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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第八章
53/324

四十三駅目 今日の蒸気機関車

 サフランがツリーハウスを訪れてから三日。

 誠斗の姿はシャルロッテ家の屋敷にあった。


 執務室の扉の前に立つ誠斗の手には今朝、届いた手紙がありそこにはサフランの名前で署名がされている。

 その内容は単純明快で“蒸気機関車の状態を見に来てほしい”というものだ。


 いろいろと考えるところがあるのだが、蒸気機関車を見せてもらえるというのなら断る理由もないのでここを訪れたのだ。

 マーガレットは蒸気機関車が気になるものの、あまりサフランに会いたくないとのことなのでシャルロの森のツリーハウスで留守番している。


 誠斗は軽く深呼吸をしてから執務室の扉をコンコンとノックする。


 しばらくすると、中から“どうぞ”と声がかかり、誠斗は扉を押し開ける。


 誠斗が室内に入ると、部屋の一番奥……マミ・シャルロッテの肖像画の前に座る少女は満足げな笑みを浮かべる。


「…………わざわざお越しいただいてありがとうございます」


 来ることは分かっていた。そんなニュアンスが含まれているような気がして、若干不快になるが誠斗はゆっくりとそちらの方に歩み寄っていく。


「手紙のことだけど」

「…………蒸気機関車のことですよね? ちゃんとわかっています。案内しますのでついてきてください」


 そういうと彼女は席を立ち、誠斗の背後……執務室の扉へと向かう。

 誠斗は自分の横をサフランが通過したのを確認すると彼女の後ろについて歩き始める。


「それで? 蒸気機関車の具合はどんな具合なの?」

「…………はい。マミ・シャルロッテの修理記録をもとに順調に進んでおります。あとは実物を前に説明します」


 サフランが歩いていく方向はかつて最初に蒸気機関車を見たあの屋根裏に続く通路がある方向で外へ通じる廊下とは真逆なのでアイリスの時とは別のところで修理をしているのだろう。

 どこまでも続くのではないかと錯覚させるような廊下を歩いているのはサフランと誠斗ぐらいの下で、時々すれ違うメイドたちは廊下の端で立ち止まり、頭を下げる。

 これは、アイリスと歩いていたときは見られなかった光景だ。普通、当主とメイドの関係などそうだと言ってしまえばそうなのかもしれないが、アイリスは廊下ですれ違うメイド一人一人にあいさつを交わしていた記憶がある。


「ところでさ……一つだけ聞いてもいい?」

「…………はい。なんでしょうか?」

「アイリスはどこにいるの?」


 もともと答えが返ってくるとは思っていない。

 せっかく、シャルロッテ家の屋敷まで足を運んだのだから、帰りにシルクのところによって中間報告を聞くつもりでいたのだが、アイリスの行方を知っていることがほぼ確実な彼女からそれを聞くことができれば、ある種信頼できる情報だといえる。

 もちろん、シルクを信頼していないということもないし、サフランが必ずしも真実を言うわけではないというのは知っているのだが、それでも聞かずにはいられない。


 サフランは少しの沈黙を置いた後に口を開く。


「…………当主アイリスの行方は把握していません」

「それじゃ、十六翼評議会の議長代理としては?」


 誠斗の言葉にサフランは立ち止まり、勢いよく振り向いた。


「…………そう来ましたか……あまり、人がいるようなところでその肩書きを出さないでいただけますか? 万が一人に聞かれると厄介ですから」

「えっあっごめん……」


 サフランの真剣な表情を見て、誠斗は自分の発言の危うさに気づいた。

 十六翼評議会はその存在を極力隠そうとする。しかし、それならなぜわざわざ自分たちがそれに所属しているという証を身に着けているのかという疑問も生じるが今、議論すべきことではない。


