四駅目 町はずれの屋敷
森を抜けてすぐにあった町にはたくさんの露店が立ち並び、活気にあふれていていた。
見た限り、診療所らしき建物や教会のような建物が立ち並んでいて、人通りも多いように見受けられたのだが、どうやらこの町の中には目的地がないらしく、馬車は速度を落とすことなく人の波をかき分けるようにして通過していく。
馬車に気づいた町の人たちが次々とどいていく中、少しは速度を落とすなど遠慮をしたらどうかと思うのだが、彼女としても急ぎだから仕方ないと思っている節があるのかもしれない。
そんな風にして町を抜けた後、馬車はしばらく走り続けやがて町はずれの平原に建つ巨大な屋敷の前に到着した。
鉄でできた立派な門の前には門番が立っていて、マーガレットが乗った馬車を見るなり、彼らは深々と頭を下げて門を開ける。
名前を聞かれることすらなく、本当の意味の顔パスで通れるということはマーガレットが言う通り、この屋敷の主人がお得意様なのだろう。
「すごい大きい屋敷だね」
「えぇ。もっとも、領主の屋敷なんてどこもこんなものよ。確かにここは特別大きいかもしれないけれど……」
マーガレットは至極当たり前だといわんばかりに言い放つ。
しかし、馬車で走ってもひたすら庭が続くというのはいくらなんでも大きすぎるのではないだろうか?
これだけ広大な庭であるにも関わらず、中はきれいに整備されていて、きれいな花が咲き誇り、木々が青々と生い茂っている。
ちょうど中心付近に設置されている噴水からはたくさんの水があふれていて、そこからつながるいくつかの水路をとおって庭中に潤いをもたらしている。
ここで一つ、今頃かもしれないが誠斗の中で一つの疑問が生まれた。
「ところでさ、魔法薬を買うのってこの屋敷の主人なんだよね?」
「えぇ。正確に言えば、このあたり一帯を治める領主よ」
「それで? その領主様が何でこんな大量の魔法薬を買い付けたりするの?」
誠斗の質問内容が少々予想外だったのか、マーガレットは目を丸くする。
「まさか、そっちで来るか……まぁこれだけの屋敷だから住み込みの使用人とかも多いでしょうし、夜中に医者にかかりに行かなくてもいいようにっていうことじゃないかしら? まぁどういう理由にしてもここの家の家主とは祖父の代からの付き合い……あーでも、ある意味では初代からのつながりかな? があるから、お得意様であることには変わりないわ。だから、失礼のないようにして頂戴」
「えっうん。わかった……」
無礼のないようにとか言いつつ、先ほど門番にはあごで門を開けさせていたような気がするが、気にしてはいけないのだろう。
それよりも誠斗の中でマーガレットのある一言が引っ掛かっていた。
「あのさ……さっき、祖父の代からの付き合いっていったよね?」
「そうだけど? それにさっきも言ったとおり、初代とも知り合いよ」
マーガレットはしれっとしているが、どう見ても彼女の見た目は誠斗よりも幼い少女だ。とてもおばあさんには見えない。
マーガレットは少し空を仰いで考え考え込んだ後、誠斗の疑問の理由にたどり着いたのか、ポンと手をたたいた。
「そっか。マコトには言っていなかったっけ? 私、不老不死よ」
「えっ?」
あまりにもあっさりと、至極当然のようにそんなことを言われるモノだから一瞬、呆けてしまったが彼女が言った一言はどう考えても聞き捨てならない内容だ。
「不老不死? えっ本当に?」
「えぇそうよ。あぁよく年齢を聞かれるから先に言っておくけれど、年齢なんてものはとっくの昔に数えるのをやめてしまったわ」
「えっあぁそう……」
この世界が魔法が存在し、ドラゴンが空を飛んでいてというようなファンタジーな要素満載な世界であることはとっくの昔に理解していたが、まさか不老不死というものにまで巡り合えるとは思わなかった。
はたして、この幼い少女が本当に自分よりはるかに長生きだというのだろうか? それを見て、彼女は不老不死を疑っていると思ったのか魔法でナイフを造り、誠斗に渡した。
誠斗がそれを持って呆然としていると、マーガレットは馬車を止め自分の胸をポンポンと叩いた。
「ほら、疑っているならそれで刺してみなさいよ。すぐにとは言わないけれど、死んでから数分で復活するから」
「いっいや、別にいいよ。信じるから」
「そう。ならいいわ」
マーガレットは一瞬、不服そうな表情を浮かべたがすぐに馬車を屋敷に向けて走らせる。
先ほどのやり取りのせいもあってか、二人の間には何とも形容しがたいような無音の世界が広がり、馬車が地面を走る音だけがやけに大きく響く。
