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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第七章
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幕間 シャルロの森を治める者

 シャルロの森のちょうど中心部にあたる場所にあるセントラルエリア。

 そこにあるいくつかの大木のうち一本。カノンが寝床としている場所で彼女は木の枝に座り、大きくため息をつく。その表情は深い失望の色が色濃く出ていた。

 彼女が座るそのすぐ横にはシノンが立っており、彼女もまた失望の色を浮かべている。


「はぁ……どうしたものかな……どうしちゃったの? ねぇシノン?」

「さぁ? 私にはさっぱりです。少なくとも、期待はしていたのですが、とんだ期待外れでしたね」

「そうだよね。うん。その通り。まったく、それをちゃんと伝えて説得しようにもどこか行っちゃうし。そう。行っちゃった。まぁ代わりなんて誰でもいいからいいんだけどね……シノン」

「はっわかっております」


 シノンは深く頭を下げて、カノンのそばから飛び立った。


 具体的に指示をしていないにも関わらず、カノンの要望を理解し東方へと飛んでいくシノンの背中を見送り、今度は自分がいる位置から斜め下にあたる場所に視線を送る。

 そこは、カノンに謁見する者の定位置となっている場所で季節も冬になろうとしているにもかかわらず緑の葉が積まれている。普段であればきれいに整えられてあるそこであるが、今日ばかりは少し葉が散らかっていた。


 カノンはそこを見ながらもう一度ため息をつく。


「ここまで期待を裏切ってくれるなんて思わなかったよ。そう。考えられなかった……」


 先ほどまでその場にいた人物の顔を思い浮かべながらカノンは冷たく言い放ち、その場から立ち去った。

 どうせ、シノンが目的の人物を見つけて帰ってくるまでに時間が空くだろうからいったんその場から離れても問題ないだろうし、カノンとしては今、どうしても行きたい場所があったからだ。


 カノンは自身の寝床を離れ、セントラルエリアのさらに中央……願いの大樹の方へと飛んでいく。


 途中で何人かの大妖精とすれ違ったが、彼女たちとあいさつすることなくカノンはひたすらまっすぐに目的地だけを見ていた。


 ものの数分で大樹の前に立つと、カノンは大樹に手を触れ、目をつむる。


 その様子は大樹を神に見立ててすがっているようにも見えた。


「願いの大樹よ。こたえよ……我が名はカノン。シャルロの森を治める者。示せ、我が進むべき道を」


 木を神聖なモノとし、妖精を従えるわけではなく、愚かな人間を自分の思う通りに動かすためでもなく、カノンは自らの能力(チカラ)を自らが望む願いのために行使する。

 その声に呼応するように大樹が淡い光に包まれ、カノンもそれに飲み込まれる。


 次にカノンが目を開けると、そこは森の中ではなく真っ白な広場のような空間でカノンの前には神官服に似た白い服に身をまとい、黒い髪を腰のあたりまで伸ばしている少女が立っていた。

