幕間 ふたりの青年
地下の喫茶店での話しを終えて地上に出ると、陽は大きく傾いていて、町を赤く染めていた。
誠斗はマーガレットと並んで町を歩く。
馬車が三台ほど並走しても余裕で通れる大きなシャルロ西街道は夜が目の前に迫っているというのにいまだに活気で満ちていた。
「ねぇ! このあと、いつもの場所で遊ぼう!」
魔法使いを思わせるような真っ黒な服を着た子供たちとすれ違う。
誠斗は彼らの背中を少し目でおっていたのだが、すぐにマーガレットに声をかけられて彼女の横に追い付く。
「どうかしたの?」
そんな誠斗の様子を見て心配したのか、マーガレットが声をかける。
「うん。少し懐かしくなってね。昔はあぁやってみんなで帰っていたなって……」
「そう。ツバサとかいう友達も一緒に?」
マーガレットの質問に誠斗は静かに首を横に振る。
「飛翔は違うよ。彼はこの世界にくる少し前に知り合ったんだ。子供の頃は近所に住んでいた年上の女の子とよく遊んでたんだ。なんて、名前だったかな……」
「覚えていないの?」
マーガレットが意外そうな表情を浮かべるのに対して、誠斗は苦笑いを浮かべた。
「なんでだろうな。それころ、姉と弟ぐらいに年が離れていて、ずっと、お姉ちゃんって呼んでいたし、ある日突然いなくなっちゃてね……どこで何をしているんだか……」
誠斗は立ち止まってふと、夕焼けに染まる空を見上げる。
もちろん、自分が異世界にいる以上、彼女との再会はないだろう。
しかし、だからといって彼女のことが気にならないということはないのだ。
なぜ、あの子供たちを見て、唐突に彼女のことを思い出したのかわからないが、その一方でこれまで、すっかりと忘れていたというのも事実だ。
誠斗は小さくため息をついてから、視線を前に戻す。
「まぁでも、今となっては向こうでボクがそういわれているんだろうね」
「そうでしょうね。ツバサもろとも行方不明扱いじゃない?」
「そうだね」
そう言って誠斗は笑みを浮かべる。
しかしながら、例の彼女と最後に会ったのはいつだっただろうか?
そのときは飛翔も一緒だったような記憶もあるが、頭の中に霧がかかったようにまったく思い出せない。
彼女の容姿も、名前も、彼女がかけてくれた言葉も……それだけではない。ほとんどの場合は彼女が存在していたという記憶すら忘れていて、先程のように唐突に思い出す。
最近、他の記憶についても若干怪しいのだが、彼女に関することは特に顕著だ。
このままでは彼女と接していたという記憶すらなくなってしまうかもしれない。
夕暮れの街の中で誠斗はふと、彼女のことについて忘れないためにはどうしたらいいかと考える。
「マコト? どうかしたの?」
しかし、その思考を中断させるかのようにマーガレットが再び声をかけた。
「いや、別になんでもないよ」
そう言っているころには、彼の頭の中には例の彼女のことなどまったくなく、自分がつい先ほどまで何を考えていたかも思い出せないでいた。
「そう。なら別にいいわ」
誠斗はマーガレットと二人並んで馬が預けてある宿へと向かって行った。
*
シャルロ領の中心街シャルロシティ……そこは日本でいえば県庁所在地にあたるような町だ。
行政機関が集中し、経済の面で見てもシャルロ領の中心とみて間違いない。交通の面においてはシャルロ領はおろか、旧妖精国と呼ばれる地域全体で見ても交通の要の一つとなっている。なぜか、領主はこの町に住んでいないのだが、それでもちゃんと行政が機能するような仕組みになっていると聞くのでそれは大した問題にはならない。
そんな町のちょうど中心にある中央広場から東向きに伸びるシャルロ東街道に海原飛翔の姿があった。
彼は手元にあるメモに視線を時々落としながら目的地を探す。
彼の行先はかつてのシャルロ領主マミ・シャルロッテが住んでいたとされる屋敷の跡地だ。
