四十六駅目 魔法灯の信号機
マノンの捜索を始めてから約一週間。
結局、彼女の行方は全くつかめないでいた。
誠斗はツリーハウスのベランダに立って小さくため息をつく。
一週間だ。一週間探しても影も形も見つからない。
これは、本格的に彼女がシャルロの森から消えたと考えて間違いないだろう。
だとすれば、彼女はどこへ行ってしまったのか? 妖精はそう簡単に死なないということから、命を落としているということはないだろうから、この広い世界のどこかにいるのだろうが、それを探すというのは至難の業だ。
「マコト。ここにいたのね」
背後から聞こえた声に反応して振り返ると、そこにはマーガレットが立っていた。
マーガレットは笑みを浮かべながら誠斗の横に腰掛ける。
「マーガレット……」
「マノンのこと。心配なの?」
「まぁね」
「そっか……」
マーガレットはそう呟くと、何かを考え込むように空を仰いだ。
しばらくそうしたのち、マーガレットは誠斗の方を見る。
「でも、彼女なら大丈夫だと思う。マノンは強い子だから」
「マーガレット?」
「妖精たちは森の外に出たら生きていけないなんて言うけれど、私はそんなことないと思う。マノンが何を考えて森を出たのか知らないけれど、きっとまた会えると私は思ってる。それは不老不死だからとかは関係ないわ」
普段、表情筋が固まっているのではないかと思うほど、無表情なマーガレットは笑みを絶やさないまま続ける。
「それはマコトにも言えるんじゃないの? 信じていればいつか会えるって……」
ここまで来て、ようやくマーガレットの真意を理解する。
要するに二度と会えないわけじゃないんだから、いったんこのことを忘れてやるべきことをやろうと言いたいのだろう。
誠斗はそれに答えるようなつもりで小さくうなづいた。
「さて、それじゃ中断しているミニSLのこといろいろやりましょうか」
「……それもそうだね」
いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。
帰ってきたマノンにあっと言わせるぐらいのつもりでいよう。
自分にそう言い聞かせて、誠斗は立ち上がる。
「それで? さっそくどうするの?」
「そうね。魔法灯を使っての信号。それを試作してみようかしら? いずれにしてもそろそろシャルロッテ家においてある蒸気機関車の修理が終わるでしょうからそれまでにやるべきことがたくさんあるわ」
マーガレットの言葉に誠斗は首を小さく縦に動かす。
「それじゃツリーハウスに帰ろうか」
誠斗とマーガレットは二人並んでツリーハウスへと向かって歩いていく。
その背中には確かな決意がうかがえた。
マノンが帰ってくるまでにミニSLを……いや、蒸気機関車が大地を走るような光景を造りたい。
誠斗の心の中にはそんな思いがひろがっていた。
*
ツリーハウスに帰った後、誠斗は窓の近くに座りながらマーガレットの作業を眺めていた。
そもそも、魔法灯というのは名前の通り魔法を使って点灯させる灯りのことなのだが、その形状は意外と自由がきくようで豆電球のような大きさ、形から蛍光灯のような形まで自由自在だ。
マーガレットはそれを電球ぐらいの大きさで造り、四角い白い板に青、赤の順に取り付けている。
本来なら、青ではなく緑を付けてほしいところだが、そのあたりは次に作るときにでも指摘すればいいだろう。
そもそも、指摘する必要すらない気がする。
この世界で一から造るのだからこの世界に合わせて行けばいいだろう。
それに何も言わずに青と赤いを付けたのだから、どこの世界でも色彩に関する感覚は似たようなモノなのかもしれない。
マーガレットは完成した信号を壁に立てかける。
「それじゃ魔力を流すわよ。まず、進んでいいとき」
マーガレットがそういうと、縦長の信号の上につけてある青色の灯火が点灯する。
「次に停止するとき……」
今度は青の灯火が消灯し、赤の灯火が点灯する。
その後にマーガレットが手をかざすと、魔法灯は消灯した。
「これってどういう仕組みになってるの?」
「えっあぁこれは単純にどの灯りをつけたいかによって魔力を飛ばしているだけよ。そう難しくはないわ……ただ、数を設置すると制御とか使用魔力量の面で難しくなってくるから、大量に設置するのは難しいでしょうね」
「えっ? そうなの?」
「ちりも積もれば山となる……この魔法自体は大したものじゃないけれど、それが大量になればそれだけ扱いにくくなるの。実際に路線を張り巡らせるのだとしたらマノンが考え出した方法とこの魔法灯を使った形式とで使い分けるほかなさそうね」
マーガレットは信号機を持って玄関扉の方へと歩き出した。
「マーガレット? どこか行くの?」
そんな彼女に誠斗が声をかけると、マーガレットはあきれたように小さくため息を漏らした。
「何言っているのよ。これから設置しに行くにきまってるでしょう? ついてきなさい」
マーガレットはそう言い放ち家を出ていく。
誠斗は、それを追いかけるような形で家を飛び出した。
家を出た二人はまっすぐとマーガレットの家前駅に向かっていく。
マーガレットの家前駅に着くと、そこに止められているミニSLの横にシノンの姿があった。
彼女はどこかうつろな目で空を仰いでいて、何とも声がかけづらい雰囲気を伴っていた。
「シノン」
しかし、マーガレットはそのようなこと気にする気配もなく、シノンの方へと歩み寄っていく。だが、マーガレットの呼びかけにシノンが返事をする様子はない。
マーガレットはシノンの前に立つと、彼女の頬をパチンと打った。
「……あなた、能力を全開にしていたでしょ?」
「マーガレットですか……その質問の答えをお求めでしたらイエスです」
シノンはいまだにどこか遠くを見つめるような目を浮かべたままマーガレットの問いに答える。
「はぁ……私としてはあなたたち妖精がどうなろうと知ったことじゃないけれど、カノンから言われているんでしょ? 能力をむやみやたらに使うなって」
「はい。でも、それはカノン様の考えによるところが大きいわけでして……」
「そういうことを聞いているんじゃないの」
マーガレットとシノンの会話を聞きながら、誠斗は困惑したような表情を浮かべていた。
気のせいかもしれないが、マーガレットの雰囲気がいつもと少し違う気がする。
誠斗は心の中でそう考えていた。
普段のマーガレットはもう少し冷たいというか、冷静というか、少なくともシノンに対してそんなことを言うような人物ではない……気がする。
そもそも、シノンの能力がどうとか、それの使用がどうとかそもそも誠斗は知らないので何の話をしているのかすら理解できていないのだから、事の重大さが理解できていないだけなのかもしれないが……
誠斗は二人の会話に口をはさむわけでもなく、静観する。
あとから聞いた話だと、シノンの能力というのは未来を観測するというものらしく、基本的には今の行動により、未来にどの程度のことが起こるかということを観測する能力らしい。
ただ、この能力を全力で開放すると、未来をはっきりとみることができるらしいのだが、それをしないようにとカノンが再三注意しているそうだ。
その理由に関してはマーガレットも知らないらしく、一応何かあったら困るので声をかけただけとのことだった。
ともかく、シノンとマーガレットの会話が終わった後、誠斗、マーガレット、シノンの三人で信号を設置する南線第一信号所へと向かうことになった。




