四十四駅目 シルクの店にて
「……なんだか浮かない顔をしているな。何かあったか?」
シャルロッテ家の屋敷のすぐそばにある町。
そこの路地裏にある店の店内にシルクの声が響く。
誠斗はカウンターに身を預けながらそれにため息で答えた。
「こりゃ確定だね……まったく、人が見ている前でそんな態度とらないでくれるかい?」
「……悪かったよ……まぁ何かあったことは認める」
シルクの抗議に誠斗は静かに答える。
その返事にシルクは興味を持ったのか、片方の眉をヒョイッと上げた。
「ほう……それで? 何があったんだい? サフラン・シャルロッテと会っていたんだろ?」
さすが情報屋というところだ。どこからそんな情報を仕入れたのか知らないが、誠斗の予想以上に彼女は耳が早いらしい。
だったら、なぜアイリスの居場所や十六翼評議会について調べがつかないのかという疑問を持ってしまうのだが、そこらへんに関しては単純に彼女の情報網に引っかかっていないだけなのかもしれない。
「……あなたの指摘通りサフラン・シャルロッテと会ったよ。場所はシャルロッテ家。ちょっとした用事があって呼び出された。まぁそこでアイリスの行方について尋ねたんだけど、はぐらかされた……ただし、アイリスは無事らしい。彼女ははっきりとそういった……ただ、それだけだよ」
「ほう……」
誠斗を見るシルクの視線が鋭くなる。
もしかしたら、今語ったことが引っ掛かっているわけではないということに気づいているのかもしれない。
蒸気機関車でサフランが告げた……何よりもマノンが最後に残した“人間と亜人は共存できるか?”という問い。そしてサフランがアイリスの失踪にかかわっているという前提で話を進める場合、何かしらの関係がありそうな“カレン・シャララッテ”と名乗った女性の存在……この二つが誠斗の中で気になっていることだ。
前者は偶然として片づけることもできるだろうが、後者はどうにも関係がないとは言い切れない気がする。
仮にアイリスをシャルロッテ家の屋敷から離して監禁する場合、自分の手の届く範囲もしくは自分が信頼できる共犯者の下に置くだろう。
なによりもカレン・シャララッテは十六翼評議会の関係者であり、サフランが議長代理ということをかんがみても、信頼できる部下にアイリスを預けたと考えるのは自然だし、マーガレットが言ったアイリスがシャルロッテ家の地下室にいた時期とカレンと誠斗が出会った時期はほぼ一致するため、彼女が関与していることはほぼほぼ間違っていないだろう。
「まぁいい。アイリスが無事だとわかっただけでも十分だ……おそらく、サフラン・シャルロッテがはっきりとそういったのなら事実なんだろうな……そうなると、彼女が私のところにアイリスの捜索依頼を出した理由がいまいちわからなくなるが……」
「それ自体は何かしらの理由……たとえば、アイリスの失踪の事実を知っている側近にちゃんと自分はアイリスのことを探しているんだってアピールするつもりなんじゃないの?」
「あーまぁそれはあるだろうな……しかし、それでは私のところに出向く意味はない。残念ながら、私とサフラン・シャルロッテは依頼を受けたとき以外は会ったことないからな」
彼女はそう言うのを聞きながら誠斗は再び深く思考を掘り下げていく。
確かに彼女の言う通り、単純にアイリスを探しているというアピールをするのなら情報屋になど頼らなくても町の中で探し回るふりでもしていればいい。
当主という立場上、それができないのだとしても事実を知っている者の前で信頼のおける使用人にアイリスを探すようにと指示を出すだけでも格段に違う。
だとすれば、他にも何かしらの理由があるのだろうか?
考えられる要因としては、シャルロッテ家内部もしくは十六翼評議会内部における意見の分裂により、表だってアイリスの捜索に動けない。しかし、その一方でアイリスの側近にアイリスを捜索するそぶりを見せないというのはまずいということなのかもしれない。
そう考えると、納得いかないわけではないが手段があまりにも回りくどすぎる。
「……でも、そうとしか考えられない」
「何がだよ?」
「えっまぁ……サフランがここに来た理由だよ。シャルロッテ家の内部か十六翼評議会の内部での分裂。このどちらかに起因しているんじゃないのかなって」
誠斗の意見を聞いたシルクはどこかこの状況を楽しんでいるような表情を浮かべる。
「なるほど、片方勢力に気づかれないでもう片方の勢力に見方だと示す。確かにありかもしれない……可能性としてはアイリスが何かしらの理由で消えていなければならない勢力が十六翼評議会。消えては困る勢力がシャルロッテ家と言ったところか……」
「えっ?」
誠斗が予想していたのよりも斜め上の可能性を提示されて、思わず呆けてしまう。
それを見たシルクは楽しそうな表情を崩さないまま話を続ける。
「一番単純に考えた場合だ。もっとも、十六翼議会も一枚岩とは言えない状況だからな。評議会と本議会の対立があってもおかしくない」
「本議会?」
誠斗が聞き返したことに対して、シルクは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる。
誠斗としては聞きなれない単語に対して疑問を呈しただけなのだが、どうやら彼女としてはそれが予想外だったらしい。
彼女は少し空を仰いでから口を開いた。
「……十六翼本議会。十六翼議会の最高意思決定機関だ。その存在はヒミツに包まれていて、その直下の組織である十六翼評議会の人間ですら、議長代理と書記官以外はその実態を知らないとされる。まぁ私が話を聞いたときの情報だから何とも言えないけれどね……それこそ本当に存在しているのかどうか疑わしいぐらいにだ」
「つまり、十六翼本議会と十六翼評議会を合わせて十六翼議会という組織があるっていうこと?」
「いや、それだけじゃない。私が知っているだけでも議会を構成する組織はまだある。それらすべての総称が十六翼議会ということだ」
誠斗は頭の中でシルクから聞いた情報を整理していく。
ここまで来てようやくサフランの“正式な名称や組織形態まではご存じありませんでしたか?”というあの言葉の真意をくみ取ることができた。
つまり、自分は十六翼議会の人間ではあるがその中の評議会の人間だと主張していたのだ。
しかし、ここで一つ疑問が生じる。
なぜ、わざわざそのような訂正をしたのかということだ。どちらにしても、あの後十六翼評議会議長代理と名乗った時にばれると踏んだからだろうか?
いや、そうだとすればわざわざ十六翼評議会議長代理という肩書付きで名乗ったりはしないだろう。
そもそも、なんでわざわざそんな風に名乗ったんだ?
こちらが気付いていることを察したのだとしても、消しに動くのではなく自ら明かす必要がある?
考えれば考えるほど誠斗の中で疑問は深まっていくばかりだ。
恐らく、追求しはじめたらその疑問は尽きることを知らないだろう。
誠斗はそんなことを想いつつも深く深く思案していた。




