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異世界鉄道株式会社  作者: 白波
第七章
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幕間 シャラの港町にて

 シャルロ領から見て北に位置するシャラ領。

 豊富な海産物に恵まれ、数々の街道や海路が集結する交通の要所であるシャラは同じく交通の要所であるシャルロ領と同様に古くから発展している場所の一つだ。


 シャラ領の南部……領主が住んでいる城塞都市シャラブールのほど近くにシャラハーフェンの町は存在していた。

 シャラハーフェンは町の北側が海に接しており、旧妖精国開拓当初から北にある大陸へ向かう船が集まる交通の要所として発展してきたのだ。


 そんな町の象徴ともいえるシャラ港の貨物船発着場にその人物の姿はあった。


「今日もここにいたの?」


 海に足を投げ出して、北へ向かう船を眺めていた黒髪の少年に赤い髪の少女が声をかける。

 少年は後ろを振り向いて彼女の姿を確認するなり、大きくため息をついた。


「アイリスか……今日もって誰のせいでここにいると思っているんだい」

「あっはっはっまぁ私はここから離れられないからな! まったく、シャラハーフェンまできて港から出れないなんてなんてな……なんだか損した気分だ」

「ふん。まぁそうだろうな。そもそも、俺はお前の監視役だからな。俺の視界から外れないという条件付きなら指定エリアから離れることも許可するが?」


 監視役であることを示すように少年が銀色の片翼の翼が描かれた懐中時計をアイリスに見せる。

 これは十六翼議会の下部組織である翼下準備委員会よっかじゅんびいいんかいに所属する人間に与えられるものだ。

 アイリスは時計を誇らしげに掲げる少年の姿を見て苦笑する。


「ははっそりゃ無理だろ。トイレ行くのにもついていくつもりか?」

「もちろんだ。俺は監視役だからな。たとえ、個室があるようなトイレでも個室の中までついていくぞ」

「だったら無理だ。まったく、なんで監視役が女じゃないんだろうな……」

「そら、あなたを外に出さないためでしょ?」


 少年はさも当然のように言い放つ。

 まぁもっともな答えであろう。性格こそ男勝りで恰好も男性とも女性ともとれるようなモノなのだが、女性である以上、ある程度の恥じらいはある。というか、そういったものを忘れてしまったらさすがに女性として終わっている。


 相手は……サフランはそういったことをわかったうえで男である彼を監視役に選んだのだろう。


 彼女曰く私を閉じ込めていくのではなく、ある制限を付けたうえでの自由がいいとのことだ。まったく持って、大切にされているのかいないのか理解できない。とはいえ、アイリスが出歩ける範囲はこの貨物港の中で使われていない一角でこれが思ったよりも広いのだ。

 必要なモノはすべて彼の仲間がすべて届けてくれるので行動範囲以外の面で不自由することはない。


 そういった意味ではサフランが言った“命が狙われているからしばらくおとなしくしておいた方がいい”というのはあながち間違っていないのだろう。

 サフランは昔から分家とか本家とかそういったもののは関係なく接してきたし、サフランがアイリスのことを姉と慕っているようにアイリスもまた、サフランに対して妹のように接してきた。


 ここにいることによって蒸気機関車に触れられないことはとても残念なのだが、そのあたりはきっとサフランが何とかしてくれているのだろう。


 アイリスは少年の横に座り、彼と同じように貨物船に視線を向ける。


 彼がどう思っているのかは知らないが、生まれてこの方シャルロ領から出たことのないアイリスとしては目の前を通る巨大な貨物船が珍しくて仕方がない。

 それこそ、自身がずっと気にしている蒸気機関車と同じぐらいのレベルで興味を持っているのだ。


 だから、あの暗くじめじめとした地下室よりはずっといい環境だと思えてくる。


 アイリスがそうして、海を眺めていると誰かが歩いてきてアイリスの肩をポンポンと叩く。


「どーもー元気ですか?」


 声をかけられると同時に振り返ると、サフランの依頼でアイリスをここに連れてきた張本人、カレン・シャララッテの姿があった。

 シャラ領を治めるシャララッテ家当主の姪であると同時に十六翼評議会にて書記官を務めている彼女はかなり高い頻度でアイリスの下を訪ねてくる人物の一人だ。


 彼女は少年がきっちりとアイリスを監視できる状態にあるか定期的に確かめに来ているだけとのことだが、恐らくそれと同時にアイリスの様子を確認し、サフランに報告するということもやっているのだろう。


