姿を見つけるなり、むっと眉を潜ませる。

 カノンの周りには二人の妖精が控えていて、かいがいしくカノンの世話を焼いていたのだ。


「あぁシノン。戻ってきたんだ。そう。帰ってきたの?」

「あっお帰りなさいませ。シノン様」


 カノンと妖精のうち一人が反応する。

 もう一人の妖精……あからさまに嫌そうな顔をしているリノンが何も言わないのは想定通りだ。


「カノン様。あなたは何をしているのでしょうか? 準備はどうしたのですか?」

「あーえっと……」

「……カノン様が休憩取りたいと申されていたのでこのような形になっております」


 答えに詰まるカノンに代わりリノンが無表情で答える。

 予想外の方向からの答えにカノンは一瞬、動揺したような表情を浮かべるが時はすでに遅すぎた。


「カノン様!」


 普段おとなしいシノンが大声を上げた途端、セントラル・エリアにいた妖精たちは雷の直撃を受けたかのようにびくりと体を震わせた。


「あなたはこんな忙しいときに何をやっているのですか!」

「いっいや、ほら、大妖精にも休息が必要かなって……そう。必要だよね?」

「はい。シノン様が行かれてからの時間分ぐらいは必要だとの判断でしたらそうだと思います」


 カノン含めて周りの妖精たちが恐れおののく中、リノンは平気な顔で火に油を注いでいく。

 気が付けば、カノンのそばにいたもう一人の妖精はいつの間にか姿を消していた。


「大体、あなたは妖精の長としての自覚があるのですか? あるわけありませんよね? あったらそんな態度とるわけないですものね。まったく、考えなしに行動しないだけありがたいですけれど、少しは真面目に働いたらどうですか? そもそもこの前も……」


 シノンの長々とした説教が始まるころにはリノンもその場から姿をけし、セントラル・エリアに残る妖精や大妖精も自分の作業に戻る。

 さすがに先ほどの声には驚いたが、シノンがカノンに対して説教をしているということぐらいなら日常的に見る光景だ。


 普段、カノンに対して忠実なシノンではあるが、それと同時にカノンに対して自分の理想を押し付けようとする傾向が強いように思える。

 それはシノン自身も自覚しているとのことであるが、それでも最低限のことぐらいはしてもらいたいという思いがあるようだ。


「……ですから、こうするべきであって……聞いていますか?」

「聞いてるよ。うん。聞いているから……さっさと終わらせ……じゃない。続けて」


 シノンの説教とところどころで漏れ聞こえるカノンの本心を耳にしながら妖精たちは明日の祭りに向けてせわしく準備を進めていく。

 妖精の森に夜の闇が迫るが、その後作業は説教を終えたシノンとどこかやつれているカノンをくわえて夜中まで行われていた。

 読んでいただきありがとうございます。


 現実での季節は夏に向かっているところですが、作中は冬なのでこのような話を入れてみました。


 これからもよろしくお願いします。

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