 サフランはぐっと誠斗の方に歩み寄り、互いの吐息が感じられるほどに顔を接近させる。


 誠斗はあまりの気迫に後ずさりしそうになったが、それをさせまいとサフランがグッと肩をつかむ。

 状況が呑み込めない誠斗のことなどお構いなしと言わんばかりにサフランは、耳元で聞こえるか聞こえないかというぐらい小さな声でポツリとつぶやいた。


「…………場所は私の一存でお伝えすることはできませんが姉様は無事です」


 そういうと、彼女は踵を返して、何事もなかったかのように道案内を再開する。


 その後は何事もなかったかのように二人は屋敷の奥の方へと歩いて行った。




 *




 執務室を出て約十分。

 誠斗とサフランの姿はシャルロッテ家の裏庭にあった。


 裏庭と言ってもそこに何かしらおいてあるというわけでもなく、ただただ平原が広がるのみだ。


 蒸気機関車がここにあるのか? と問う前にサフランはまるでそこに壁があると主張するかのように何もない空間に手を触れた。


 それからしばらくすると、目の前の風景がゆがみ、高い壁とその前に置いてある蒸気機関車が見えた。


「わっ」


 そのことにおどろいて誠斗は後ろへのけぞった。

 サフランはどこかその反応を楽しむようにクスクスと笑うと蒸気機関車の方に歩みを進める。


「…………この裏庭の仕掛けを作ったのは初代領主マミ・シャルロッテではなく、六代目領主であるマリナ・シャルロッテだとされています。なのでここにはたくさんの魔法的なからくりが仕掛けられているそうです。要は蒸気機関車を隠すのにそれを利用しているだけということなのですが」


 そう言いながら、彼女は目で誠斗に自分の方に来るようにと促す。


 誠斗が恐る恐る蒸気機関車の方に歩みを進める。先ほど、サフランが手をついた場所には壁のようなモノはなく、蒸気機関車のすぐ目の前まであっさりと歩いて行けた。

 前見たときとの変化を上げるとするならば、改めて黒い光沢のある塗料で車体を塗られ、きれいに磨かれているといったところだろうか?


 サフランは蒸気機関車の側面に手を当て、蒸気機関車を眺めながら誠斗に話しかける。


「…………見た目ではわからないと思いますが、故障部品の入れ替えは大体完了しています。残念ながら走行テストに持ち込める段階ではないですが、それもまもなく何とかなるかと……」

「なるほどね……」


 サフランは誠斗の方をゆっくりと振り向いた。


「…………せっかくですから乗ってみますか? 運転台に」

「えっ?」


 あまりにも予想外の申し出に誠斗は一瞬、固まってしまうが願ってもない機会だ。誠斗はコクコクとうなづき、それを見たサフランはまたも満足げな笑みを浮かべる。


「…………それではこちらへ」


 サフランに促され、誠斗は蒸気機関車への運転席に向かう。

 運転席の入り口は割と高い場所にあるのだが、登りやすいようにしっかりとはしごがかけてあり、容易に乗り込むことができた。


 運転台の中には誠斗が見たこともないような機器がたくさんついていて、管やレバーがあちらこちらから飛び出している。

 誠斗が奥にある赤色の運転席に腰掛ける。


 ここもきれいになっていることから、修理する過程で新しく造り直したのかもしれない。


 そんなことを考えながら誠斗は運転席に座ったまま前を見る。


 前方に向けて空いた小さな窓から見えるのは真っ黒な蒸気機関車の車体と外壁の赤いレンガだ。


 少し角度を変えたりしてみてみるが、この場所からだと右側の視界は皆無である。

 誠斗が最初に乗り込んだ場所のすぐ近く……進行方向右側にも席があるが、そちらに座ると今度は左側が見えないはずだ。

 席を立ち、後ろに視線を向けるとこちらにはスコップとともに石炭が出てくると思われる穴がある。


 それぞれの機器の名前はよくわからないが、それぞれが蒸気機関車を動かすために必要なのだろうということは理解できる。


 いつかはここに運転士が座り、客車や貨車をつなげてたくさんの人や荷物を運ぶことになるのだろう。


 いつの間にか運転台に来ていたサフランは進行方向の右側の席に座り、窓の外の風景(と言ってもシャルロッテ家の屋敷だが)を眺めている。


「……………………ねぇマコト」

「なに?」

「…………人間と亜人の共存は可能だと思う?」

「えっ?」


 あまりにも唐突な彼女からの問いに誠斗は思わず固まってしまう。

 それと同時につい数日前に同じ質問をした妖精の姿が頭の中をよぎる。


「………………ねぇあなたはどう思っているの? これはシャルロッテ家当主代理でも十六翼評議会議長代理でもなく、サフラン・シャルロッテという名の人間が持っている純粋な疑問なので安心してお答えください」


 誠斗はゆっくりとした動作でこちらを向くサフランの表情に言葉を失ってしまった。


「………………ねぇ。答えて」


 彼女は無表情ながらもどこかなしげな表情で誠斗に答えを求めた。


 この質問に何か、意味があるのだろうか?


 誠斗はそんな疑問を抱きながらもマノンにしたのと同じような回答を返した。

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