四十八駅目 過去の技術の有用性
シャルロッテ家の執務室。
マミ・シャルロッテの肖像画が見つめる中、誠斗、マーガレット、サフランの三者は無言で向かい合っていた。
そんな中、メイドが入ってきて中央にある机に三つ紅茶を置く。応接用のソファーに座ったサフランは目の前の紅茶に砂糖を二つ落として混ぜはじめた。
「…………マコトさんはともかくとして、あなたが自ら来るとは思いませんでした」
そうしながら、サフランはマーガレットをにらむ。
しかし、その視線にさらされるマーガレットは全く動じた様子を見せずに無表情を保っている。
「私が来てはいけないの? 別にここに来るのは初めてじゃないはずよ」
「…………言ってみたかっただけですよ」
「そう。それで、さっそく本題に入ってもいいかしら?」
「…………私は構いません」
二人のそんなやり取りを聞きながら、誠斗は紅茶に砂糖を入れる。
会話だけ聞いていると、若干険悪な雰囲気が漂っているように感じるが、それは対して問題にはならないだろう。
マーガレットはテーブルに先ほど使っていたカードを広げてから、紅茶に大量の砂糖を透過し始める。
「…………これは?」
「火が出る魔法を込めたカードよ。聞いたことぐらいはあるんじゃない?」
「…………聞いたことはあります。ただ、今となってはあまり使われないモノなので見るのは初めてですけれど」
そう言って、サフランはもの珍しそうにカードを持ち上げた。
マーガレットは砂糖てんこ盛りの紅茶を口に含み小さく息を吐く。
「皮肉なものね……亜人に頼らないためにと人間が独自に開発した魔導具が真っ先にすたれていくなんて……」
「…………仕方ないのではないですか? 事前準備なしに魔力と魔法陣を正しくかけるだけで使える亜人たちの魔法と事前の準備とそれにあった道具が必要な人間の魔法。どちらが便利かは火を見るよりも明らかです。それに人間は古くより亜人から学んだ魔法を改良し、自らのモノとしていきました。ですので、今や魔法と言えば亜人というわけではないと考えています」
「まぁそれもそうかもしれないわね。でも、人間が編み出した魔法だって使えないことはないわよ」
まったくもって話についていけない。
魔法についての知識が皆無に等しい誠斗は二人が話していることの意味を理解しきれていなかった。
かろうじて、あのカードを使う魔法は人間が独自に開発したモノだということ、それ以外の魔法は亜人が使っていたモノが元になっているということぐらいだ。
そのどちらが便利かという話をしているという理解で正しいのだろうが、どちらもよく知らない誠斗としてはそもそも比較することすらできないのだ。
もっとも、知識があったとしても二人の会話に加わるかどうかは怪しい。
なんとも形容しがたいが、二人の間にとてもじゃないが割り込みなど出来なさそうな雰囲気が醸し出されているのだ。
「…………まったく、笑わせてくれますよね。人間が編み出した魔法というのは確かに亜人が生み出した度の魔法の種類にも適さないかもしれませんが、それが今頃なんですか? 即効性がなく、あまり威力も大きくない。それ故に名前すら付けられなかった魔法……いや、あったのでしょうけれどそれすら忘れられたのかもしれませんね」
「えぇ。確かにそういった短所があることは認めるわ。ただ、この魔法が必ずしも使えないというわけじゃないわ」
「…………そうですか? 歴史の中で淘汰されていったものに勝ちなどないと思いますが」
気づけば、マーガレットとサフランの間に火花が散り始めていた。
こんな調子でいつになったら本題を切り出せるのだろうか? こんな調子だと、魔法の話だけしてそのまま終わる可能性すらある。
まったくもって、この世界の人間は長々と前置きの話をしないと本題に入れないのだろうか?