 彼女は袖口に刻まれた黄金の片翼の翼を誇らしげに掲げながら立っている。


 最初、彼女の口からその文様の意味と十六翼議会という存在のことを聞かされた時は想像以上の内容に驚いたものだが、目の前にいる少女も自分の監視役の少年も付け加えればサフランも含めて、どう考えても世界を裏から操っているような連中には見えない。

 もっとも、現在は使われていないとはいえ港の一角をアイリス一人のために封鎖することができるというのはある意味でその権力が発揮されているといってもいいかもしれない(ただ、ここはシャラ領内なのでシャララッテ家の権力によるものという見方もできなくはない)が、それでもなかなか信じることはできなかった。


 そこを突かれると困るのか、二人して口をつぐんでしまうのだが、とりあえずは十六翼議会という存在のことを信じてみようと思う。

 カレンがいうにはこの十六翼議会という組織は徹底的にその存在を隠ぺいしたがある傾向があり、マミ・シャルロッテの修理記録や書斎にある手記などからその存在が発覚するのを防ぐために秘密裏にアイリスのことを葬り去ろうとしていたようだ。


 しかし、そこに十六翼議会を構成する組織の一つである十六翼評議会の議長代理であるサフランが反発。現在に至るのだという。


 それを言ってしまっていいのかと聞いたところ、アイリスがシャルロッテ家の人間である以上はそのうち知るだろうし、そもそも名前のことを少し知っている程度だったとは思っていなかったのだという。それでも、祖父からさんざん厄介な連中だと聞いていたのでその印象だけが強かったのだという。

 もっとも、話を聞いたといっても簡単な内容で十六翼議会の目的だったり、なにをしているのかというような情報は聞いていない。


 とにかく、サフランが安全だと判断をするまでアイリスはひたすらここで北へ向かう船を眺めつづけることになるのだろう。


「あの? アイリスさん? 元気じゃないならー元気じゃないっていてくれても構わないなのですよー?」


 アイリスが返事をしないのを心配したのか、カレンがアイリスの顔をのぞきこんだ。


「……ごめんなさい。少し考え事をしていたから……」

「シャルロ領のことなのですかー? それともー蒸気機関車のことですかー? それだったらーちゃーんとサフラン議長代理が処理しているはずですよー現に昨日、シャルロ領に言ってみたときはなーんにも問題なさそうだったですし」


 恐らく、カレンはアイリスがシャルロ領のことを考えていると思ったのだろう。

 彼女はシャルロ領へ行ってきたことを証明するようにシャルロッテ本家の紋章とサフランのサインの入った封筒をアイリスに見せる。

 普通に考えれば、これだけでは証拠不十分なのだが、アイリスの失踪という事実を隠ぺいしている以上、それが外部に悟られないように手紙を出すときはすべてアイリスのサインを使っているのだ。

 そのため、シャルロッテ本家の紋章とサフランのサインで届く手紙というのは直接彼女から受け取る他ありえないため何よりの証拠となる。


 アイリスはその封筒を受け取り、中の手紙を読む。


 そこには、誠斗やマーガレットに疑われて、なかなかうまくいっていないということ、シャルロ領内は安定しているということ、蒸気機関車の修理は順調であること、そして、十六翼議会としてはいまだにアイリスの命を狙っていることなどが書かれていた。

 最後に最悪の場合はアイリスが本当に死んだことにして、一般人として暮らすという内容の提案まで書かれている。


 現状、サフランがアイリスの生死についてどのように説明しているのかはわからないが、彼女なりに一生懸命アイリスのことを守ろうとしているのだろう。


 それを読みながら、サフランは十六翼評議会議長代理などという大層な肩書を持っていながら、自分が今まで知っている通りの彼女と何ら変わらないと実感する。


「カレン」

「何でしょうかー?」

「今度、サフランに会ったら、“頑張って”って伝えてくれる」


 アイリスの言葉にカレンは静かにうなづいた。


「はいー確かに。直接会ったときは伝えておきますよー」


 そう言ってカレンはアイリスに背を向けて歩き出す。

 アイリスがその背中を見送っていると彼女は何かを思い出したように立ち止まった。


「そーだーすっかり、忘れていましたけれどーツバサ君。ちょっと、来てもらってもいいですかー?」

「はいはい。わかりましたよ」


 カレンに名前を呼ばれた黒髪の少年……ツバサはけだるそうに返事をしながらカレンの方へと歩いていく。

 それを確認した彼女はツバサを先導するようにしてアイリスの背後にある倉庫の方へと歩いて行った。

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