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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第一章
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五駅目 領主様の気まぐれ

「あーあと、ここに名前書いてくれれば手続き完了だから」


 誠斗の目の前にあるのは一枚の紙切れだ。

 そこに書いてあるのは、誠斗の名前と住所、性別などの情報だ。


 アイリスが領主を務めているシャルロ地方では住民が戸籍により管理されていて、“表向きには”登録されていない者が住むことは許されていない。

 別に持っていなくても捕まることはないそうだが、領民権というのが発生しないためにありとあらゆる取引や契約、サービスを受けることが出来ないそうだ。


 たとえば、どこかのお店で働くことにしてもここの領民であるという証明がないとよっぽどか雇ってくれないし、何かしらのトラブルに巻き込まれたときに助けてもらうことができないという。

 ただし、この制度自体シャルロ地方独自の制度なのでこの地方の外にさえ出ればそんなものに縛られる必要はないそうだ。


「はいはい。ありがとう。とりあえず、カード発行するからちょっと待っててね」


 本当に領主なのだろうかと疑いたくなるような見た目の少女は誠斗が書いた紙を持って立ち上がる。

 そのまま、部屋から退室しようとしたのだが、急に立ち止まりこちらに振り返った。


「そういえばさ……私って名乗ったっけ? まぁどっちでもいっか。いまいち物覚えが悪くてね……二度目かもしれないけれど、名乗らせてもらおうかな。私は、アイリス。アイリス・シャルロッテだ。このあたり一帯の領主をやっている。まぁ副業というかほとんど趣味の領域だが、鍛冶もやっていてね。私の作品を見たいっていうのと変わったもんを作ってほしいっていう依頼なら大歓迎だ。じっちゃんや父ちゃんは基本こそ大事だっていってこの部屋に飾ってあるようなもんしか作らなかったんだけれど……と余分なことを語りすぎたな。とりあえず、証明書の発行だけしてくるよ」

「えっと……お願いします……アイリス……様?」

「堅苦しいのいいから。気軽にアイリスって呼んでくれていいよ」


 そういうと、アイリスは誠斗が書いた紙を左手で躍らせながら退室していった。


「アイリスさんか……」

「どうした? まさか、あれに惚れたか」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 もしかしたら、あの人だったら何とかしてくれるのかもしれない。


 彼女の協力をうまく得られればここへ来る道中で考えていた構想を実現に持って行けるかもしれない。


 そんな思いが誠斗の中で渦巻き始めていた。




 *




 証明書の発行自体は数分で終わった。

 その理由について尋ねてみたところ魔法を使えばすぐに終わるとのことだ。


 領民証明書……通称でアイリスカードと呼ばれるこれは、クレジットカードほどの大きさで専用の魔法をかけると名前を始めとした様々なデータがその場での必要に応じて出る仕組みになっている。

 最初に書類に書いた情報以外はすべて記憶から抽出されて記録されていくそうだ。

 なぜ、最初に名前等を書く必要があるかと言えば、記憶の中で誰に関する情報を取り出せばいいか判断するためにそうしているのだという。


 その情報を書き込むためにカードを頭にかざしていると、アイリスに声をかけられた。


「そろそろ書き込み終わったから見せてもらってもいい?」

「えっはい」


 アイリスは誠斗からカードを受け取って天井にかざす。

 横でマーガレットがプルプル震えているが気にしてはダメかもしれない。


「なんじゃこりゃ! ちょっ……えっ? あんた本当に人間?」

「はい?」


 どこでそこまで驚かれたのかよくわからない。

 いや、記憶の糸を手繰り寄せると一つ思い当たるものが一つある。


「もしかして……」

「そのもしかしてよ。魔力……精霊相手とは言え、あそこまで言わせたからね……クスクス。アイリスが驚いているの久々に見た気がするわ」


 マーガレットはいまだに息を殺して笑い続けている。

 その様子を見てアイリスは盛大にため息をついた。


「……はぁ。あんたさぁ……うちの領内になんていう爆弾を放り込んでくれるんだよ。つーか“シャルロの森”はいつからお前の家になった? というか、いつから“マーガレットの森”に改名した」