そんなことを考えてしまうのだが、その感情はそっと胸の中にしまっておく。
別に気を使っているとかそういうわけではなく、単純にこの二人の間に割って入って本題を離しましょうなんて言う勇気は持ち合わせていない。
「失われた技術……いわゆる失われた魔法がすべて使えないということはない。その時に正しい使われ方がされない、またはできなかったか、何かしらの理由で継承者が途絶えやむを得ずに消滅していくか……このカードの場合はまさに前者。しかし、それがのちの時代まで使えないとは限らないでしょう?」
「…………そこまで言うのなら、この魔法の有用性を示してみたらどうですか? この場でです。魔法使いであるあなたなら楽勝でしょう?」
「えぇ。構わないわ。仮にこの魔法の有用性を示すことが出来たら何かしてくれるのかしら?」
「…………そうね。だったら、私が納得せざるを得ないような方法を示したら、なんでも一つ言うことを聞いてあげるわ」
いつの間にかというか、徐々に話がすごい方向に流れてきている。
マーガレットは何やら考え込むようなしぐさを見せているのだが、蒸気機関車の動力に使うという結論が出たばかりというタイミングのため、何ともわざとらしく見えてしまう。
さらに言ってしまえば、これまでの会話そのものが“なんでも一つ言うことを聞く”という言葉を引き出させるための伏線だったのではないかとすら思えてくる。
おそらく、マーガレットが提示した魔法がそれを言わせるレベルで使えないのだとしたら、その可能性が非常に高い。
もしかしたら、サフランが言い出さなければマーガレットからそういったことを切り出していたのではないだろうか。
なんとなく、そんなことを思ってしまうのだが、真相はマーガレットの心の中だ。
しばらく、あごに手を当てたり天井を仰いだりと言った動作を繰り返していたマーガレットはこれまたわざとらしく、手をポンとたたく。
「そうだ。こんな言葉を知っているかしら? 長所と短所は裏表」
「…………知っているわよ。それがどうかしたの?」
「えぇ。このカードを使った魔法の短所は準備の必要とその規模の小ささ、使える魔法が限定的であるという部分。ただし、これは考えようによっては場所と使い方を限定したうえで使う量がわかっているときに事前に準備できるという風に言い換えることができる。そして、これの最大の長所は人間向けに作っている関係でカードさえちゃんと作ればわずかな魔力を込めるだけで魔法を使うことができる。そして、一度発動すれば、最初に設定した時間まで発動し続けされることができる……さて、ここまで大丈夫?」
マーガレットはサフランではなく、誠斗に問いかけた。
おそらく、ここに至るまでの話にほとんどついてこれていないということを察していたのだろう。
誠斗は何も言わずに静かに首を盾に動かしてそれに答える。
それを確認した彼女はサフランの方を向き直って、話を再開した。
「さて、仮に火を燃やすとしましょうか。たとえば、蒸気機関車。あれは、火で水を熱して発生する蒸気を使ってピストンを動かし、その動きを動輪に伝えることで前に進むことができる。つまり、蒸気機関車に必要な絶対条件は水とそれを熱する火だ。ここで必要になるのが……」
「…………安定して燃える火。つまり、ここでカードの出番というわけですか」
「そう。この火は必ずしも巨大でなければならないということはない。このカードを使って起こせる火で十分だ。そして、このカードは使用中は常に魔力を流す魔法陣とは違い一度発動してしまえば、最初に込めた魔力分だけ燃え続ける。つまり、火が消えそうなタイミングで新しいカードを入れるという動作を繰り返せば、あらゆる可能性の中で最も効率よく火を燃やし続けることができるわけだ。それにこのカードならば、魔法を発動させるにあたっての知識はそこまで高いものを要求しないというのも大きいわね。これでどう? 納得していただけた?」
マーガレットの一連の説明を聞いたサフランはやれやれと言わんばかりに両手を広げて大きくため息をつく。
「…………はぁまさか、蒸気機関車と結び付けてくるとは……確かに何か物を普通に燃やすにしても可燃物をずっと供給し続ける必要があり、それを置くスペースが必要となる。かといって、現在でもつかわれている魔法は常に使用者がそばで魔力を流し続ける必要があるために長時間にわたる使用には向かない。対してカードは場所も取らないし、運転中に使う魔力も最小で済むと……まったく、一本取られましたね」
「えぇそれで約束の方だけど」
「………………問題はありません。こちらが言い出したことですので……私にできることなら、やりますよ」
サフランは半ば諦めにも近い感情を見せる。
マーガレットはそんな彼女を見て、三日月のように口をゆがませた。
「さてと、それじゃ私の要求を伝えましょうか」
マーガレットはサフランの目をジッと見つめながらそう言った。




