五十七駅目 路地裏の喫茶店
エルフ商会を出た後、誠斗はマーガレットについてシャルロシティの街を歩いていた。
今歩いているのは中央広場から西に向かうシャルロ西街道だ。
マーガレットが言うには、この道はシャルロシティを出た後、シャルロ領の西側を通って南に向かう街道なのだという。
もっとも、馬車はエルフ商会に預けてあるし、シャルロの森に帰るのならまっすぐと北に向かう方が早いので町の中を歩くだけなのだが……
誠斗はシャルロシティの街並みをまぶたの奥に焼き付けようと必死に目を見張る。
この世界にはカメラがないし、あまり頻繁に訪れられる場所でもない。だからこそ、そうしているのだ。
マーガレットはそれを理解しているのか、いつもよりもゆっくりと町の中を歩く。
「……そろそろ休憩しましょう。私の知り合いの店がこの辺にあるから。そこでさっきのカシミアの話について考えましょう」
彼女はそういうと、シャルロ西街道に交差するような形で南北に伸びている細い道に入る。
「カシミアのことってさっきの出資の話?」
「そうよ」
マーガレットはそれだけいうとあとは黙って路地に入っていく。
いつもながら、マーガレットの知り合いの店は表通りにはないらしい。
誠斗は黙ってマーガレットのあとを追いかける。
「もうすぐよ」
彼女はそう言うと、路地裏にある小さな店の前で立ち止まった。
周りの建物に比べて小さなその店は建物の間に挟まれるような形で建っていた。
いまだにこの世界の文字が完全に読めない誠斗は店の名前を読むことはできないが、看板の横にコーヒーカップの絵があることから、喫茶店のような店だろうか?
誠斗は確認の意味を兼ねて横に立つマーガレットに声をかけた。
「ここは?」
「喫茶店。ただし、あまり他に聞かれたくない話でもちゃんとできるような場所ってところかしらね」
彼女はその店の狭い入口をくぐり中に入る。
誠斗は少し迷ったが、マーガレットが知っているのなら多少怪しげな店でも問題ないだろう。
そう考えて、少し頭を低くして小さな入口をくぐる。
中に入ると、真っ先に誠斗を出迎えてくれたのは地下へと下る階段だ。
下を見ると、すでに階段を降りはじめているマーガレットの姿が見えた。
店構えを見る限り、喫茶店はおろか普通の住宅にしてもあまりに狭すぎることに疑問を抱いていたが、地上にあるのは入り口だけで店自体は地下にあるということだったらしい。
確かにこれであれば、マーガレットの言う通り話の内容がほかに漏れることはないのかもしれない。
ただ、他の客がいる可能性を考えればそれも完全ではないのかもしれないが、それに関しても何かしらの考えがあるとみて間違いないかもしれない。
階段を下り始めて数分で一番下に到達し、地上と同じコーヒーカップの看板がついた木の扉が姿を現す。
マーガレットがその扉を押すと、カランカランという地下の薄暗い雰囲気とはミスマッチな軽快な鐘の音とともに扉が開く。
「……らっしゃい」
それと同時にぶっきらぼうな男の声が聞こえてきた。
先ほどの声の主と思われる男はマーガレットよりも小柄で顔が童顔であれば少年だと思われてもおかしくない背格好だ。
マーガレットは男の前に立つと、カウンターに手を置いて口を開く。
「久しぶりね」
「あぁあんたか……名前は前と一緒か?」
「えぇ」
マーガレットの返答を聞いた男は顔を上げて意外そうな表情を見せる。
「珍しいな。今まで最長じゃないか?」
「……珍しく気に入っているのよ。というか、私が前にここに来たのってそんなに前だったかしら?」
「そうだな。まえに見たときはおいらはもっと若かったはずだ」
男がそういうと、マーガレットはクスクスと笑い声をあげた。
「まったく、面白くない冗談ね。そこまで前じゃないでしょう? それよりも……」
「個室だろ? 空いてるよ」
「話が早くて助かるわ。案内してくれる」
「おう。そっちの兄ちゃんもついてきな」
店主の男は二人に声をかけた後、カウンターの奥にある扉を開けて二人を招き入れる。
マーガレットと一緒にその後ろについていくと、再び近くに下る階段があり、現在いる場所よりさらに地下の空間へとつながっているらしい。
それを抜けると、先ほどのフロアに比べて松明の間隔が広く、薄暗い空間に出る。
店主の男性は立ち止まることなく、通路をまっすぐと進み、マーガレットも戸惑うことなくあとを追いかけていく。
誠斗は暗い足元を慎重に確認しながらついて行こうとしたのだが、それでは二人において行かれそうなので暗がりに何もないと信じつつついていくことにした。
やがて、通路の左右にいくつかの扉が現れ始めた。
これが、先ほど店主とマーガレットの会話の中に登場した“個室”の入り口だろう。
なぜ、このような喫茶店にそんな場所があるのかと聞くのは野暮であろうが、それでもこんなに数があるというのは気になってしまう。
やがて、店主はある扉の前で立ち止まり、扉を開けた。
「ここでどうでしょう? 一応、二人用の部屋です。ご注文がございましたらいつもの通りにお願いいたします」
「わかった。後はこっちでやるよ」
マーガレットの返事を聞くと、店主の男は頭を下げてその場から立ち去っていく。
「ほら、入るぞ」
「えっうん」
誠斗はしばらく男の背中を見ていたのだが、マーガレットに促されるような形で部屋の中に入る。
部屋の中は廊下ほどでないが薄暗くて、中央には小さな机とイスが二つ置いてある。
マーガレットと誠斗はそれぞれのイスに座り、向かい合う。
マーガレットは机の上に置かれていた羊皮紙を手元に持ってきてペンを手に取った。
「それで……さっそく、今日のカシミアの話だけど……」
彼女はそう言いながら何かを羊皮紙に書き留めていく。
誠斗はそれを目で追いながらマーガレットの言葉に耳を傾ける。
「……カシミアが提案しているのはいわゆる“組合制組織”に近いものね。有名どころだと馬車組合やドラゴン組合、海運組合等々が当てはまるわ」
「組合制組織ってどんな組織なの?」
「……そうね。簡単に説明すれば、何人かの個人や団体の共同出資で運営される組織といったところかしら? これの目的は主に船や馬車、ドラゴンを複数人で協力して購入、運営し、その利益と損害を出資比率に応じて平等に分配すること。組織運営の決定権も出資の比率で決まるわ。恐らく、カシミアは鉄道の組合制組織での運営刺せたうえで自分たちが多額の出資をすることにより、自分たちが有利になるようにそれを利用したいと考えているはずね……まぁ現にエルフ商会はシャルロ馬車組合に多額の出資をして、ある程度優先的に馬車が使えるようになっているはずよ」
「そっそうなんだ……」
日本でいう株式会社に近いものだろうか?
もっとも、話を聞く限り日本のモノとは少し違うのかもしれないが……
マーガレットはペンを置くと、羊皮紙を取ってそれを壁際にあった紐に括り付けた。
「まぁこれの利点は比較的出資金が集めやすいこと、ただ欠点としてあまり自由に組織が動かせないというのがあるわ。まぁこれについてじっくりと考えるためにここに来たのよ。まぁ出資者がエルフじゃなきゃここまでする必要はないんでしょうけれど……」
彼女はそう言いながら紐を二度、引っ張った。
すると、紐は勢いよく引き上げられ羊皮紙ごと天井へと消えて行く。
「時間はたっぷりあるし、紅茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」
彼女はそう言いながら席に戻った。