 くっきりとしたその黒目はつまらなそうな表情でカノンを見下ろしている。


 カノンはその少女に頭を下げて平伏する。


「……久方ぶりね。妖精の長よ」

「はい。お久しぶりです。観測者アルドンサ・マリ・モンテジョル」


 アルドンサ・マリ・モンテジョルと呼ばれた少女はにやりと満足げな笑みを浮かべる。


「それにしても、ここまで直接伺いを立てに来るなんて何百年ぶりかしらね? 暇で暇で仕方のなかったのだから……それで? 今日の用事は何かしら?」

「まったく、わかっておいででしょうに人が悪いことで……人間性を疑うわ」

「残念ね。私は人間じゃないわ。もちろん、あなたも……私は神様が創ったしゃべる人形であなたは妖精の長。そうでしょ?」

「……相も変わらず重箱の隅をつついてくださるようで。そう余計なところをついてくる」


 カノンはクスクスと静かに笑い声をあげる。

 それに合わせるようにアルドンサはにやりと口角をあげた。


「まぁ用事は把握しています。どうやら、手持ちの駒が足りなくなったようで……まったく、私が手を貸しているというのにその体たらく……」

「申し訳ありません」


 いつのもふざけているような口調を完全に封印し、カノンはさらに深く頭を下げる。

 アルドンサは少々機嫌悪そうな様子であちらこちらへと歩き回る。


「まぁいいでしょう。新たなる神託を下します。あなたはこのまま進みなさい。新しい手駒は前ほどにないにしろ、使えるということは保証します」

「はい。わかりました」

「あぁそれと、あのヤマムラマコトという男のことですが、少し気を付けた方がいいですよ。厄介なことになる前に……」

「えっ? あぁはい」


 あまりにも予想外な忠告にカノンは豆鉄砲を喰らった鳩のような表情を浮かべるが、すぐにそれを笑顔で上書きする。


「ご忠告ありがとうございます。必ず、あなた様の意向に沿うようにいたします」

「はい。よろしく頼みますよ。私は、直接そちらに介入できませんから……それじゃ、サッサと帰りなさい」


 アルドンサが手をひらひらと振ると、視界は再び真っ白に包まれて彼女が視界を取り戻したときに見えたのは、願いの大樹の幹だ。


 カノンははぁはぁと大きく息をしながら徐々に息を整えていく。

 彼女の大妖精としての能力は表向きには願いの大樹を通じて対象となる誰かに道を示すというものなのだが、その実は神の使者からの言葉を直接聞くことができるというモノである。

 これをやるとあまりに体力を使う上、単純にどうすればいいというだけを聞くならば、願いの大樹を通じて、直接相手の脳内に伝えることができる。その方がカノンの身体的負担が和らぐのだ。


 カノンはこの力とシノンの能力を上手に使い分けてきた。

 もちろん、能力の真相を知っているのはカノンのみであり、ほとんどの妖精には進むべき道を示しているのは願いの大樹であると話している。

 そうすることによって、妖精たちをこの森に縛り付けることができるし、カノンの方針に反発する勢力が出たときに、カノンが受け取ったものとして警告するのではなく願いの大樹として、それが滅びをもたらすとでもいえばいい。


 しかし、カノンは頭の中で一つだけ引っかかるものがあった。


 それはアルドンサのマコトに注意しろという一言……


 このようなことを言われたことはカノンが彼女にかかわるようになってから数えられるほどにしかない。

 見た感じではかなり単純そうだし、彼の横にいるマーガレットの方がよっぽどか注意した方がいい人物に見えるのだが、少しは彼にも注意をした方がいいのだろうか?


 カノンがそんなことを考えていると、目的の人物を連行……もといカノンの連れてシノンが帰ってくる。


「ただ今、戻りました」

「うん。わざわざありがとう。そう。感謝してる……もちろん、あなたにも」


 カノンはシノンの横で伸びている妖精……リノンにも目を向ける。


 あまりにも突然、連れてこられたために当初は混乱していたリノンであるが、カノンの目の前にいるという状況を理解するとともにキッとカノンをにらんだ。

 カノンに散々振り回された過去を持つ彼女としては、大妖精たち……特にカノンに対してあまりいい感情を抱いていないのだ。


 それを知ってから知らずかカノンは、リノンに頭にポンと手を置いて笑顔を浮かべる。


「……ねぇリノン。お願いを聞いてほしいんだけど、そう。聞いてくれる?」


 そんなリノンの心情など知りもしないといわんばかりにカノンはそう言い放った。




 *




 先ほどまでカノンがいた真っ白な空間……人間の言葉でいうところの天界。

 そこの中心にある泉からアルドンサはカノンの様子をのぞきこんでいた。


 そもそも観測者というのは天界から地上を見下ろし、特定の人物から呼ばれたときはその形に応じてアドバイスを返すというのが仕事だ。

 それは考え方を変えれば自分と直接会話できる特定の人物を完全に抱きこむことができれば、その世界をここにいながら思うままに動かすことも可能なのだ。


 そこまでは観測者であればすぐに考え着く。


 しかし、世界を観測するためだけに神に創られた人形である彼らは考えるだけで実行に移さないし、移せない。

 彼女がそれを実行できたのはカノンとアルドンサの利害が一致し、地上で自由に動かせる駒ができたということが大きいだろう。


 彼女はにやりと笑みを浮かべて手元にあるチェスの駒を動かす。


「さてと……あとは彼女がどの程度、周りを動かせるのかしらね……」


 アルドンサは一人、楽しそうにそうつぶやいていた。

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