四十駅目 マーガレットという人物
シャルロッテ家での大捜索のあと、誠斗とマーガレットはシャルロの森に戻り、南森駅からミニSLに乗車していた。
二人は無言のままでマノンもそれに合わせるように口を閉じてしまう。
そんなことをしている間に列車は信号所に到着した。
マノンは前と同じように列車から降りて、立ててあった板を地面に寝かす。
「ちょっと待って」
誠斗は板を寝かして列車に戻ろうとしていたマノンを制止した。
マノンはきょとんとして、誠斗の方を振り向いた。
誠斗は客車から降りると、信号代わりに使っている板の方へと歩いて行った。
「これって、夜だと少し見にくいなって思ってさ」
「えっあぁ言われてみればそうかも……」
前にこの信号所でこれを見たときは昼間だったので気づかなかったのだが、夜になると周りに灯りがないためにまったく板が見えないのだ。
一応、前照灯がついているとはいえ、あまり夜間に走らせたりはしないのだが、将来のことを考えて、これは改善すべき点であると判断したのだ。
そもそも、この信号システムには改善すべき点は多々あるが、その中で一番わかりやすい問題が視認性だ。
しかし、灯りをつけるにしても誠斗の知識としては、車の信号と同じく青が進め、黄と赤が止まれぐらいで鉄道用信号の灯火の意味などまったく理解していない。
それでも、止まれの意味を持つ状態である板を立てたときに赤色の灯火を付けるという発想に至るのは単純だ。
「ねぇマーガレット。この世界で灯りを付けようとすると何を使うの?」
「えっ? 灯り? そうねぇ……一番使われているのは松明で次にろうそくかな……ごく少数ながら魔法を使った灯りもあるわ。ちなみにミニSLに使用しているのは魔法を原動力とする魔法灯ね。まぁ魔法灯なら火を使うよりも簡単に扱えるから、現実的なのはそっちからしら?」
「なるほどね……」
先ほどの沈黙などウソのように誠斗とマーガレットは信号の灯火についての話を進める。
アイリスのことを心配しつつ、良くも悪くも二人は鉄道のことに夢中になっているのだ。
誠斗は信号替わりに使われている木の板の前にしゃがみこんだ。
*
マーガレットは誠斗の横に並んで木の板をじっと見つめる。
端を触ったり、実際に動かしたりしながらどういった方法で魔法灯を付けるのが一番効率がいいのかということを検討し始めた。
誠斗が今、何を考えているのかは知らないがマーガレットは先ほどからもずっとこの南線について思考を巡らせていた。それはマーガレットの中には口には出さないながらもアイリスは無事であるという考えが根底にあるゆえだ。
誠斗は知らないであろうが、サフラン・シャルロッテがアイリス・シャルロッテに対して恋愛感情に近いものを持っているという情報がシルクより提供されているのである。
もちろん、それだけが根拠というわけではないのだが、アイリスなら簡単に死にはしないだろうという安心感も心のどこかであるのだ。
それもあってか、マーガレットが一番心配している点はアイリスの不在により蒸気機関車を使った鉄道計画に支障が出ること。そのただ一点である。見方によってはアイリスを信頼していると取れるが、一方でアイリスの損失による鉄道計画の停滞に対する危機感が彼女を動かしている節が大きい。
エルフであるシルクをもってして“物事に夢中になった際はエルフ以上に打算的”と言わしめたマーガレットはミニSLに乗っているうちに本人でも気づかぬ間にその魅力に魅せられていたのだ。
否、魅せられるべきして魅せられているのかもしれない。
永遠もしくはそれに近い時を生きる者にとって最大の弱点は退屈だ。あまりに長すぎる人生故に普通の刺激では満足できなくなり、新たな刺激……それも強力なモノを求めるようになっていく。
だからこそ、異世界の知識を持つヤマムラマコトという人物とそれに付随する蒸気機関車という存在はマーガレットの中において大きな影響を及ぼしているのだ。
それこそ、始めは興味を示さずに魔法薬作りに没頭していた彼女は今となっては誠斗と並んで真剣にこのことについて考えさせるほどまでにだ。
「そうね……魔法灯の形式としては信号所の入り口から見えればいいという観点に立てば小さくていいわね。色は今後の運用を考えると、馬車に対する停止信号に使われている旗と同色の赤が現実的かしら?」
マーガレットは自身が旅をしたときの経験をもとに提案をする。馬車に乗って移動していると一部の町の入り口などで荷物検査などのために馬車を止めることがある。この合図に使われるのが赤い色の旗だったはずだ。