サフラン曰く現在のシャルロッテ家の屋敷に引っ越す際に取り壊されて、現在はただの居住区になっているとのことだが、彼女にどうしてもと頼み込んでその場所を教えてもらったのだ。
彼女から渡されたメモによると、彼女が住んでいた場所はシャルロ東街道沿いの場所だったそうで当時はその場所にあった屋敷からシャルロシティのほとんどを見渡せたという。
この屋敷の最初で最後の主であるマミ・シャルロッテという人物については、彼女の死とともにほとんどの記録が抹消され、奇跡的残っている記録でもその評価や人物像などは大きく異なっている。
鍛冶屋、領主、十六翼評議会議長、平和主義者、変わり者、亜人を追放した悪魔……中には彼女は異世界人であり、この世界の出身者でないとする記録がある一方、この世界の生まれであり、幼少期の出来事が原因で亜人をひどく毛嫌いしていたともされる。
何が真実で何が虚偽なのかなど、本人が居なくなってしまった今ではわからないが、彼女のゆかりの地を訪ねてみることで多少なりとも何かをつかめるのではないかと思ったのだ。
何が自分をそこまで突き動かすのかわからないが、一番根底にあるのは彼女が自分たちと同じように異世界へ放り出されたのだとすれば、どのようにしてこの世界で生き抜いていったのかということへの興味だろう。
「ほら! 早く行こうよ!」
道を歩いていると、黒づくめの服を着たシャルロ南魔道学校の制服を着た男の子二人女の子一人が走ってくる。
女の子が男の子のうち一人の手を引っ張っていて、もう一人の男の子が必死にその後を追いかけている。
その光景を見たとき、飛翔の頭の中にある人物の姿がよぎった。
かつて、誠斗が姉と呼び慕っていた人物。
彼女は飛翔から見れば恩人とも呼べる人だった。
いや、恩人という表現は少し大げさかもしれない。
かつて、日本で住んでいたあの町に引っ越した時にワンマン電車の乗り方がよくわからず、整理券を取らずに席についてしまった。
いざ、終点の駅で降りようとしたときに自分が乗った駅の駅名もわからずに困っていたところで“自分と同じ駅から乗りましたよ”と言ってくれたのが彼女だった。
彼女と運転士が顔見知りだったということもあり、飛翔は正しい運賃を払って下りることができた。
大学生だと言っていた彼女は鉄道についての知識が深く、彼女のそういった話について行こうと必死になって鉄道の知識について学んだ。
彼女からも様々な話を聞きながら、自分自身もその魅力に取り込まれていった。
そんな中、彼女を通じて紹介されたのが、転校先の学校で同じになるという誠斗だった。
誠斗とはすぐに打ち解けあい、仲良くなれたのだが、その直後に起こったのが彼女の失踪である。
あの時は夜遅くになるまで彼女の姿を探し続けたが、彼女の行方はおろか証拠すら見つからず、警察も捜索をあきらめてしまった。
その後も必死になって彼女の姿を探していたのだが、結局この世界に飛ばされるその日まで彼女の姿を見つけることはできなかった。
飛翔は一度立ち止まり空を見上げる。
あの子供たちの姿を見て、彼女のことを思い出したのは彼らがその当時の自分たちに少しだけ似ていたからだろうか?
行動力のある彼女が誠斗の手を引っ張って走っていき、そのあとを自分が追いかけていく。転校してからたった一か月間だけの光景だったが、彼女のことは飛翔の脳内の強烈に刻み込まれている。
もしかしたら、飛翔の中では彼女に対して憧れ以上に恋心のようなモノもあったように感じる。
「……元気にしているかな、友永さん」
そう言って飛翔は空に向かって手を伸ばす。
同じ空の下とは言わないが、こちらもあちらも空模様は似たようなものだ。
晴れればスカイブルーの空に白い雲が流れ、夕刻には赤く染まる。雨も降れば雪も降る。
少しの間、その場に立っていた飛翔は再びマミ・シャルロッテの屋敷跡地を目指して歩き出した。
この世界で生き抜くためのヒントを得るためにだけではなく、マミ・シャルロッテという人物について知るために……




