五十三駅目 環状線の雪かき
マーガレットがかごに何やら薬草類を詰めて帰ってきてから数分。
誠斗とマーガレットの姿は雪が20センチほど積もっているマーガレット家前駅にいた。
20センチと言っても東京や名古屋と言った日本の都市でそれだけの雪が降れば交通の大混乱を招きそうな積雪量だ。それはミニSLに関しても同様だ。いや、それ以上に深刻と言っても過言ではないかもしれない。もっとも、誠斗が住んでいたところは山の中であり、冬になると雪深いまではいななくともそれなりの積雪がある地域だったため、都会の人ほど雪に不慣れということはない。
しかし今回は少々事情が違う。実車よりも小さく造られているミニSLの線路とホームはすっかりと雪の下に埋もれてしまい、かろうじてミニSLが停車している位置から駅の場所がわかる程度だ。
そんな風景を見ながら、マーガレットは小さくため息を吐く。
「これは予想以上に厄介なことになっているわね」
「そうだね。本当にミニSLで行くの? これだったら歩いていく方が早い気がするけれど……」
「それじゃデータが取れないでしょう? それにその方が面白い土産話もできるでしょうし」
マーガレットはそう言いながらスコップを手に取り、雪かきを始める。
「いや、でもさ……大丈夫なの? 時間とか……」
「大丈夫よ。もともと、二日かけていく予定だったんだし、途中の宿での滞在時間を削れば十分間に合うわ。それとも、この作業のせいで一日以上遅れるとでも言うの?」
「いや、そういうわけじゃないけれどさ……というか、シャルロシティまで二日もかかるの?」
誠斗としては雪かきを続けるということよりも、シャルロシティに行くまで二日もかかるという事実の方が意外だった。
確かに近くの町まで行くのにかなり時間はかかっていたが、だからと言って泊りがけになるほどの時間はいらなかった。同じ領内と言ってもシャルロシティという町は泊りがけで行かないといけないほど遠いということなのだろうか?
もともと、日本に住んでいた誠斗としては二日かけていくとなると外国のどこか辺鄙なところまで行くのだと想像してしまうが、車も鉄道も飛行機もないこの世界の移動手段……とりわけ、陸上での移動に限ると徒歩か馬車だ。
マーガレットは自前の馬車を持っているのでわざわざ徒歩で行くことはないだろうから、馬車で向かうのだろう。だとすれば、誠斗がもといた世界での二日かけての移動とこの世界での二日かけての移動は大きく距離が異なる可能性が大きい。
誠斗がそんなことをごちゃごちゃと考えている横でマーガレットは線路の上に積もっている雪を軽くどかすようにして雪かきをしていく。
おそらく、彼女としてはある程度雪をどかしておけばミニSLは走行できると考えているのだろう。
「まぁちゃんと間に合うんならいいんだけどさ……」
駅の周辺の除雪が終わると、休憩のためなのかマーガレットはスコップを置いて家の方へと歩いていく。
「ねぇ。同じように雪かきをしていけばいいの?」
「えぇ、そうしてくれると助かるわ」
マーガレットの返答を聞いた誠斗は彼女がしていたのにならって雪かきをする。
そのすぐ背後でマーガレットは雪を下ろしたミニSLの貨車に魔法薬を積んで紐で固定していく。
「結構な量なんだね」
誠斗はその量を見て目を丸くした。
ミニSLにつまれた魔法薬のビンは二百個はあるように見える。
誠斗の反応はある程度予測していたのか、マーガレットは表情ひとつ変えることなく返事を返す。
「えぇ。相手は商人だからこれぐらいは普通よ。ほら、さっさと雪かきをして頂戴」
「はいはい」
マーガレットとしても時間は多少かかってもいいとは言いつつも必要以上に時間をかけたくないのだろう。
誠斗は少しずつ雪をどかしていく。
池のあたりに到達する頃には荷物の固定が完了したのか、誠斗の背後からゆっくりとマーガレットとたくさんの魔法薬を積んだミニSLが迫ってくる。
「ほら、早く進んで」
「はいはい」
これに関しては文句を言っても仕方がないので誠斗は黙々と雪かきを続ける。
その作業が池の半分ぐらいまで済んだとき、ほんの一瞬であるが耳を貫くような鋭い音が二度ほど鳴った。
突然の出来事に何が起きたのか理解できなかったが、大きな問題はなさそうだったので雪かきを再開することにした。
「あぁそういえば……」
「何?」
マーガレットの言葉に誠斗は再び雪かきを手を止めて振り返った。すると、誠斗の視線のその先では彼女はあごに手を当てて小さく唸り声をあげている。
「どうしたのさ?」
「いえ……何か忘れているような気がして……」
「忘れてるって……何か忘れ物でもしたの?」
「いえ……そうではないけれど……」
「だったらまた、思い出したらでいいんじゃない?」
「まぁそれもそうね……」
不安げにちらほらと周りを見回しているマーガレットの姿に若干の違和感を覚えたが、彼女が思い出したらでいいということに対して納得してくれたので雪かきを再開する。
「それにしても珍しいね。マーガレットが何か忘れるなんて」
「そう? 長く生きていれば少しずついろいろなことを忘れていくものよ。だからと言って、マミみたいに記録を残したりするつもりはないけれど……そういえば、あなたはやってるの?」
「やってるって……何を?」
あまりにも唐突な問いに誠斗は首をかしげる。
その返事を聞いたマーガレットは小さくため息をつく。
はたして、彼女にこのような反応をされるようなことをしただろうか? そもそも、魔法薬の調合の手伝いはあまりしていないが、これに関してはとりあえずはいいとマーガレットに言われている。
ほかに思い当たる節はないのだが、単純にこちらが忘れているだけなのだろうか?
いつの間にか雪かきすら中断して考え込む誠斗に対して、マーガレットはもう一度小さくため息をついてから口を開いた。
「……日記。最近は書いてるの?」
「えっと……そう言えば、忘れていたような……」
「やっぱり……」
マーガレットは額に手を当てて首を何度か横に振る。
おそらく、彼女は自分が言った“記録を残す”という言葉で思い出したのだろう。しかし、ここでマーガレットが日記のことを忘れていたということを責めることはできない。
誠斗自身も日記を書くのを忘れていたのは事実で日記を書くというのも誠斗自身のためにやらなければならないことだからだ。
「まぁちゃんと明日からは日記つけなさい。私は少し特殊だからいいかもしれないけれど、あなたは普通の人間なんだから……」
「うん。わかった」
「よし。それじゃ雪かきを再開して頂戴。環状線南分岐点に到着したら交代ね」
彼女の言葉を聞きながら誠斗は手を動かし始める。
「でもさ、雪かきを交代したら誰がミニSLを動かすの? ほら、ボク以外にマーガレットしか動かせないでしょ?」
「この場にいるのはね」
誠斗の疑問にマーガレットはさも当然のように答える。
その態度を見る限り、マーガレットには彼女なりの考え方があるのだろう。
誠斗は特にそれについて聞くことなく、池の周りの線路の雪かきを進めて行った。