これであれば、赤は停止しろという合図だという常識の下に人々が行動することができる。
そんなマーガレットの提案に対して、誠斗は小さくうなづいてから答えた。
「赤か……そうだね。それでいいと思うよ。とりあえず、それを停止信号として、点灯していないときは進んでもいいっていうところかな……」
どうやら、誠斗の方も何かしらの考えがあったようで彼はあっさりと納得して、次の問題を考え始める。
ここまであっさりと納得したところを見ると彼がもといた世界でも停止は赤だったのかもしれない。
しかし、赤が点灯しないかだけだと、それ相応の問題も発生しそうに思えた。
マーガレットはその疑問を直接、誠斗にぶつける。
「なるほどね……確かにその方がわかりやすくていいと思うけれど、それだと見落としの可能性はないかしら?」
「そうだね。それも少し考えないと……やっぱり、進んでもいい時は別の色の信号を点灯すればいいのかな?」
誠斗は板を何度も動かしながらブツブツと色々つぶやいていた。
マーガレットはスッと立ち上がりその場から離れる。
後ろを振り向くと、何時の間に移動していたのかミニSLの傍らに立つマノンの姿が視線に入ってきた。
「あら、そんなところでどうしたの?」
「別にどうというのはないかな……それにしても、マコトはともかくあなたがそこまで夢中になるのは予想外だなって思っただけ」
「そんなに夢中に見えた?」
まるでマーガレットの心の中を見透かしているような発言に少々驚きを隠しきることができなかった。
マノンはそれを楽しむようにクスクスと静かに笑い声を上げ始めた。
「なんか、あなたがそんなに驚く顔初めて来たする……それはともかく、今のあなたは誰から見てもわかるほど夢中よ。私にもわかるぐらい……そもそも、このことがなかったらわざわざシャルロッテ家の中を探し回るなんてことしないでしょ? まったく、この森に来たばかりのあなたじゃ考えられないわね。あんなふうに私たちをだましたりせずに素直だったら状況はもっとよかったでしょうに」
「仕方ないでしょ? この鉄道というものは私を虜にするほどの魅力があるし、この森に来た時は私もそれだけ必死だったから……あの時から考えると、この世界はずっと良くなったのかもしれないわね……」
それに続けようとした言葉を飲み込む。
マノンもマーガレットが何を言おうとしたのか察したのか、それともその事実に気づいてすらいないのかそれについて追及することなく近くにあった切り株に腰掛けて夜空を見上げる。
マーガレットもそのすぐ横に腰を下ろし、同じように夜空を見上げた。
「まっ確かにそうだったのかもね……あなたも私たち妖精も……」
「えぇ。まぁここでごちゃごちゃ言っても過去が変わることはないわ。そして、私自身もずっと変わることはない……だからこそ、見ていたいのかもしれないわね。歴史の生き証人として、いつかこの世界で何が起きたのか語るために……少しでも多くのモノを見ていたいのかもしれない。もっとも、それを語るときはちょうどいい暇つぶしだったとか言い出すのでしょうけれども……」
彼女はそう言ってかすかに笑みを浮かべる。
それは、まるで将来の自分を俯瞰しているようでどこか冷めたような笑みだった。
自分は周りの人間とは生きている時間があまりにも違いすぎる。
最近では、人間だけではなく比較的長命の種族の知り合いでさえ死に別れをすることがある。
他人の死に直面するたびにマーガレットは自分は生きている時間が違うと実感させられるのだ。
だからこそ、過去の彼女は歴史の生き証人として、多くにかかわり、多くを見ようとしていた。それ故に様々なことをした記憶がある。
それぞれの詳細のすべてを思い出せるわけではないが、使える手段ならすべて使った。それが、シルクに“エルフ以上に打算的”と言わせた原因でもある。
不老不死ゆえに死を恐れず突き進み、魔法にたけているがゆえに自分と関わった人間の記憶を消し、容姿が変わらないがゆえに何十年も経てば同一人物とはみなされない。その幼い容姿を利用し、多くの人々にこびてきた。
思い返せば思い返すほど、あの頃は何に必死だったのかわからないぐらいこの世界のすべてを見ることに必死だった。
そこまで考えたところで誠斗から声をかけられ、マーガレットは返事をしながら立ち上がって、マノンのそばから離れた。
その瞬間、マノンがなんだか悲しげな表情を浮かべていた気がするが、そのことを考えるよりも前に再び誠斗から声がかかり、マーガレットはその場から駆け足で立ち去って行った。




