六十四駅目 マーガレットの仮説
シャルロの森の中にあるツリーハウスにいるのはいつも通り誠斗とマーガレットの二人だ。しかし、いつもと決定的に違うのはなんとなく、重苦しい雰囲気が場を支配していることだろうか。
マーガレットが一通り仮説を離し終わったその瞬間から、ずっとこの状態だ。
「……マーガレットが言っていること、本当なの?」
「えぇ。完全にそうだと言える証拠はないけれど、限りなく真実に近いと確信はしているわ」
つい先ほどまでの約三十分間、マーガレットが話した妖精に関する仮説というのはかなりの衝撃をはらんだ内容であった。
誠斗はその話を理解しようと少しずつ頭の中でマーガレットの話を噛み砕いていく。
まず、彼女が最初に挙げたのは“妖精に比べて大妖精は旧妖精国という領土にあまりこだわっていないということだ”。
何でも、実際に大妖精と妖精が旧妖精国領土を奪われてシャルロの森に移される際、大規模な反対運動を展開した妖精に対して、大妖精たちは形だけの抗議をしてあっさりとそれを受け入れいたのだ。
彼女たちとしては旧妖精国という領土が、たった百数名の妖精だけで統治するには広大すぎると考えていたのだろう。だからこそ、魔族のように人間と敵対するわけでもなく、旧妖精国という領土の大半を譲り、新しい住処の保証もされたという認識を持っているらしい。
それに反発するのは、一部を除いた下っ端の妖精たち。旧妖精国という領土にこだわりを持ち、そこを取り戻さんと主張する勢力だ。
おそらく、そこに今回の話を持っていけば、誠斗が予想していたようなかなりの反発があったことは間違いないとのことだ。
まぁここぐらいまでならわからなくもない。
確かに妖精たちがこの森の中で狭く不自由だと文句を言っているような節は見られない。
そう考えると、大妖精たちの考え方も納得いくかもしれない。
実際にあっさりと引き渡されたからこそ、現在もこのような形で妖精がこの場所を治めているのだろう。
それに対して、すべてではないにしろ妖精たちが反発するのは必至。これもよくありそうな話だ。
しかし、誠斗が何よりも衝撃を受けたのはその次の話。
“妖精たちが十六翼評議会と何かしらの形でつながっている可能性”
この話に関しては、前の大妖精が旧妖精国という領土にこだわっていないという話ほどの確証はない。としながらも、いくつかの状況証拠が提示された。
まず、一つ目に旧妖精国が帝国に編入されたとき。
この時期には同時に亜人追放令も発令されているのだが、そのあたりにかかわる動きがあまりにも迅速すぎるそうだ。
亜人追放令が発令されたのは統一国歴421年4月1日、旧妖精国編入はその前日の3月31日、妖精たちがシャルロの森への移住を完了させたのは亜人追放令発令の二日後、4月3日だというのだ。
これはまるで事前に協議が行われていたのかのような異常な速さであり、少なくともこの時点で大妖精と十六翼評議会が何かしらの形でつながっていた可能性が浮上してくるのだ。
その後の歴史を見ても十六翼評議会のメンバーであったマミ・シャルロッテを始め、旧妖精国を分割した領土を治めることになる初代領主たちもまるでその土地を昔から知っていたかのように一気に街道を造り上げ、たくさんの宿場町を設置した。
たったの一年しか時間がないはずなのにその配置は絶妙で完璧なものだったそうだ。
これを考慮すると、この計画の背後に旧妖精国の地形に詳しい大妖精がいた可能性は否定できないというモノだ。
さらに二つ目の理由として、現在進行形で言える事なのだが、何かとタイミングが良すぎるというか、ある意味で十六翼評議会の都合のいいように妖精たちがうごいているように見えるとのことだ。
確かに初めてサフランが姿を現した時、あれだけ大胆に魔法を使ったというのにその魔法発動中だけ、妖精があたりから姿を消したり、サフランがツリーハウスに来るときに限って、マーガレットは妖精たちに呼び出されてどこかへ行っていたりということがあった。
これらは普通に考えれば、偶然だとか、サフランが妖精たちがいないタイミングを狙っていたからという可能性もあるが、確かに妖精たちの協力があったと考えれば簡単に納得できる。
マーガレットの指摘する通り、これまで誠斗が気にしなかっただけで不自然なことなどいくつかあったのだ。それにあの妖精議会すらミニSL建設の可決は最初から決まっていた可能性もあるとのことだ。
よくよく考えてみれば、妖精議会で掲げられていた旗は十六翼評議会とは少し違うモノとはいえ、妖精の羽を模したような文様が描かれていた。
いろいろと理解が追い付かない。いや、追いついてはいけない気がする。
マーガレットは先ほどから考え込んだままで動かない誠斗を見ながら激甘紅茶に口を付ける。
「……まぁもっとも、それがなかったとしてもカノンは鉄道に対して肯定的に見えたし、この結果は変わらなかったかもしれないけれどね」
「……そう。でも、仮に大妖精と十六翼評議会がつながっているとしてその目的は何?」
誠斗が聞くと、マーガレットはしばらく考えてからゆっくりと何かを探るような口調で話し始めた。
「……残念ながら、私は妖精ではないから何とも言えないけれど……おそらく、統一国が猛威を振るう中で自分たちの地位を確保することだと思うわ。前にも言ったとおり、妖精たちはかなり排他的な種族だから、人間社会に溶け込むなんてことは絶対に阻止したかった。そこで、方法は分からないけれど統一国を牛耳る十六翼評議会と接触した……いえ、彼らの行動からして統一国による領土拡大を推し進めたいがために議会側から接触して、それに対して大妖精が妖精たちの住処と独立を保障させたといったあたりかしら? いずれにしても、逃げるように散り散りになった他の亜人に比べて、状況が良すぎるわ。まぁ妖精以外にもかなり早い対応をした亜人の組織はいくつか見られたけれど、種族ぐるみでっていうのは大妖精と妖精だけよ」
「そっか……」
マーガレットは遠まわしに他の亜人の一部も十六翼評議会と関わっている可能性を上げているわけだ。そうなると、ますます訳が分からない。
なぜ、亜人たちが亜人追放令に対して納得したのか? なぜ、現在もおとなしくしたがっているのか……
理由はよくわからないが、この問題は間違いなく世界の闇の一面なのだろう。あまりにも根深そうなその闇は何が真実で何が虚偽なのかまったくわからない。
おそらく、妖精やサフランに聞いたところでそのあたりの答えは返ってくることはないだろう。
誠斗は深くため息をつく。
妖精に何かと協力してもらっている以上、あまりこのことについて言うわけにはいかないだろう。
自分で聞いておきながら、若干後悔の念に駆られていた。
もちろん、この話はあくまでサフランの推測であるからすべてが真実とは限らない。
しかし、彼女の話を聞く限りそれが真相なのではないかと思えてならないのだ。
誠斗は視線を窓の外に移す。
何が真実で何がウソなのか……
今はそうではないにしろ、いつかは真実を知らなければならない日が来るのだろうか?
誠斗は雪が積もる森を見つめながら深くため息をついた。




