四十二駅目 亜人と人間
「どうしたもんかなぁ……」
マーガレットが魔法灯を製作している横で誠斗は腕を組んで唸り声をあげていた。
彼の目の前にあるのはシャルロの森のミニSLの路線の計画図とかつてマミ・シャルロッテが残したシャルロ領を中心とした鉄道路線の計画図だ。
誠斗の中で引っかかっているのは今朝のサフランの言葉だ。
あの後、マーガレットにも判断を仰いだが、これといった危険性が見つかるということはなかった。
おそらく、全世界に対して何かしらの影響力を持っていたからこそ得られた情報なのかもしれない。
現在、十六翼評議会がどのレベルでの影響力を保持しているかは不明だが、仮に何の危険性があるのか知らないで突き進んだ場合、あとから大きな問題になる可能性も否めない。
「マコト。まだ、あのこと気にしているの?」
作業の手を止めたマーガレットが誠斗に声をかける。
「まぁね。まったくもってさっぱりだよ。マミ・シャルロッテは何に気づいたのか、何でそれをどこにも記録しなかったのか……」
誠斗は窓の外のミニSLの線路を眺めたままだ。
マーガレットは小さくため息をついた。それはまるで何を小さなことを悩んでいるんだといわんばかりのモノだ。
「それは私たちが悩んでも仕方ないことなのかもしれないわよ。そもそもマミが生きていたのは800年前のことよ。あのときに比べてシャルロ領を始め旧妖精国内は開発が進み、以前に比べて安全に旅ができるようになっている。その路線図を現代の状況に合わせて書き直せば活用は十二分に可能のはずよ。それに800年の間にその危険は消えているかのしれないしね。ただ、私の場合気になるのは、どうしてサフランが……いや、十六緑評議会が鉄道に目を付けたかという点よね。何か裏があるのかしら?」
「さぁそれはどうだろう? そもそも、相手の目的がわからない限り何とも言えないというかなんというか……」
「そこが一番の問題なのよね……」
マーガレットもまた、誠斗と同様に窓の外を見て小さくため息をつく。
議会が鉄道に興味を持った理由、そしてマーガレットには話していないが、サフランが最後に放った“理解しました”という言葉。
マミが日本人であることと今回の事案は何かしらの関係があるのだろうか? だとすれば、彼女の周りで何かが発生して、鉄道計画を中断せざるを得なかったということなのだろうか?
考えれば考えるほど誠斗の中で疑問は募る一方である。
これだったらいっそ、マーガレットの言う通りそういったことは考えないで進んだ方がいいのだろうか?
今のところ十六翼評議会は鉄道計画に向けて前向きだと思われるし、シャルロの森内でのミニSLでの運行に対しても妖精はかなり協力的だ。そう考えると現在のところ大きな障害があるようには見受けられない。
「まぁ気持ちは分からなくはないけれど、考えすぎで何もできないっていうのもよくないことよ」
マーガレットは誠斗の肩にポンと手を置いて製作途中の魔法灯が置いてある作業台の方へと戻る。
誠斗は彼女の言葉に小さくうなづいて、視線を空に移す。
澄み渡った雲一つない空には初めてこの世界に来た時同様に真紅のドラゴンが悠然と西方に向けて飛んでいた。
*
マーガレットが魔法灯を製作している中、誠斗はツリーハウスを出て家の裏の池に向かった。
池の半周を周るように敷設されているミニSLの線路のすぐそばの切り株に腰掛けて水面に視線を向ける。
「あっマコト! こんにちわ!」
そこに狙ったようなタイミングでマノンが飛来する。
彼女は誠斗のすぐ横に降り立つと背中に引っ付いて誠斗の顔を覗き込む。
「マコト! どうしたの? ちょっと暗い気がするけど」
「そう? まぁそうと言えばそうなのかもしれないね……」
「まったく、それじゃあなたらしくないと思うよ? なにがあったか知らないけれど、ニコニコって笑っていれば何とかいい方向に動くんじゃないの?」
「笑顔ね……確かにそうかもしれないな」
そう言って、誠斗は作り笑いを浮かべてみる。すると、すぐ横でマノンの笑い声が響いた。
「あっはっはっはっちょっと不自然かも」
「そういわれても……」
「まぁいいか。とりあえず、笑っていればいいことあるから! うん! ほら、笑顔になったところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「えっ? 何?」
誠斗が返事をすると、マノンはこれまでと違ってずっと低い声で問いかけた。
「……マコトは人間と亜人の共存って可能だと思う? 亜人追放令が発令される以前のように人間と亜人とがそれぞれ手を取って世界を……歴史を作っていくことは可能だと思う?」
何の脈絡もなく、そんなことを言い出すものだから目を丸くして誠斗は驚いた。
何をどう考えているのかと思い、彼女の方を見るが、マノンは誠斗の背後から抱き着く格好のままでうつむいているのでその表情をうかがい知ることはできない。それと、いつもに比べて低い声色と相まってひどく不気味な雰囲気を醸し出していた。
だからと言って、そのまま彼女を見ていても仕方がないので誠斗は視線をマノンから池に移した。
「そうだね。ボクはこの世界の住民じゃないし、妖精とエルフしか見ていないから何とも言えないけれどさ、できるんじゃないのかな? 現にボクたちはミニSLのことでうまくいっているでしょ? そう考えれば可能だと思う……根拠がなくてあまりにも身勝手な意見だよね。なんで亜人追放令なんてものがあるのかもよくわかっていないくせしてさ」
「ううん。全然問題ないよ。私だって、そういった前提で聞いたんだから……子供のころから亜人は悪い、亜人と関わるなってそんな教育をされていたわけじゃないあなたなら純粋に人間と亜人の関係を見てくれると思ったから聞いたのよ。そして、答えは期待通りだった。みんながあなたみたいに考えてくれたらいいなってそう思わしてくれるような理想的な答えだったから……」
そう言って、マノンはゆっくりと名残惜しそうにして、誠斗の背中から離れた。
「マノン?」
「……ごめんなさい。変な話をして……」
誠斗が背後を振り向くと、彼女は今にも泣きだしそうな表情を浮かべたまま小首をかしげて無理やりに笑みを浮かべる。それは、まるでこの場から消えてしまうかのような儚く脆い印象を受けるようなそんな笑みだ。
「そうだ。私、カノン様に呼ばれているから行かなくちゃ。“さようなら”マコト君」
その言葉を残して、マノンは誠斗にの上に向けて飛び上がり、池の向こう岸へと飛んでいく。
先ほど彼女が浮かべていた表情も相まって、“さようなら”というさりげないその言葉が最後の別れの言葉ように聞こえてしまう。この場で彼女を行かせてしまったら二度と会えないようなそんな気がして、誠斗は彼女を捕まえようと必死にそのマノンの腕に手を伸ばした。
「マノン! ちょっと待って!」
しかし、空を飛ぶことのできない誠斗が空を飛ぶ彼女を捕まえられるわけがなく、追いかけようとしても目の前にある池に阻まれてそれはかなわない。
今から池の周りを周ろうともそのころには彼女の背中は見えなくなっていることだろう。誠斗は、なすすべもなく、呆然と彼女が去って行った空を見つめ続けていた。
そんな誠斗の視線に映る小さな背中。それが誠斗が見た最後のマノンの姿となった。彼女は妖精であるゆえに簡単に死ぬということは考えられないが、少なくとも残り数十年の誠斗の人生の中において二度とマノンの姿を見ることはなかったという。
そして、この時、誠斗の知らないところで鉄道計画の……いや、この世界に関してのちの歴史に大きく影響を与えるようなことが進行していたなどと今の彼が知る由もない。