その後、感覚的にはかなり長く感じたものの数分と経たないうちに馬車は、多くの使用人が待ち構えている屋敷の玄関に到着し、停止した。
「頼まれた荷物はこの中に入っているわ。よろしく」
マーガレットはちょうど近くにいた銀髪のメイドに声をかけ、馬車を降りる。
誠斗も彼女の後について馬車を降り、二人は屋敷の入り口である巨大な玄関扉の中へと入って行った。
*
マーガレットは馬車の中の積荷を馬車ごと外で待っていた使用人に預け、自身は誠斗ともに中で待っていた執事風の男性に案内される形で領主の部屋へと向うことにした。
屋敷の廊下はとても広く、各所には絵画や装飾品が並べられていて、どれも高そうなモノばかりだ。
それらに目を奪われながら歩いていくと、やがて廊下の奥にある一番大きな扉の前に案内された。
「こちらでお嬢様がお待ちです」
「わかった。下がっていいよ」
「かしこまりました」
執事の男性が頭を下げて出ていくのを見送ったのち、誠斗は小さくため息をつく。
「あのさ、礼儀を大切にっていう割には結構、上から言ってない?」
「……これも一つの礼儀の形よ。客人は客人らしく振舞うべきでしょう?」
「あぁそう……わかったよ……」
どうしてよいかもわからないので誠斗は考えることをやめて目の前の大きな扉を見つめる。
マーガレットがコンコンと軽くノックをすると、中から“どうぞ”という返事が返ってきた。
マーガレットは軽く息を吐くと、思い切り足を前に突き出して扉を蹴り開ける。
「失礼するわよ」
無礼のないようにという発言はどこへ吹っ飛んだのか、そんな態度で入室したマーガレットの姿を確認するなり、部屋の中にいた赤い髪の少女が深くため息をつく。
「……はぁあんたさぁ……何がしたいわけ?」
「私は今、とてつもなく機嫌が悪いの。別にいいでしょ? これくらい」
「はいはい。わかりましたよっての……それで? 頼んだ薬は?」
「それだったらあなたのところの使用人がせっせと倉庫に運んでいるはずよ」
入り口からそんな会話を交わしつつマーガレットは部屋の奥へと入っていく。
誠斗が恐る恐るそれについていくと、徐々に部屋の全貌が明らかになってきた。
長い髪の毛をポニーテールにしてまとめている少女の背後には黒い髪の女性の肖像画があり、部屋の左右には農機具や刀と言ったものが丁寧におさめられている。
そんな部屋の一番奥に置かれた書斎机に肘をついている少女はマーガレットと会話を交わしつつも誠斗のことが気になるのか、ちょこちょことこちらに視線を向けてくる。
マーガレットが少女の目の前に立つと彼女はイスに座り直し姿勢を正す。
「まぁありがとう。いつもながら助かっているよ……」
「こちらも貴重な収入源だから感謝しているわ」
「そうか……うん。もう少し言い方が違うと助かるかな……まぁ支払方法はいつも通り。帰りに馬車に積ませるよ」
「そうしてくれると助かるわ。一つ目の用事はこれで二つ目の用件……いうなれば、本題に入らせてもらいたいのだけどいいかしら?」
マーガレットの言葉が意外だったのか、彼女は目を丸くし驚いた様子を見せる。
しかし、マーガレットの横に立つ誠斗の姿を見た途端、何かを納得したようにうなづいた。
「察しのいいあなたなら気づいているかもしれないけれど、彼に……ヤマムラマコトに領民権を与えてほしいの」
「なるほど……なんとなくそんな気がしていたが、そう来たか……しかし、見た限りどこからか流れてきた難民っていうわけでもなさそうだな……」
「えぇ。まぁ彼にはちょっと特殊な事情があるのよ」
「特殊な事情ね……別に見た目も珍しいってわけでもなさそうだし……ん? 黒い髪に黒い瞳……あぁなるほど、そういうことか……」
彼女は一人納得したようにうなづき、席を立った。
「わかった。それじゃカードの発行の準備をしてくるから少しここで待っていてくれ。マーガレットは分かっていると思うけれど、大して時間をとらせるつもりはないから……そうだ。領民権についての説明っているのか?」
「まぁそれは私が適当にしておくわ。あなたからしたのならどうぞ」
「いや、その方が手間が省ける。そこらへんに適当に座っていてもらって構わないよ。お茶が欲しければ使用人を自由に使ってもいいから、遠慮せずにくつろいでいてくれ」
そう言い残して、少女は手をひらひらと振りながら退室していった。
部屋に残された誠斗は部屋の中の様子を眺めつつマーガレットからシャルロ領における領民権とそれを示すカードの使い方や意味についての説明を聞いていた。