「あら? あの森の中はすべて私の土地だという認識だけど? 村長たちの了承も得ているし。大体、シャルロの名は消滅したわ」


 サラリととんでもないことを言い切ったマーガレットに対して激高したアイリスが詰め寄る。


「だったら、地方の名前と私の家名がマーガレットになるでしょうが!」

「なればいいじゃない? そもそも、私が意図的に改名したわけじゃないわよ。というか、あなたもちゃんと認識しておかないと。先代の時代からすでにこうなっていたけど?」

「……何で私が知らないのさ」

「さすがにそれは知らない」


 だんだんと……というか目に見えてアイリスのテンションが下がるのがわかった。

 対してマーガレットがいつも通りの調子なので余計にそう思えてしまうのかもしれない。


「まぁいいや……なんか、既成事実化しているだろうし……確認はとらせてもらうけれど……それよりもさ、こいつ本当に人間?」

「れっきとした正真正銘の人間よ。私とマノンが保証するわ」


 あっちゃんと名前知っているんだ。


 あまりにもどうでもいい誠斗の考えなど知る由もなく二人の会話は進行していく。


「でもさ……このスペックでねぇ……高いのならさ、いいけれど常識的に考えてだよ? こんなに魔力がからっきしで生きていけるわけ?」

「生きてんのよね。これが……いや、なんでもこの子異世界人らしくてね。その世界に魔法なんてものはないみたいよ」

「いやいやいや! 魔法なしとかそれこそ文明社会が存在していい環境なの? 私たちの生活から魔法を除けば分かると思うけれど、とてもじゃないけれど文明的な生活なんて送れないよ」


 うん。まぁ少し怒りたくなるが、実際に科学が存在しない世界からの住民が目の前に現れたら似たようなことを言ってしまいそうなので何も言わずにただただ経過を見守ることにした。


「それで……あぁそうだ。せっかくだから、見てもらいたいものがあるんだけど」

「見てもらいたいものですか?」

「そうそう。いや、人間は初めてなんだけど、このあたりって時々さ、この世界のモノじゃない奇妙なモノが落ちてきたりするんだよね。で、その中で一つでもわかるものがあれば教えてほしいなって。ほら、それが今日の世界を改変する大発見かもしれない。いやーできれば私のアイディアで造った新しい道具が世界を改変するなんてことがあったら大きな夢なんだけどね。領主なんてことをやっている限り、難しいかもななんて思えちゃんだよね」

「異世界から……」


 その中に地球からのものはあるのだろうか? 淡い期待が誠斗の中に生まれた。


「来てくれる?」

「……変な期待しない方がいいんじゃない? いくらなんでも都合よくそんなものがあるわけ……」

「見てみないとわからないでしょ? もしかしたら、仕組みは分からなくとも用途がわかるモノぐらいはあるだろうし」

「そうですね。連れて行ってもらってもいいですか?」


 誠斗の返答を聞くと、アイリスは嬉々とした様子で誠斗の肩をバンバンとたたき始めた。


「ありがとう! ありがとう! じゃあ、さっそく行ってみよう!」

「……とんだ時間の無駄に巻き込まれてしまったわね」


 マーガレットの愚痴を聞き流しつつ誠斗はアイリスに引っ張られるような形で部屋から出て行った。




 *




 アイリスの屋敷は広大で廊下を歩いていると、奥が見えないせいか永遠と続いているのではないかと錯覚してしまう。

 建物の外周に沿うように緩やかなカーブを描く廊下の左右には先ほどの部屋と同様にたくさんの道具などが置かれていて、ご丁寧にガラスケースもあるため、どこかの博物館のように見える。


 そんな廊下を歩き始めてから約5分。

 突然、目の前を歩くアイリスが立ち止まった。


「ここだ」

「ここ?」


 廊下である以上、ここまでたくさんの扉があったが、この場所はちょうど扉と扉の間で彼女が立つあたりには扉はない。


「部屋なんていったいどこに……」


 誠斗の言葉をさえぎるようにアイリスが右手を高らかと上げる。


「“開け”」

「えっ?」


 すると、ゴーという音とともに天井が開き、上からはしごが降りてきた。


「隠し部屋?」

「そうそう。こういうのって面白いよね。それに私の魔力にしか反応しないから誰にも盗めやしないだろうしさ」

「誰も盗まないわよ。あんなガラクタ。大体、魔力で動作しないし、人ひとりの手で持てない。さらにいえば、馬でも引っ張れないようなモノに価値があると思って?」

「思うわ。それこそ何かのモニュメントかもしれないけれど、それはそれで面白いんじゃない?」


 そう言って、アイリスが先にはしごを上り始める。


 興味深げに天井の穴を覗いていた誠斗であったが、彼女がそうし始めた途端に顔をそらす。


「どうしたのさ? さっさと上ってきなよ」

「いや……そのな」

「普段はズボンはいているあなたはすっかり忘れているだろうけれど、よそ行きのワンピースを着ているときにそれはどうかと思おうわよ? 上がるにしても気を付けないと丸見えよ。というか、この後にどこか行くんならさっさと退散しましょうか?」


 彼女の普段の格好というのは知らないが、今の彼女は快活なイメージにそぐわず真っ白なワンピースに身を包んでいた。

 その事実に気づいた彼女は顔を髪の毛同様、リンゴのように真っ赤にさせてあたふたとし始める。


「えっ? あっ!」

「とりあえず、上に上がったら?」

「わかった! 見ないでよ! 絶対に見ないでよ!」


 そういうと、彼女は急いではしごを上っていく。

 やがて、上から上ってきてと声をかけられたので、誠斗は慎重にはしごを上って行った。


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